花火
「俺は会ってみたいと思ってる」
彼がそう言ったのは私たちが知り合って三度目の夏だった。
『来週花火大会だなぁ。一緒に行く人いないけど』
そんなことを彼との通話中ボソリと呟いた。
『俺と行く?』
それが彼の返事だった。
正直驚いた。三年間、毎日と言っていい程メッセージのやり取りをしていた。時々通話も。けれど一度も会いたいだとか会ってみたいなんて話をしたことはない。
お互い顔も名前も年齢も知らない。それでも誰よりもお互いのことを理解している。そんな、特別な関係。
「会うの?」
「俺は会ってみたいと思ってる」
「本気?」
「半分本気」
なに半分て。一緒に行くのか行かないのかどっちかにして欲しい。いや、そもそも私は彼と一緒に花火を見たいのだろうか。
今まで彼と会うことを想像してこなかったわけではない。でもきっと会うことはないのだろうと自分の中で思っていた。
会ってみたい。会うのが怖い。
会いたいと会いたくないがせめぎ合っている。
今さら顔を合わせ、はじめましてと言うには私たちはお互いを知り過ぎているのだ。
今の関係を壊したくないのなら会わないほうがいい。
「花火大会は行かないよ」
「そうなの?」
「まあ、部屋からでも少し見えるし。アイスでも食べながら一人で見るよ」
「そっか。じゃあ俺もそうしよっかな」
花火大会の日、二十時十分。私はソーダ味のアイスをかじりながらベランダに出て遠目に見える花火を眺める。
その時、ポケットに入れてあるスマホが震えるのを感じた。
スマホを取り出し画面を確認する。
彼からの通話だ。
「もしもし?」
「花火、見てる?」
「見てるよ」
「俺も」
そういえば俺もそうしようとか言ってたな。
彼が住んでいるところも今日が花火大会なんだ。
「花火ってこの年になって見てもちゃんと綺麗だと思えるよね。静かだし、家で見て正解だった」
「うん。でもやっぱり俺は一緒に見たかったかな」
「それもよかったかもしれないね」
会わなかったからこそ言える言葉。一人だからこそ思うこと。
二人で見たらもっと綺麗だと思えたかもしれない。
でもきっとこれから先も私と彼が一緒に花火を見ることはないのだろう。
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