第2話 魔女という祝福
「起きられますか? お腹は空いています?」
メイドの格好をしたシーアと呼ばれた彼女は淡いブルーの瞳が美しく鼻も高い、本当に人形のように見える女性なのに、表情は柔らかく、こちらを気遣ってくれていることがよくわかった。
大賢者様が去った後、彼女は食事も用意できているのでどうかと聞いてきた。正直、長く食べていなかったような感覚があって腹は減っていた。
シーアさんに手を貸してもらいながら立ち上がる。彼女の背は高い方だと思っていたのだが自分よりは低かった。手足も長いのに……ああ、顔が小さいのか――ということは大賢者様もそこまで高くないのかもしれない。
「よろしくお願いします、シーアさん。そういや俺、死にかけていたとかいってたような……」
「呼び捨てで構いませんよ。そうですね……あ、お客人様? どのようにお呼び申し上げたら宜しいでしょうか?」
「
「はい、ユウキ様ですね。主様は賢者ですので配慮が足りなくて困りものです」
おどけた様子で微笑む彼女。なるほど。鑑定の力のある賢者なら相手の名前なんて見ればわかる。おまけに自分の名前は隠してるし、名前については無頓着なのだろう。
ワゴンから丸テーブルへ、手際よく食事の用意をするシーアさん。
「――珍しいことのようですが召喚の際に衰弱されていたようです。主様が魔法で回復させたと伺っております」
「使い物にならない魔女ならそのまま死なせてもよかったんじゃ……」
「そのような悲しいこと……仰らないでください。我々が招いておいて、そのような失礼は働けません。神様の不興を買います」
なんでも召喚を司る神様がいて、召喚者に力を与えているらしい。
――ああ! 俺は思い当たることがあった。あれだ、白い空間。あれは神様だったのか。
シーアさんに白い空間と何者かの話をしてみると、やはりあれが神様だったらしい。
◇◇◇◇◇
空腹もあったが、ここの食事はとてもおいしかった。もっと単純で粗野な料理が出てくるのかと思っていたが、洗練された料理に思えたし、元の世界で食べられるような料理よりもおいしく感じられたくらい。
食事を終えた後は、いま居るこの国について教えてもらった。
国の名はソール、或いは鉱国と呼ばれる国で、ここはその王都の王城の一角。単純に国の者は王国と呼ぶため、ソールの名を国内で聞くことはほとんどないし、近辺の国の者も単に王国と呼ぶことが多いそうだ。
北にはルイビーズという女神様たちの治める小さな国の集まりがあり、北の国、或いは北のルイビーズと呼ばれる。西には
魔王と呼ばれる災厄に支配される土地を魔王領と呼ぶ。その魔王領と接しているのは周辺ではこの国だけ。魔王領に近い辺境一帯は何度も魔王に滅ぼされたこともあって復興が行き届いてない所も多く、特に南部とは行き来も容易ではない。
この国の元首は王様だが、
王都では地母神様は平民街の神殿に祀られているという。元の世界で存在したような教義なんかがあるような宗教ではなく、女性にのみ受け継がれる秘儀がある程度の古い形の信仰のようだった。召喚者の俺にもわかりやすく教えてくれた。ただ、俺が男であるためか、秘儀の内容については教えてくれなかった。
主神は他の神様の上にも立つ神様。本質は戦神で、この国と魔王との長い戦いの中で、人々に聖堂を築かせ、居を構えることとなった。聖堂では戦いのための知識を与えてくれる。聖堂は、地母神殿とは性質的に真逆ではあるが、仲が悪いわけではなく、共存しているそうだ。
◇◇◇◇◇
その後は鑑定の能力を活かすためにも文字を教わった。
俺には何故か大賢者様やシーアさんの言葉が翻訳されて聞こえる。そして不思議なことに単語の読み方を教わって自分で読み上げても意味が理解できないのだが、何故か彼女に読み上げてもらうと理解ができる。意味を理解している人の言葉だから伝わるのだろうか?
――そういえば大賢者様が悲鳴を上げていたあの言葉、何だったんだろう。重要機密?
「主様にとっては重要機密かもしれません。――あ、今、わたくしの機密を覗いていらっしゃいますね?」
慌てて視線を下げ、謝罪する。
鑑定も慣れた人には視線でバレるというわけだ。
「シーアさんにもあの鍵があったもので……つい」
「
シーアさんのその文字を板切れに書く。
「剣士……」
『剣に熟達する者』と言葉を添えながら示されたそのタレントは『剣士』と称される――と。憂いを含む彼女の表情からは何かあるのだろうということは伺い知れた。慌てて俺は話を誤魔化すように問いかける。
「あっ、えーっと聖騎士というのはどういうものなのです?」
「聖騎士のタレントですね。戦えるだけでなく、味方を守り、癒す強い力を持ちます」
勇者と呼ばれる救世の力を持つ者と共に魔王と戦えるだけの力を持った強力無比なタレント――なのだそうだ。他にも聖女や剣聖といった強力なタレントが存在するらしい。
「仮に聖騎士だったとしても、今のお役目の方が重要ですけどね」
もちろん大賢者様の話だ。
その後、自身の鑑定結果を板切れに書き写しながら説明してもらう。数の読み方も教わるが――んんっ?――とシーアさんは目を見開いて板切れをまじまじと見つめる。能力は低いと大賢者様から聞いてはいたがそんなになのだろうか?
魔女については『聖秘術に長けた者』と書くそうだ。聖秘術って言われてもわからない。
「性交で相手に祝福を与える魔法です」
「は?」
澄ました顔で答えたシーアさんへ食い気味に聞き返した。
「は???」
再び聞き返すが澄まし顔のまま変わらず。
――なるほど確かに最前線でヤるわけにもいかない。しかもいったい何人に祝福を与えられるんだそれ。
「性秘術とも呼ばれます」
――いや聞きたくないからそれ――て、ちょっと待って、男の場合はどうするの? 相手に子供ができちゃったら最前線とかそれどころじゃないでしょ。そもそも女性が最前線にそんなに居ないんじゃないの?
「女でも戦う人は居ますよ。召喚者の皆さんのように妊娠期間は長くありませんし、妊婦が死ぬことも稀です。なんなら魔女は避妊の魔法も使えるとか」
街でいい小遣い稼ぎになるかもしれませんね――と、揶揄うように返される。
――冗談。そんな現場に居合わせたくない。
◇◇◇◇◇
「ところで魔法ってどうやるんです? 俺でも使えますか?」
文字を教わりながら聞いてみる。
「ご自身への鑑定と同じと伺っています。学習により覚えることもできますが、タレントをお持ちなら魔法に必要な呪文と力の効果を見ることができます」
――魔法を。
目を瞑って頭の中で唱えると確かに一覧が出る。もちろん読めない。そのうちのひとつを注視すると拡大されて文字が追加される。やはり読めないが光る文字列を注視すると頭の中に声が響く。これが呪文だろうな。
シーアさんに確認をしてもらっていくと、やはりどれも魔女の
「試さなくていいですよ」
――ハイハイ、わかってますよ。魔女の魔法ですもんね。
ここで致すわけにもいかないし――いやちょっと待てよ。俺は最初になんて言った? 神様とやら、望む力をくれたんだよな? なんか違くない? 方向性まるで逆じゃない?
その後、魔法の知識なこともあってか、大賢者様のご配慮で羊皮紙が貰えたので魔法の効果を書き出していく――のだが、昼食と休憩を挟み、さらに夕食後まで続いていた。そして書き出す内容がまた生々しい。整った顔立ちのシーアさんに読み上げられると、人によってはご褒美とも思われるかもしれないが、実際は申し訳なさの方が先に立つ。そうしてすっかり日も暮れた頃に最後の魔法を書き出した。
――やっとだ。やっと解放される!
「ユウキ様!? 少々お待ちいただいてもよろしい?」
書き上げたばかりの羊皮紙を手に、いそいそと部屋を出て行ったシーアさん。
――長いスカートの裾が踊っていますよ。落ち着いてもう明日にしましょ?
しかし願いは叶うことなく、大賢者様がお出ましになられた。なんかもうご就寝前だったんじゃないの? 身支度も整っていないように見えた。
そして魔法の効果を伝えられる。大賢者様は何とも言えない、残念なものを見るような表情をしている。シーアさんは微笑んでいるが視線が冷たい気もする。いや冷たい。きっと冷たい。重要機密や鍵の謎も解けたよ。よかったね。そして俺? 俺はなんかもうね、消えたい。ごめんなさいとしか言えない。神様からのギフトはそう、魔女の
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古代から近世まで、魔法と性というものは割と切り離せなかったりするんですよね。だから今のファンタジーの魔法ってとても上品な魔法なんだと思います。
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