第7話 皆と薬草摘み

 森へと向かう道すがら、アリアは欲しい薬草について話してくれる。書板にメモを取ってあり、現在ギルドで買い取っているものとその買い取り額がわかる。


 ここで俺の鑑定の能力だが、意外と欲しい情報に合わせて結果を融通してくれる。例えば不要な時に道端の草まで鑑定してこないが、草の情報が知りたいとき、あるいは探し物があるときは優先して情報を提供してくれる。すごいな賢者!


 高いものから順に鑑定を行う。するとそのうちのひとつの名前に反応がある。駆け寄って小さな緑色の球のような植物を指差し――こういうやつ?――と問う。


「えっ、これって月の輪草クレスセナなの? まだ小さいからわからない……」


 なるほど詳しく鑑定を進めると採取にはまだ向かないようだ。森に入ってから成長したものを探した方がいいな。



 ◇◇◇◇◇



 王都の北西の森まではそれなりに時間がかかった。距離はそれほどでもないのだが、ルシャに体力がないのだ。アリアもそうだったが、俺もルシャの様子を見ながらのんびりと森を目指した。逆にリーメは余所見をしながらもちゃんとついてきていた。



 森は広葉樹の種類も多く植生が豊かだ。ところどころ開けた場所は伐採の跡がある。人の手が入っている場所は比較的安全らしいが、奥へ行けば危険な代わりに、より希少で質も良い薬草が採れるそうだ。鑑定を行うと、視界の内にいくつかの薬草のコロニーが見つかるので誘導する。さらに鑑定を進めると、採取と保存の方法が判明するので教えていく。


月の輪草クレスセナは蕾がついた茎のできるだけ根元で切って逆さまに束ねると質が落ちないみたい。それに次の蕾も早く付くって。猫の耳カロネリは花を落として、赤い雌しべだけを摘んで――そうそれ。小瓶に集めて炒った豆を一緒に入れておくといいみたい」


 ――なるほど、タレントさえあればこれは馬鹿でも賢者だわ。


 薬草の生えている場所を移動しながら、四人に薬草の摘み方を教えていく。


 月の輪草クレスセナは葉が三日月状の、膝丈くらいの草と言うよりはシダのような植物で緑色の肉厚のスズランのような花をつける。猫の耳カロネリは膝の半分くらいまでの高さの紫の花をつける植物で、元の世界にも似たような花があった気がする。


羽衣葉メリスの厚みのある葉は、生える環境で葉胞に蓄えられた葉液の効能が違うから色の違いで分けて束ねておいて」


 羽衣葉メリスは元の世界には無かった。大きな葉っぱをつける、人の腰から背丈くらいまでの植物なのだけど、肉厚の葉は光に透かして見ると色がついて見える。


「これ、色に違いなんてある?」――とアリア。


「う~ん、わからなかったら聞いて。鑑定ならわかるから。ただ、これの違いを分かっていれば冒険でも役立つみたい。薬の代わりにもなるみたいだし」


「そっか」


 アリアとキリカはもちろん、ルシャもつたない手つきではあったが懸命に、言われた通りの摘み方をしていた。リーメも手伝ってはいるのだが、別の事に気を取られていることが多い。


 「その猫舌葉子カノリステラは葉の表面の毛に触れないように摘んで、束ねて菜種油を含ませた布で包むらしいよ」


「……わかったわ」


 キリカは無口だったが、他の二人と違って一応返事はしてくれる。

 地面を這うように広がる猫舌葉子カノリステラの葉を一枚ずつ丁寧に集めてくれた。ただ、あまり気を許してくれていないのはわかった。



 ◇◇◇◇◇



 昼まで採取を続けると、綺麗にまとめられた幾種類もの薬草の束ができあがる。


「「「「ほおぉぉぉ……!」」」」


 そこそこ良い値の付く薬草を前にしてアリアがざっと買い取り額を計算すると、四人が感嘆の声をあげる。


「え、そんなに驚くことなの? アリアは今まで何してたの?」


「えっと……ゴブリン退治とか害獣狩りとか……」


 脳筋プレイ一択だったらしく儲けは少なかったようだ。


 アリアから聞いたところによると、ゴブリンとは悪戯妖精ボギーと呼ばれる妖精の一種で、見た目の鮮やかな金品を集める習性がある。それだけならまだかわいいものだが、善悪の判断などが元より無く、平気で人を襲って殺すらしい。単体ならまだ聞き分けが良いらしいが、群れとなると暴虐の限りを尽くすから駆除対象なのだそうだ。



 ◇◇◇◇◇



 俺たちは木々の伐採地まで引き返し、昼食を取ることに。


 昼食は干し肉とパンとバター、それから薄めて一度沸かした葡萄酒。バターはすごくおいしい。逆にパンは硬めで干し肉も微妙。


 俺は自分の取り分から引いていいからと、薬草の中から羽衣葉メリスの中の青みのある物を一束融通してもらう。ナイフを借りてパンを切り、間にバターを塗って小さく千切った薬草と塩をまぶし、干し肉を挟む。半分に切って味見をし、アリアに食べてみてと残り半分を手渡す。


「あ、この味知ってる。おいしい!」


 羽衣葉メリスの葉胞の水分が干し肉に瑞々しさを与え、その薬効と香りもあってとても食べやすくなる。


 あとの三人にも羽衣葉メリスを勧める。


 これにはルシャが最初に反応を示した。おずおずと手を差し出し、俺が作ったメリスサンド的なものを手に取った。ルシャはメリスサンドに齧りつくと、すうっと息を吸い込み、感慨深そうに味わっていた。その様子に見入っていると、リーメに急かされ次を用意した途端に持っていかれる。


 もうひとつ作った俺は、他所を向いていたキリカにアリアと分けた半分を――味見にどうぞ――と与えると、恐る恐る口にした直後、頬張るように齧りついていた。


 残った昼食分の食材を全てメリスサンドにしてしまうと、ほぼほぼ三人で平らげてしまった。反応はそれほどでもないが、喜んでもらえたような、ちょっとだけ打ち解けられたような気がした。


 しかしこれ、ありあわせの食材から適当なレシピを鑑定できるとかすごくない? これだけでもうこの世界を満喫できる。ビバ鑑定!



 ◇◇◇◇◇



 昼食を終えると早めに切り上げてギルドへ向かう。状態が良いので少し色を付けて買い取ってもらえ、銀貨にして80枚ほどのお金が手に入った。銀貨1枚の価値はだいたい大人1日分、こちらの単位で1ポンドの小麦粉から焼かれるパンの値段らしい。まあ、パンだけ食ってるわけにもいかないだろうけど。


 薬草の多くは日が昇る前から起き出して、朝の早い時間のうちに摘むのがベストらしい。中には朝露そのものに薬効があるものさえ存在するというので、日が長い今の時期、次からはもっと早い時間に出かけようという話になった。


 テーブルにて儲けを五人で分けるとアリアはニコニコ。


「今日はあたしの奢りでご馳走ね!」


 大量の食材を買って孤児院へ帰ると、姿が見えた途端に子供たちは大喜び。アリアたちに纏わりついて、袖を引き、裾を引きながら建物の中へと入っていく。そんな幸せそうな彼女たちを後ろから眺めていた俺は、食材を孤児院の厨房まで運び込むと、そっと孤児院を抜け出した。







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 作者、ハーブ育てるのに一時期ハマってたので大抵のハーブは育てたことがあります。あと、高校の頃は妖精の伝承にハマってたのですが、当時はその手の本がほとんどなかったんですよね。大学卒業した頃は語学にハマってたので色んな辞書を買いあさりましたけど、その頃にネーミングの幅が大きく増えたと思います。そういうわけで賑やかしにオリジナルの植生です。


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