かみさまなんてことを ~少女冒険者との出会い~

あんぜ

第1話 召喚

「あいつの処女を守れなかった」


 何を言っているんだ――と、もし他人に聞かれたら問われることだろう。

 だが俺は、彼女の初めてを奪っておきながら最後まで共に居る責任を果たせず、彼女の未来の相手に送り出してしまったことを悔やんだ。処女厨として許されざる行為だった。



 そこは真っ白い空間。上も下も分からない。

 瞼を閉じることもできず、耳鳴りさえ聞こえない。

 そんな夢の中で目覚めた俺は、最後の記憶を思い出して呟いたんだ。

 それは彼女から別れを切り出された時の記憶だった。




『何言ってんだコイツ……』


 不意に響いてきた声――耳からじゃなく頭の中から。


 ――夢の中に誰かが居る!?


 予想された通りの言葉を返されバツが悪い俺。

 足元を見ると眉をひそめてこちらを見下ろす

 向こうが立っているということは、俺は横になっているのか?

 そして俺自身は素っ裸だった。


 は幾重ものドレープのかかった白い服を揺らしながら、俺の頭の傍まで歩み寄り、屈む。人の顔のようなものが何となく認識できるが、人ならざるものだということはすぐに理解できた。


『ムネにぽっかり穴が開いているようだ。ここへ来る前に何かあったね』


 ――胸がどうしたって?


 は俺の胸に手を置いた。――いや、そこに胸は無かった。言葉の通り、胸には大きな穴が開き、そいつの手を飲み込んでいた。


 ――ヤバい!


 そう思った途端、それまで意識さえしていなかった呼吸ができなくなる。

 だってそうだろ? 肺が無いんだから!


『キミは今、魂だけの存在だ。窒息することは無いし会話もできるよ』


 ――そんなことを言われても!


 息を吸おうと口をパクパクさせることが精一杯で、声なんて出やしない。



 …………酸欠で遠のく意識の中、そいつは喋り続ける。


『やれやれ、思い込みの激しいニンゲンだ。まあいいや、キミで最後だ。希望は聞けたし、できる限り望み通りの力を――』







 ◇◇◇◇◇



「――魔女じゃな。こやつのタレントは」


 女の声が聞こえた。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。戻りつつある意識の中、聞こえてくる会話の中で聞き取れた言葉。さっきまでの場所と違って重力がある。服を着ている感触もある。俺は硬い床の上で横になって目を瞑っていた。


「間違いないのか!?」

「間違いない。儂の鑑定に狂いはない」


「よりによって魔女とは…………使い物にならんとはいえ、禁廷の招きでは無下にもできまい」

「そういうことじゃの。何せ六年ぶりじゃ」


 横になったまま周りを確かめようと重い瞼を上げると、薄暗い部屋の中でこちらを見下ろす一団が見える。どこから借りてきた衣装だろう、中世西洋風のにしか見えない。特に、鮮やかな青い衣装の女は言葉遣いのわりに若く見えた。そしてやはりここはさっきまでの白い空間ではないようだ。


「――お主のところで引き取れないなら、こやつは儂がしばらく見てやろう。男の魔女というのも興味深い――――おっと、目を覚ましたようじゃな。が、もうしばらく眠っておれ」


 女は続いて耳慣れない言葉を呟くと、俺は再び意識を手放した。







 ◇◇◇◇◇



 再び目覚めたときには床ではなく柔らかなベッドに寝かされていた。なんだかいい香りまでする。ベッドには天蓋が付いており、広い壁には何故か一面に織物がかけてあった。


 不意に両開きの扉が開くと、メイドの格好をした女性がワゴンを押して入ってくる。長いスカートは足元を隠し、荷を乗せたワゴンを押しているにもかかわらず、静やかに歩を進めるのが印象的だった。


「おはようございます。そろそろお目覚めと伺っておりました。主様あるじさまを呼んでまいりますね」


 淡い金色の長い髪を編み込んでまとめ上げ、髪と同じく淡い瞳の人形のような美しさを持つその女性は、ワゴンを壁際に置くと、来た時と同じように引き返していった。



 改めてベッドの周りを見渡すと、広い部屋の壁や床は石造りのように見えた。そういう見た目のシートを貼ってあるだけなのかもしれないけれど、家具や先ほどの女性の雰囲気から西洋の近世の宮殿のように思えたので石なのだと思う。暖炉があって火は灯っていないが、部屋の空気はほんのり温かかった。


 部屋の壁際には装飾のある足が付いた小さな書き物机、同じく足の付いた箪笥、それから一本足の小さな丸いテーブルがあり、部屋の隅には長櫃のようなものも置いてあった。壁には複雑な模様が織り込まれた織物の他に、装飾された枠のついた鏡があった。明らかに日本に居るという感覚ではなく、VRのそういうワールドに居ると言った方がまだしっくりくる。しかしここには匂いもあるし柔らかなベッドの感覚もある。



 ◇◇◇◇◇



 やがて主様と呼ばれる女性が先ほどのメイドを従えてやってきた。鮮やかな青い衣装には見覚えがある。


「あら、意外と元気そうね。薬は必要ないかしら。死にそうな顔をしていたから心配していたのよ?」


 ――この人、『儂』とか『じゃ』とか言ってなかったっけ?


 興味深そうに大きな目を丸くしてベッドの俺を覗き込んでくるその女性は、先ほどとは違って声の印象も見た目相応、そして表情もやわらかい。鼻は高くなく童顔に見えるが整った顔立ち。長い髪は青っぽいような黒髪に見え、衣装もあってか背は高そうに見える。恋人がいるとはいえ女性との付き合いの苦手な俺は、意識してしまうと返答に困ってしまう。――いや訂正。恋人はもういない……。


「――そのままでいいから聞きなさい。あなたはね、召喚されたの。元居た世界とは別の世界よ。異世界召喚って話、聞いたことない?」


 異世界召喚――アニメかゲームの話だろうか?


「――召喚された人たち――召喚者たちはね、この世界の人々に比べてとても高い能力を持っているの。だから国を救うために手を貸してもらおうってワケ」


「横暴な話ですね……。俺はまあ……別にそれでもいいですけど」


 思いもしないような単語の羅列に、ようやく俺は投げやりとも言える言葉を返した。


「ふふっ、元の世界で嫌なことでもあったのかしら? でも残念。あなた魔女だから戦場には送れないのよね。しばらくここに居た後は自由に暮らすなり、死んで元の世界に帰るなりするといいわ」


 思ったより気安く返される。そして予想外の言葉が続いた。


「魔女? 男ですよ俺。――あ、死ぬと帰れるんですか?」


「帰れるはずよ。ただ、自害すると魂が傷つくから他殺の方がいいわね」


「……やだなあ、どっちも。」


「魔女はねぇ、地母神の祝福を他人に与えることができるんだけど……男だし、ちょっといろいろ問題があるから無理ね」


 その女性は口ごもってるけど――男だとマズいのだろうか? まあそりゃあ魔女が男という時点で……いや魔男まだんでもいいじゃないか。


「そもそも俺のどこをどう見たら魔女なんですかね?」


「鑑定よ。賢者の能力なの」


 ――鑑定。なるほどそんな便利なものが……。


 ふと見上げると、彼女の頭の上に文字が見えるのに気づいた。


 ――なんだこれ?


 首をかしげると文字も同じように傾く。なんかゲームでこういうの見たことがある。注視していると文字が引き上げられ、その下にゲームのスクリーンのようなものが浮かび上がる。スクリーンにはさらに多くの文字が。そしてどの文字も読めない。


「――まさか…………あなた鑑定が使えるの? 私の頭の上のこの辺、見てるわよね?」


 彼女が説明するには鑑定は頭の中で唱えるだけで使えるらしい。だが文字が読めない。言葉は通じるのに文字が日本語じゃない? 彼女は板切れとペンを差し出してくる。頭の上に浮かんでいた最初の文字を書き写す。かすかに焦げるような臭いがして板切れに文字が記される。


「ご本名ですね」


 難しい顔をして無言のままだった目の前の彼女の代わりに、傍でお茶を用意していたメイドさんが俺の手元を覗き込みながら言った。メイドさんの頭の上にも同じように文字が浮かんでいた。さっきまでは無かったはず。そちらも書き写す。メイドさんの方が名前は長い。


「わたくしの名ですね」

「どこまで見えている!?」


 食い気味に、そしてやや緊張した面持ちで問われたので、俺は続けて目の前の彼女のスクリーンに並んだ文字列のひとつを書き写す。するとその彼女は文字を指さしながら『トメリルの賢者』と読み上げる。


「――私はここでは本名は名乗っていない。トメリルの賢者もしくは大賢者と呼ばれている」


「つまり本名は出すなと?」


 目の前の無言のままの大賢者様に代わって微笑むメイドさん。


「シーアはいろいろと事情を知っている。私が貴族連中相手で砕けた喋り方をするのもこの子の前だけだ。この子も貴族なので名は長いだろう? 私は元平民なので名は短い」


 大賢者様が何か呟きながら板切れに書かれた自分の名を指でなぞると、その文字が消えていく。完全に消えると彼女はおどけたような表情とともに柔らかい雰囲気に戻る。



 ◇◇◇◇◇



 ベッドの傍へ寄せた丸テーブルにシーアさんがお茶を用意してくれていた。俺はベッドで身を起こしてティーカップと皿を受け取る。彼女が淹れてくれたお茶は紅茶によく似た香りがした。フレーバーを付けているのかはわからないが、ほんのりお酒のような風味と柑橘類のような酸味が感じられた。


 お茶を飲み終えた俺は再び大賢者様の文字を書き写す。ゲームのように能力値みたいなものが数値で記されているらしい。指さしながらの説明を聞いていると、彼女が日本語を喋っていないことに今更気が付いた。文字を読み上げた瞬間に理解してしまっている。やがて『賢者』と書かれた文字に行き着く。タレントというものらしい。


「タレントは神様からの祝福なの。だから一般には祝福と呼ばれているわ。タレントは賢者からの祝福で顕現させることができるんだけど、鑑定でタレントまで読める賢者はほとんどいないの。つまり、タレントを読める君は国の要職にもつけるってワケ」


 ただしオススメはしない――と、疲れた表情で付け加える大賢者様。正直、興味はないのでどうしても路頭に迷うようなら雇ってもらおう。最終手段だ。



 さらに書き写しを続けると大賢者様は表情を固くした。


「私の鑑定かこれは?」


 自分の鑑定はできないのかと問うと、目をつむって鑑定してみろという。

 なるほど、目を閉じたまま頭の中で――鑑定――と唱えるとスクリーンが見える。もちろん文字は読めないが。


 板の上の文字を大賢者様が指差す。


「これは聖騎士と書かれている。その隣の文字は鍵を意味する」


「聖騎士でもあるんですか?」


「いや、神様から与えられるこういった大きな祝福はひとつだけだ」


 鍵? このゲームのような世界。すぐに思い浮かぶのはゲームの課金コンテンツ? 一文字で鍵? 頭文字か記号?――疑問を口にした。


「――その文字はもとより『鍵』を意味する。基本の文字のひとつだ」


 大賢者様は、難しい表情をするときは言葉遣いも硬くなる。『儂』とか言い出さないだけマシだけど。さらに記述と解説を進めていくと――


「え……」

「ぁ……」


 とある項目で二人が固まる――――瞬間、悲鳴とともにペンが払いのけられ、板切れに手をついた大賢者様はの呟きとともに大雑把に文字を消す。呼吸を荒げた彼女はジト目ともいえる表情でシーアさんをみつめる。シーアさんはというと、愛想笑いのような表情で視線を避けるようにペンを拾いに行く。


「と、とりあえずここまででいい。君の方が私よりも上位の鑑定を使えるらしい!」


 あとはシーアに任せる――そう告げると大賢者様は部屋を出て行ってしまった。残されたシーアさんと目が合ったのでとりあえずの笑顔を作ると、彼女もにっこりと微笑み返してくれた。







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 名前はまだ出てきていませんが、処女厨ユーキの異世界冒険譚です!


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