帝国軍人の俺が、銀髪エルフと学園ラブコメするまでの三ヶ月間

宮下龍美

第1話

「潜入任務、ですか?」


 目の前で険しい顔を浮かべた初老の男性と視線を合わせながら、俺、ガルム・フェンリルは言葉を反芻した。


 アルカンシェル帝国軍に入隊して十年、敵国や魔物との戦いで常に最前線に立っていた俺にとって、縁もゆかりもないような任務だったからだ。

 聞き間違いかと耳を疑ったのだけど。それだけで人を殺せそうな眼光を飛ばす准将閣下は、残念ながら首を縦に振った。


「そうだ、ガルム・フェンリル少佐。貴様には来月より、新入生としてセレスティア魔法学園に通ってもらう」

「はあ……」

「気の抜けた返事だな」

「いや、そうは言われましてもね……」


 たしかに俺の見た目は学生で通用するし、少年と言っても差し支えないだろう。だが、実年齢は別である。長寿の種族に生まれてしまったゆえに仕方ないが、今更学校に行けと言われても。


「うちの副隊長は? あいつも来月から学園に入るはずでしたよね?」

「その副隊長からの強い推薦があったのだ」

「マジかよ」


 どうにかして、この面倒そうな任務は回避したかった。


 というのも、いわゆる高等学校に通うのは、これでになってしまうからだ。

 一度目は若い頃に、というわけじゃない。

 で、地球の日本で、なんの変哲もない公立高校に通っていた記憶が、俺にはある。


 俗に言う異世界転生というやつだ。

 別に神様に転生させられたわけでもなければ、この世界にステータスみたいなもんがあるわけでもない。レベルの概念もないし、なんなら中世ヨーロッパ風と言われれば首を傾げてしまう。


 そんな世界でまさかの人間以外の種族に転生してしまい、およそ150年の月日を過ごし、紆余曲折あって帝国軍に入隊したのだけど。


「今年のセレスティア魔法学園には、第一皇女殿下を始めとした多くの重鎮の子息令嬢がご入学なされる。殿下方の学園生活を影ながら見守るのが、貴様の役目だ」

「その殿下がいれば十分なのでは?」

「あくまでも第一皇女としての立場でご入学だ。貴様の部下としてではない」


 ちょっとした事情というやつがあって、皇女殿下は皇位継承権を持たず、俺の隊で副隊長をしている。だから彼女がいれば、よほどのことがない限り学園の平穏は保たれるのだけど。


 その殿下のご推薦と言うわけか……あのじゃじゃ馬娘め、職権濫用しやがったな……。


「まあ、了解いたしました」

「本当にやる気を感じんな……」

「いやぁ、これがデフォルトなもんで」


 労働はクソ。前世から変わらぬ俺の信条である。なのになーんで軍なんかに入っちゃってるのかね、バカかな?


「では、ガルム・フェンリル少佐。貴様は来月よりセレスティア魔法学園の新入生として、未来ある若者たちの平和な学園生活を守りたまえ」

「了解であります、准将閣下」


 形だけは一応敬礼しておき、許可をもらったので退室する。

 閣下の眉間の皺が少しでもなくなることを祈ろう。



 ◆



 アルカンシェル帝国。

 それが、俺が住み、仕える国の名前だ。500年の歴史を持つ、大陸屈指の大国。人口はおよそ五千万人ほどで、国土も広大。軍事力、科学力に優れており、異世界なのに車や銃器が存在する。

 一族の隠れ里から出てきた100年前の俺は、それはもうカルチャーショックを受けたもんだ。


 ほぼ国の中心に位置する帝都からは、各都市までに安全な道路が整備されており、魔物と呼ばれる人類共通の敵は主要街道付近からは一掃されていた。

 教育水準も高く、平民であっても国からの援助により初等学校三年、中等学校三年の最低六年間は教育を受けることができる。

 その後は就職するなり、専門の高等学校に行くなりと様々だが。


 その中でも特に名門と噂の、セレスティア魔法学園。

 それが、来月から俺の通う学校だ。


「まったく、勘弁して欲しいぜ、リリ」

「そう連れないことを言わないでよ、隊長。来月からわたしがいなくて寂しかったでしょ?」


 もう7年は使っている部隊の執務室で、ソファに座り悪戯げに笑うのは皇族特有の豊かな黒髪と金の瞳を持った少女。

 その年相応に幼い笑顔と、軍の制服がアンマッチに思える彼女こそ、この国の第一皇女殿下、リリウム・アルカンシェルその人。


 皇族でありながら皇位継承権を持たず、俺が率いる第416特別攻撃部隊の副隊長をやってる変わり者だ。


「それに、同郷の誼なんだしさ」

「そいつを持ち出されると弱るな」


 テーブルに置いてあったクッキーを勝手に食べながら、体をゆらゆら揺らすリリ。すると高い位置でひとつにまとめた黒髪も、その名の通り馬の尻尾みたいにふりふり揺れて、思わず目で追ってしまった。


「前世がオタクだったら憧れたんじゃないの? 魔法学校みたいなの」

「なかったとは言わないけど、そりゃフィクションの中だけだ。ここは現実、俺にだけ優しいヒロインもいやしないんだぜ」

「なんだっけ、エルフの美少女がいいんだっけ」

「銀髪クーデレエルフだ!」

「この世界のエルフ、みんな金髪だけどね」


 にしし、と笑うリリは、何を隠そう俺と同じ異世界転生者だった。

 前世は学校に通うこともなく、若くして病気で亡くなり生きてる間もずっと病院暮らしだったらしい。


 互いに転生者だと知った時はそりゃ驚いたもんだが、ここで語るような話でもないだろう。そもそも、俺たちの出会いを語るには余白が足りなさすぎる。


 そしてこの世界のエルフは、唯一のひとりを除いて全員金髪だった。前世の俺の性癖にベストマッチするエルフはいなかったのだ。悲しいね。


「で、どう? マークしとかないとダメな生徒に目星はついた?」

「大体な。一番の要注意人物は、目の前で俺のクッキー勝手に食ってるお姫様なわけだが」

「学園では猫被るから大丈夫」

「不安しかないんだよなぁ」


 言い合いながらも、俺は手元の書類をペラペラと捲る。准将から渡されたもので、ここには新入生の中でも特に目をかけておかなければならない生徒が、つまりは高位貴族の子息令嬢やら他国から留学に来てるお偉いさんの子供やらがリストアップされているのだ。


 簡単な経歴と顔写真も載っていて、准将様々だ。さすがは平民から叩き上げでその地位に登り詰めたまであって、俺に必要な情報は大体記載されてあった。


「しかし実際、美人な娘が多いな。何人か粉かけても怒られないだろ」

「ちょっと、わたしのお友達候補に変なちょっかいかけないでよ、隊長」

「冗談だ。俺は銀髪クーデレエルフにしか興味は──」


 そこで、言葉は止まってしまった。書類を捲る手も動かなくなった。


 この世界のエルフは、唯一のひとりを除いて全員が金髪だ。その理由までは知らんが、これは事実として、この世界の常識として存在している。


 だが、いたのだ。その唯一のひとりが。

 俺の手元に。


「あのクソガキ……これが本来の目的かよ」

「ガルム?」


 舌打ち混じりの乱暴な言葉が、つい口をついて出てしまう。突然の准将への暴言に、リリがなにごとかとこちらを振り向く。

 この様子だと、どうやらリリも知らされていないのだろう。


「准将閣下殿に上手いこと乗せられた。ただの潜入任務ってわけじゃないぞ、これ」

「どういうこと?」

「ほらよ、俺はちょっと出てくる。クソが、残業じゃねえか」


 時計を見ればそろそろ定時。ここからはサービス残業。俺の一番嫌いな言葉だが、こればかりは仕方ない。


 別に帝国に忠誠を誓ってるわけじゃないのだが、仕事である以上は仕方ないのだ。

 頭の中でそう自分に言い聞かせながら部屋を出る。向かう先は、来月から通う予定のセレスティア魔法学園だ。



 ◆



 この世界のエルフは全員が金髪だ。理由はよく知らないが、それが世界の常識。

 だが今からおよそ150年ほど前、その常識から外れる存在が生まれた。ちょうど俺がこの世界に生まれたのと同じくらいの時期だ。


 帝国の隣に位置するエルフ女王国、その第三王女として生を受けた彼女の体毛は、太陽を象徴する金ではなかった。

 あろうことかその真逆、月を象徴する銀。


 帝国以上に長い歴史を持つ国だ。しかし過去のどの文献を見ても、銀の体毛を持つエルフの赤子など存在しない。

 常識から外れた存在とは、ただそれだけで人々に恐怖を与える。なまじエルフのような長寿の種族だから、過去の伝統やらなんやらへの拘りが強いあまりに。


 第三王女が忌み子と呼ばれるのに、時間はかからなかった。

 同じ王族ですら忌み嫌い、城の一角に幽閉されて。


 それだけで話が終わるのであれば良かった。所詮はお隣さんの家庭事情みたいなもので、首を突っ込む必要もない。

 国防を担う軍としては情報を集めていたが、そこで終わる話であれば、ややこしいことにならなかったのだ。


 問題は、帝国とエルフ女王国がかつて戦争していたことにある。その上、停戦にはその第三王女が絡んでいる。


 今から96年前の話だ。始めはほんの些細な理由で、小さな諍いが起こった。たしか、帝国出身の冒険者がエルフ女王国の王族と揉めたとかなんとか。

 それが見る見るうちに拡大していき、気がつけば両国は全面戦争にまで踏み切っていた。

 大国同士の戦争は泥沼化するかに思われたが、しかし三年と経たず停戦することになる。


 同時エルフ女王国軍を率いていた第二王女が、件の第三王女に殺害されたからだ。


 その理由や経緯は定かではない。

 女神のスリーサイズすら調べてみせると言われる帝国情報部ですら、ついぞ真相に辿り着けなかった。それだけ隠したいなにかがあるということなのだろうけど。


 余談だが、この世界には神がガチで存在するし帝国にも生身でお一人いらっしゃるので、公の場で口にでもしたら普通に不敬で極刑だ。

 情報部のメンバーが不審死を遂げたら、つまりそういうことだろう。


 間話休題。

 その後の第三王女の足取りは、当然追っている。銀髪エルフだから個人的にとかではなく、軍の情報部が。


 例え同じ王族であっても、王族殺しは極刑のはずだ。しかし第三王女に与えられた罰は国外追放に留まり、各地を転々として冒険者として名を上げることになる。

 ちなみに、異世界ものでよくあるあの冒険者だ。俺も軍に入る前は冒険者をやっていた。

 あれはあれでわりかし楽しかったんだよな。



 ◆



「そこで終わってくれればよかったんだがな……」


 ため息を吐きながらひとり呟き、マントのフードを目深に被り直した。

 定時もとっくに過ぎて、空には夜の闇が広がっている。月の光と星の明かりが大地を照らす中、俺は魔法学園校舎の屋上に立っていた。


 ロの字型になっている第一校舎は広い中庭を囲んでいて、この時間でも動いている噴水が月の光を反射し煌めいていた。

 校舎には言わずもがな、東側に広がる大きなグラウンドや、本校舎の横に建つ丁字型の第二校舎にも人はいない。当然ながら、体育館や魔法の訓練場などにも。

 この時間だ。生徒はもちろん、教師もみな帰宅済み。いるのは守衛くらいのもの。


 だが、俺が見下ろす先。中庭の噴水の前に、一人の少女が立っていた。


「あの子が、エルフ女王国第三王女……戦争の火種か……」


 遠目からでは顔もしっかり見えるわけじゃないが、先ほど写真で確認している。

 なにより、長い耳と銀の髪の組み合わせだ。人違いなはずもない。


 戦争の火種。

 追放された第三王女だが、エルフたちにとって90年前なんてつい最近みたいなもんだ。当然女王も代替わりしていない。

 だから、もしこの国で、この学園で、彼女になにかあれば。

 あるいは、彼女が内密にエルフ女王国から指示を受けていれば。

 十分なり得るのだ。この国が、血と硝煙に塗れた最低最悪の地獄に。


 つまるところ、准将のクソガキが俺を学園に潜入させる真の目的は、彼女の監視、可能であれば目的を聞き出すことだということ。


 任務の重要度、機密性が一気に上がり、更に面倒なこととなってしまったのだ。


「しかし、なんでこんな時間にこんなところにいるかね……入寮してるって言っても、完全に門限破ってるだろ」


 魔法学園は全寮制であるため、中には既に寮で暮らしている新入生もいる。特に国外からの留学組が多い。だから彼女が入寮していること自体はおかしくないのだけど、この時間のこの場にいることは十分不審だ。


 やはりなにか企んでいるのか、あるいは既に寮で問題を起こしたか。


 いや、ダメだな。先入観のせいか、どうしても疑ってしまう。せっかくの銀髪エルフ美少女なのに。


 さて、サービス残業してまでこの場にやってきたのには、勿論理由がある。

 ひとつは現場確認。この学園の警備状況や付近の建物なども含めた立地、敷地内や校舎の構造などを確認するためだ。

 さすがは大陸最高峰の魔法学園とだけあって、学園の敷地を覆う結界はかなり高度なものが使われている。このレベルで魔法を扱える者は、帝国内でも片手の指で数えられる程度しかいないだろう。


 そして次に、既に入寮していた彼女、エルフ女王国第三王女ルナーリアの現状把握だ。


 エルフに家名はない。理由は知らんが、この世界ではそう言うものらしい。


 ともあれ、どちらの目的も既に達した。サービス残業もここまでだが、しかし。

 正直、悩んでいる。

 だって、目の前に銀髪エルフ美少女がいるのだ。前世でオタクやってた頃は画面の向こう側にしか存在しなかったのにっ、今は目の前に! 声を掛けて会話できる位置にいる!


「どうすっかなぁぁぁぁ………………」


 いや、悩む必要はないのか?

 思い出せよ、俺。この世界に生を受けて150年余り。無駄に長寿な種族に生まれてしまったせいで、無駄に長い年月期待を胸に抱いてしまい、エルフは金髪だろJKと言われてしまったあの絶望感……! 一人だけいるけどお隣の国のやべー奴だと知った時の虚無感!!


「よし、行くか」


 悩みに悩むこと約三秒。そんな悩んでねえなこれ。しかし普段戦場にいることを考えれば、十分悩んだ方である。その三秒で普通に死ねるからね。


 校舎の屋上から音もなく飛び降り着地。被ったままのフードも外し、中庭の噴水前まで歩み寄った。


「誰?」


 響く誰何の声は、冬の夜を思わせる冷たいソプラノ。

 月に煌めく白銀の髪を靡かせ振り向けば、雪のように白い細面が顕になる。

 その瞬間。


 時が、止まった。


 夜空に遍く星々も、神々しく輝く満月も。

 まるで彼女を彩るためだけに在るようで。

 けれどその瞳には、青空を映したような色が。

 鋭い眦に、桜色の小さな唇。上品に伸びた鼻梁。頬が薄らと朱に染まっているのは、まだ夜が冷えるからか。

 黙って立っているだけでも醸し出す気品のようなものには、けれどほんの少しの冷たさがブレンドされている。


 写真で見た時にはなかった、衝撃があった。

 月の女神ですら裸足で逃げ出すと思うほどに、彼女は美しかった。


 見惚れてしまったのだ、俺は。

 監視対象、戦争の火種。ことと場合によっては排除しなければならないその相手に。

 不覚にも、魅せられた。


 任務がどうとか、オタクだった前世がどうとか。それら全てが、吹き飛んでしまうほどに。


「ああ、悪い。驚かすつもりはなかったんだ。本当だぜ?」


 ハッと我に帰れたのは、彼女の視線が驚くようなものに変わったから。

 それもそのはずで、フードを外した俺の茶髪は、銀へと変色していたからだ。彼女とお揃いというわけではないが、青みがかった銀色へと。

 俺の種族は少し特殊なものだから、こればかりはどうしようもない。


「君、この学園の新入生なんだろ? 実は俺もなんだ。探検がてら散歩してたんだけど、もしかしてそっちも?」


 髪のことは気にするな、と言わんばかりに話しかける。別に触れて欲しくないわけでもないが、説明が面倒なので。

 一方のルナーリアは、興味なさげに視線を外して、頭上の月を見上げた。

 まさかの無視ですか、泣きそう。でもめげないぞ。


「せっかくこんなに綺麗な月の夜に出会えたんだし、同級生としてぜひ仲良くしたいんだが。名前を聞いても?」

「……たしかに、忌々しいくらい綺麗ね」


 レスポンスが帰ってきたと思ったら、どうにも感情の籠った声音だった。怒りや、悲しみ、あるいは恐れ。泣き出してしまいそうにも聞こえてしまい、月を見上げるその視線は険しい。


 その視線が、青空のように澄んだ瞳が、俺を見つめる。一瞬前の感情など雲散霧消してしまった、酷く無機質な瞳が。


「この学園で誰かと馴れ合うつもりはないわ。ナンパなら他所でやってちょうだい」


 絶対零度の声で言い放ち、エルフの少女はこの場を立ち去った。

 呼び止めることもせず残された俺は、小さくため息を吐く。


「フラれたか……」


 蒼銀に染まった髪を乱雑に掻いて苦笑した。

 どうにも先行き不安となってしまったが、まあよしとしよう。

 なにせ彼女のクーデレポイントはかなり高かったので。デレる感じ皆無だけどね!

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