第28話 前夜祭

 定時より少し過ぎてしまったが、全員無事にゴール地点に辿り着いた。ビルはダグラスからの連絡を受けてゴール地点に来た。隊員達の姿が見えたら安心感と喜びが一気に押し寄せて涙を流した。

「良かったー!みんな、無事だなぁ?!」

「隊長、落ち着いてください。」

「ずっと心配してたんだぞ?フューダも関わってたようだし。あの後、出勤中の職員は部署に関わらず機構中の点検作業だ。」

何かを感じ取ったアリスは、被害が出ないうちにと思い、黒い塊を炙り出して始末したのだが、それがきっかけで大騒ぎになってしまったようだ。アリスは申し訳なさそうにゆっくりと手を上げた。

「あの…。ごめんなさい。被害が出るよりマシだと思ったのですが、かえって皆さんを混乱させてしまったみたいで…。」

「やっぱりアリスだったか。てか、アリスにしかできないよな。謝ることじゃない。むしろ、感謝してるよ。みんなを守ってくれて、ありがとう。」

アリスの目線に合わせて、膝をつきながらビルは言った。言われたアリスは少しだけ顔を赤くした。どう返事をしたらいいのか分からなくなるくらい、感謝されて嬉しかったのだ。少しだけ和んだ場の雰囲気に、その場にいた全員がほっこりした。ビルはアリスの頭をポンと軽く叩くと、立ち上がった。

「まだ、職員は点検中なんだ。訓練から帰ってきて早々に悪いが、みんなも点検作業に加わってほしい。」

ビルは隊員に呼びかけた。隊員は皆、力強い目つきで頷いた。

「ジョージはニコラとアリスをブラスのところに連れていってから、私達と合流してくれ。」

「隊長。アタシも動けます。」

「ダメだ。来たるべき日のために、ちゃんと足を治せ。」

「はぁい…。」

残念がるニコラを、ジョージが励ましながらアリスも連れて医務室に向かっていった。父親が家を出て以来、女性ばかりの家庭で育ったジョージの対応を、さすがと思いながらビルとダグラス、ジルバは見ていた。

 医務室に着いた3人は、少し散らかった部屋に驚いた。点検作業は医務室も例外ではない。

「ん?やあ、実動部隊のみなさんか。ごめんね。上からフューダの痕跡がないか調べるように言われて、散らかしちゃってるんだ。」

笑いながら言うブラスは、すぐにニコラの足が気になった。すぐ近くのベッドを指差し、ジョージはそこにニコラを座らせた。応急処置で固定された左足首を診て、右足首も確認した。

「うん。捻挫だね。こんなに腫れてるんだ。痛いだろう?」

「そ、そんなことは…」

強がるニコラが喋り切る前に、ブラスはニコラの左足首を少しだけ外側に動かした。ニコラは痛みから苦しそうな声が出た。

「ほら、痛いでしょ。医師として、1週間の安静を指示するよ。」

「1週間もですか?!」

「ビルにも、来たるべき日のために準備するよう、言われたんでしょ?」

「…はい。」

「分かればよろしい。じゃあ、とりあえず、ここで寝てて。えっと…、アリスは?」

「もう治ってしまいましたが、体中切り傷だらけになったなら一応ブラスさんに診てもらうよう言われました。」

「そういうことか。じゃあ、採血しようか。」

慣れた手つきで、ブラスは準備から採血まで流れるように済ませた。その後、フューダの痕跡とやらを再び調べ始めた。ジョージはビル達と合流するため、医務室にニコラとアリスを残して去っていった。アリスは問題なく動けるが、ニコラを1人残すとニコラが落ち込んでしまう、と思い、ジョージはアリスも残したのだ。アリスはニコラが布団をかけて座っているベッドの横の椅子に腰掛けた。

「ねえ、アリス。アタシ、ダメだよね?」

ニコラは唐突にアリスに尋ねた。不思議そうに首を傾げるアリスのほうを見ず、ニコラは続けた。

「男と女で体力差があるのは分かってる。それでも、実動部隊に選ばれたからにはそんなの関係なくやってやろう、って思ったの。けど、実際はそんなに甘くなくて、分析解析ができなかったら、アタシはただの足手まとい。今回だって、フューダが仕掛ける前に足を挫いちゃった。」

心にずっとしまい込んでいた思いが、抑えきれなくなっていた。溢れる感情が、ニコラの目から涙となってアリスに分かる形で現れる。

「こんなこと言ったら、アリスは嫌がると思うけど、アタシ、特別な力を持つアリスが羨ましいと思ったことが何度もある。性別も体格差も関係なく、街全体を守れるから。アリスを羨ましいと思う度、自分が惨めでならないの。」

ブラスは背中で話を聞きながら、フューダの痕跡があるかどうかを調べていた。ニコラの率直な思いは、少しでもアリスを傷付けてしまうかもしれない。散々な目に遭ってきた原因の1つである光の力を羨ましく思っていた、と言われて100%良い気はしないだろう。それを言ってはいけない、と普段のニコラなら分かるはずだが、抑えられないくらいに今のニコラは心が弱っているのだ。挫いた足を見ながら涙を流すニコラは、そんな今の自分の心の弱さも少しは自分で分かっている。余計に自分が嫌になり、涙が止まらない。アリスは無言でニコラのベッドに乗り、そのままニコラを抱き締めた。

「ちょ、ちょっと?!アリス、何を…」

「ありがとうございます、ニコラ。」

礼を言われたニコラは驚き、それを聞いていたブラスも驚いて2人のほうを見た。アリスはニコニコしながらニコラがかけている布団に入り、ニコラにくっつくように座った。

「私の力、迷惑でしかないと思ってました。人を怖がらせるし、暴力的にしてしまってますから。けど、ニコラみたいに羨ましく思ってくれる人もいると、少しは役に立ててるって思えます。」

「な、何を言ってるの?アタシはただ、無い物ねだりというか、悔しく思ってたというか…。」

「それでいいじゃないですか。私だって、分析解析なんてできませんし、力がなかったら何もできない、学のないただのチビです。」

ニコラの涙は、いつの間にか引っ込んでいた。それくらい、アリスの反応は予想外だった。ブラスでさえも、2人の仲に亀裂が入ると思っていた。

「私もニコラが羨ましいです。美人で、誰からも好かれてて、誰とでも仲良くなれて、それでいて実動部隊にいられる能力があって。」

指を折りながらニコラを羨ましいと思うことを言うアリスは、まるで素直な子どものようだ。そんなアリスの言葉を、ニコラもブラスも遮ることはできなかった。

「けど、一番は優しいところですかね。フューダのアジトから来た不潔な私をお風呂に入れてくれて、服もくれて、仲良くしてくれた。今でも仲良くしてくれるじゃないですか。確かに、実動部隊は体力面が優れていないとやっていけません。けど、それだけじゃないですよね?危険な場所から救い出した後、不安になってる人の心を救う優しい人も必要です。ニコラは実動部隊に必要なんですよ。私も皆さんに、ニコラに助けてもらって、今こうして平穏に過ごせてます。ニコラのこと、ダメだなんて思いません。ニコラがニコラのことをダメと言うのなら、私はニコラに文句を言います。」

真っ直ぐなアリスの言葉は、一言一句逃さずニコラの心に刺さった。引っ込んだ涙は、別の姿になって再びアリスに見える形で流れていった。それを見て、少し慌てたアリスは持っていたハンカチでニコラの涙を拭いた。心が洗われたような気分になったブラスは、腰を軽く叩いてから休めていた手を動かし始めた。

 気持ちが落ち着いてきたニコラは、ベッドの上で腹筋を始めた。足を動かせないなら、他を鍛えようという考えだ。そんなニコラの姿を見たアリスは、自分も何かしなくては、と思ったのだが、何をしたらいいのか分からず、医務室をキョロキョロと見渡すばかりだった。ブラスが棚から出したファイル類が床に乱雑に置かれている。アリスはブラスに近寄り、声を掛けた。

「ブラスさん、手伝いましょうか?医務室の他の方、おられないようですし。」

「ああ。みんなには薬品倉庫のほうを調べてもらってるんだ。フューダが何かを仕掛けるなら、そっちのほうが怪しそうだしね。」

薬品なら、医務室の人間なら誰にでもどれが何であるか分かる。医務室のファイルはブラスでないと分からないことが書かれているものも多い。そういうことであろう。アリスは質問を変えた。

「あの、さっきから気になっていたのですが、フューダの痕跡はどんなものですか?」

裏山から戻ったときから疑問に思っていた。アリスは力でフューダの仲間が仕掛けた爆発物を炙り出した。それは職員が長年気付かずにいたものだ。爆発物以外の痕跡を調べるといっても、どんなものかも分からない上に気付きようもないものなら、どれだけ調べても見つかりっこない。

「見覚えのないものを徹底的に調べるように言われてるんだよ。」

「上からの指示だと伺いましたが、それはスコットさんですか?」

「さあ?僕は機構の上層部としか聞いてないけどね。」

アリスは情報を整理した。裏山の実動部隊の訓練コースが爆破された。アリスはフューダが使う爆発物だと気付き、機構中に力を巡らせて同じ爆発物を全て炙り出した。裏山から戻ると、上からの指示で、機構中で調査をしていた。指示は、見覚えのないものを徹底的に調べろ、というものだった。アリスは冷静に考えた。そもそも、どうやって機構中に爆発物を仕掛けたのか。フューダのスパイである更生施設にいた職員がやるにしては数が多いし、広すぎる。フューダの痕跡を調べろ、という今行われている作業も、指示が雑で痕跡の決め手がなさすぎる。上層部という人は一体何を考えているのか、そんなことを思いながら、アリスはブラスの背中を見た。アリスが実動部隊に入った直後、ブラスがフューダに狙われていたことを思い出した。あれからブラスの警護がかなり厳重なものになったが、時が経った今はそうでもなくなっている。あれ以来、フューダがブラスを狙って来ないからだ。なんとなくそんなことを思っていると、裏山訓練の時からアリスの制服のポケットに隠れていたポプが顔を出した。

「おい。色々考えてるみたいだが、オイラのことを忘れないでくれよ。」

「あっ、ごめんなさい。それはそうと、ポプはフューダの痕跡が何か分かりますか?」

「フューダの痕跡?ああ、さっきから人間達がそうやって騒いでるな。黒い塊みたいに、仕掛けられたものなら分かるけど、どこにいたとか、そういうのは分からん。アリスはどうだ?」

「私は…、仕掛けられたものとか、フューダが現れた時の気配は分かります。フューダが去って時間が経ってないなら、痕跡も分かると思いますよ。」

「そんなもんだろ?だから、ここの人間がフューダの痕跡なんて調べようがないんだよ。人間って、不安になると何が適切かも分からなくなるんだな。」

ポプの言う通り、やはり機構の職員がフューダの痕跡なんて調べられるはずがない。国際防衛機構が狙われたのなら、各国に警戒を呼びかけるのが一番だろう。それがなされていない、ということはどういうことなのか。アリスが考えようとしたとき、医務室に1人のスーツを着た男性がやって来た。

「先生。どうですか?」

「ああ、いや…。フューダの痕跡はなかなか見つからないですよ。どういうものかも見当がつかないですから。」

「当然ですね。我々もです。どうでしょう?私、今手が空いてるので、手伝いますよ。」

「ああ、では、お願いします。」

2人のやり取りを近くで突っ立って見ていたアリスだったが、ニコラに手招きされてそちらに行った。ニコラは近付いたアリスに耳元で小声で話した。

「あの人はエメラード事件の後に国際委員から派遣されてきた人だよ。」

「国際委員って何ですか?」

「うーん…。簡単に言うと、世界中の国が仲良くやっていくために相談したりルールを作ったりするところ。国際委員の中に色んな組織があって、国際防衛機構も国際委員の中の組織よ。」

「へぇ…。じゃあ、あの方は偉い方ですか?」

「まあ、そうね。長官に色々口出ししてるみたいだし、それなりの権力はあるみたいだよ。アリスは意識不明だったから、知らなかったのね。」

ニコラの説明を聞いたアリスは、再びそのスーツの男性を見た。エメラード事件の後に来たということは、機構の在り方は当然ながら、ブラスのことも気になるのだろう。アリスの中では、ブラスは世界一の医者だ。そんな医者が狙われて命を落としてしまったら、機構だけではなく世界中の損失となる。国際委員から誰かが派遣されてくること自体には、アリスは納得した。だが、何となく違和感を感じていた。その正体が分からず、気持ち悪さを覚えていたら、ポケットから顔を出すポプが何かに気付いた。

「あいつ、不自然だ。何も感じない。」

「…確かに。言われてみればそうですね。」

国際委員の男性は、呼吸音、心臓の鼓動音、足音、髪の毛同士が擦れる音、その他生きる上で鳴るはずの音が何もしなかった。アリスとポプは、力の影響からか、他人よりこの手の音には敏感だ。感じ取れないということはまずない。違和感の正体が分かったアリスは、少しずつ男性に近付いた。その途中、その男性はブラスに手を伸ばした。アリスは目に見えない速さで距離を詰め、その男性の腕を掴んだ。ニコラとブラスは突然のことに驚いたが、男性は驚きもせず笑っていた。

「あーあ。やっぱ、バレちゃった?」

「その服、フューダが用意したものですね?音を何も感じませんから、気配を感じにくいです。」

「そうだよ。ねえ、いい加減、手離してくれない?痛いよ?」

「離せばブラスさんを殺しますよね?お断りします。」

アリスはブラスとニコラを守るため、2人を光の結界で包んだ。ニコラはすぐ実動部隊全員に連絡した。エメラード事件と同じく、光に守られる状況となったブラスは床に座り込んで少し呼吸が荒くなった。ポプはアリスのイヤーカフに軽く触れた後、青い光を纏ってブラスの膝の上に乗った。

「しっかりしろ!大丈夫だ。あんたが悪いなんてことはない。」

「え、えぇ!喋った…。う、うん。ごめんよ。」

「あんた、運が良いよ。アリスがいてくれるんだから。」

落ち着きを取り戻したブラスは、ポプと一緒にアリスを見た。ニコラもベッドから出て足を引きずりながら光の結界の壁まで来て、壁をドンドンと叩いている。アリスは両目を青く光らせながら、男性を睨みつけている。

「更生施設の職員とあなたでは、あれだけの数の爆発物を仕掛けるのは大変だったのではないですか?他にもいますよね?お仲間が。」

「さあ?どうだろうね?」

そう言うと、男性はアリスの腕を振り払った。その勢いで光の結界の壁にぶつかったアリスは、すかさず医務室の入口にも結界を張った。医務室から出られなくなった男性は、イライラしながら頭を掻き、着ていたスーツのジャケットを脱ぎ捨てた。その瞬間、アリスの耳には様々な音が聞こえてきた。生きていれば必ず聞こえる音から、聞こえてはいけない音まで聞こえた。

「やはり、あなたもフューダに埋め込まれているのですね。」

「フューダ様がくださる仲間の証だよ。与えてもらえなかったのは、後にも先にも君だけだ。」

「私は今まで一度も、あなた達の仲間だと思ったことはありません。」

「ふん。そういう強気の若い子、嫌いじゃないんだけど、フューダ様の邪魔をするなら仕方ないね。」

男性はアリスに襲いかかった。腕から刃物のようなものを素早く出して、片手で捕まえたアリスを床に押しつけ、馬乗りになった。アリスは抜け出そうとしたが、相手の押さえつける力のほうが強く、抜け出せないまま振り下ろされたものを背中で受けた。刺さった瞬間、相手の力が一瞬弱くなった隙をついて光の力で結界の壁に向かって相手を投げ飛ばした。刺さったものを自ら抜き、それを今度は相手の肩に刺した。うめき声を上げる男性の頭を真上から鷲掴みするように手を添え、そのまま光の力を放った。黒い塊が出てきた直後、アリスが光で包み込むより前にそれは爆発した。アリスと男性は吹き飛ばされ、それぞれ光の結界の壁に全身を強くぶつけた。男性は横たわったままだったが、アリスはすぐに立ち上がった。そこにはフューダがいた。ニコラから連絡を受けて急いでやって来たダグラスとジルバは、フューダもいて、その仲間もいるのに、光の結界のせいで中に入れない医務室の状況に戸惑いを隠せなかった。

「おい、ニコラ!どうなってんだ?!」

「どうして中に入れない?!」

「国際委員の人がフューダの手下だった。その人から例の黒い塊が出てきた。それが爆発したらフューダがいた。アタシだってどうなってるのかわけが分からない。中に入れないのは、アリスが結界を張ってるから。」

「おい!アリス!中に入れろ!1人は無謀だ!」

ダグラスとジルバの呼びかけには一切耳を貸さず、アリスはフューダを睨みつけている。

「ここは国際防衛機構です。あなたがいるべきところではないはずですが?」

「最後に確認だけしたくてな。アリス、俺と一緒に世界を変えないか?」

「何度も言ってますが、あなたの仲間になるほど私は悪趣味ではありません。」

「そうか。じゃあ、死んでくれ。」

フューダは闇の力を放った。光の結界を張っているため、結界の中にいるブラスとニコラ、ポプと、医務室の外にいるダグラスとジルバは無事だ。男性はもろに食らい、灰になって散った。アリスも自分を守る余裕はなく、もろに食らった。それでもすぐに体勢を立て直し、右手に光を纏ってフューダに殴りかかった。フューダは左顔面にアリスの拳を食らい、少しよろめいた。殴られたところを手で押さえ、着地したアリスを不気味な笑みを浮かべながら見た。

「死なないどころか、反撃してきたか…。成長したな。父として嬉しいが、父を殴るのは良くないぞ。」

「あなたは父親ではありません。私の父親は、あなたと比べものにならないくらい素晴らしい人です。」

アリスは他人に見せたことがないくらい嫌そうな顔をして言った。その様を見たフューダはさらに笑った。

「まあ、いいだろう。今回はここまでだ。お前の今の実力も知れた。ためになったぞ。」

「待ってください。先ほど、あなたが国際委員に送り込んだ男性にも聞きましたが、他にもお仲間を送り込んでるのではないですか?」

「そう思うなら、自力で探せ。」

そう言うと、フューダは黒い霧に包まれて消えた。フューダの気配が完全に消えたことを確信してから、アリスは光の結界を解除した。自由に行き来できるようになった皆が、まだ少しだけ呼吸が荒いアリスのもとに集まった。

「よくやったな。不意打ちとはいえ、少しは合宿の成果が出てたぞ。」

誰よりも早くアリスの肩に陣取ったポプがそう言った。まだ青い光を纏っているポプの言葉は、その場にいるアリス以外の人にも聞こえていた。

「いやいや?!そこ?!普通、大丈夫か、とか、とりあえず横になれ、とかじゃないの?!」

「はぁ?大丈夫なわけないだろ?どう見ても大怪我だ。灰になったあいつにやられた怪我はもう治ってるだろうが、闇の力を食らったところは治るのに今日いっぱい、ってところだな。」

ポプは耳を羽ばたかせて飛び、アリスの周りを上から下、下から上へぐるぐる回りながら観察した。再びアリスの肩に戻ったポプは、そこでようやく青い光がなくなった。

「いやぁ、まさかまだ聞こえてたとは。」

「分かっててやったんじゃないですか?」

「ちょっと?アタシ達に何の内緒話?」

ニコラがムッとしながらアリスに尋ねた。アリスは適当に誤魔化した。その後すぐに、アリスは応急処置を受けさせられた。怪我が治るスピードが著しく早くなってから、皆アリスが生傷だらけで10分以上いるのをあまり見たことがなかった。見た目の幼さと相まって、痛々しい印象は拭えない。だが、合宿前のアリスと違い、フューダと対峙した後であっても意識がはっきりしている。ポプが言っていた通り、確実に成長している。

「アリス、痛みや気分はどうだ?」

「少し痛みますが、問題ありません。意識が遠のくというような感覚もありません。」

ダグラスはアリスの具合を確認し、ビルとジョージに先程起きた出来事を説明した。実動部隊全員と繋がれた通信は、軽い会議のようになった。

「そうか。とにかく、全員無事なんだな?」

「はい。アリスの怪我も、ポプが言うには今日中には治るそうです。」

「それなら良かった。しかし、遂に国際防衛機構に直接来たか…。」

「ええ…。事態は急を要するかと…。」

隊長、副隊長が深刻そうに話すのを聞き、ジョージ、ジルバ、ニコラ、それにブラスも緊張が走った。フューダは今になってやっと来られるようになったわけではなく、来ようと思えばいつでも国際防衛機構に来られたのだ。フューダは空想の世界でしか聞いたことのない瞬間移動を簡単にやってのける。それがどれほど世界に恐怖を与えるか、考えただけでゾッとする。

「たぶん、もうここには来ないと思いますよ。」

重たい空気になったところに、アリスはその一言を差し込んだ。医務室にいる全員がアリスを見て、ビルとジョージは言葉で尋ねた。

「どういうことだ?」

「どうしてそう思うの?」

「前に、ビルさんの頭から黒い塊を出した時に、フューダに対して、受けて立つ、と言いました。たぶん、その言葉が本当かどうか、自分を楽しませてくれるかどうかを見に来たのだと思います。」

どこにでも行けるのなら、実の弟であるビルをとっくに手に掛けている。あれだけの力があるのだから、邪魔な存在でしかない国際防衛機構もとっくに破壊している。しかし、フューダはそれをしていない。本気で潰しに来ていないということは、フューダにとってはおもちゃのような相手だった、ということだ。誰が挑んできても、必ず自分が勝ってしまう。本気をだすのも馬鹿馬鹿しいのだろう。

「なるほどな…。アリスに自分と互角にやり合える可能性があるかどうか、確認しに来たってわけか。」

「力もだけど、気持ちも見てたんじゃない?満足そうに笑ってたし。」

「フューダの確認はまだ終わってませんよ。」

「は?」

まだ何かあるのか、と皆が驚いた。アリスは気にせず続けた。

「仲間がまだ機構にいるか、と尋ねたとき、フューダは『自力で探せ』と言いました。仲間がいるかどうか、いたとして、その仲間を探し出せるか、を見てるのだと思います。」

そう言うと、アリスはニコラの足元にしゃがんだ。ニコラの左足首を手で掴むと、アリスの右耳のイヤーカフがほんのり青く光った。

「えっ…。ちょっ、アリス…。」

「すみません。1人でも多く動ける人がいたほうがいいので、勝手に治しました。」

ニコラは左足首をくるくる回した。アリスの言う通り、治っていた。全く痛くない。

「治ったばかりで申し訳ないですが、ニコラも協力…」

「治らなくたって協力した!自分が何をしたか分かってるの?!」

アリスが喋り終わる前に、ニコラはアリスの両肩を持って怒鳴った。本来なら、治してくれてありがとう、と言いたいところだが、ありがとうではアリスは救われないことを、アリスが合宿に行っている間にスコットから聞かされていた。

「何って…。ニコラの捻挫を治しました。」

「他人の病気や怪我を治すと自分がどうなるか、アリスは当然知ってるんでしょ?」

「…知ってますよ。しかし、自分を庇ってばかりではダメなんです。私1人ではどうにもならないがために、色んな人をフューダとの戦いに巻き込むことになります。その代償はちゃんと受ける覚悟です。」

アリスの覚悟は決まっていた。ぶれない意思が、力強い目つきとなって表れている。フューダから世界を守るという、背負わされた使命がアリスを蝕んでいる。

「それは置いておいて、皆さん、ご協力いただけまけんか?」

アリスは何をしたいのかを説明した。実動部隊の隊員は皆、言われた通りに動き始めた。

 食堂では、ボンゴレが明日の朝食の仕込みの仕上げをしていた。他のスタッフを定時で帰し、夜11時くらいまで作業をして部屋に戻る。翌朝5時には食堂に来て、朝食の準備の追い込みをする。これがボンゴレの生活スタイルだ。昔から見た目で差別を受けることが多かったが、国際防衛機構の食堂で腕を振るうようになってから人生が楽しいと思えるようになった。睡眠時間は他人より少ないが、それでも普通にやっていける。自分がショートスリーパーであることと、好きな料理を仕事にできたことに感謝しながら、ボンゴレは今日も食材と向き合っている。現在、夜9時を回ったところだ。夕食の時間に間に合わなかった数名の職員が離れた席に座って食べている。頑張る職員の楽しみになるよう、ボンゴレの手に力が入った。

 遅い夕食を済ませた職員が全員部屋に戻った。食堂にはボンゴレ1人が残った。仕込みも済み、あとは片付けをするだけだ。いつもより早く部屋に戻れそうで、ボンゴレは少しウキウキしていた。料理はもちろん好きだが、部屋でのんびりする時間も好きだ。そんな時、ボンゴレは背後に気配を感じて振り返った。食堂スタッフの1人が、ボンゴレを真っすぐ見つめて立っている。

「よう。こんな時間に、どうした?」

ボンゴレはすぐに尋ねた。機構の食堂で働き出してから、人と話すことを楽しいと思えるようになった。スタッフとのコミュニケーションは大切にしたいと思っている。ボンゴレに声を掛けられたスタッフは、少し慌てた様子でモジモジし始めた。

「ん?何かあったのか?」

「い、いえ…。その…、忘れ物を取りに来ただけなんです…。」

「なんだ、そんなことか。それなら堂々と取りに来たらいいだろ?」

「それが…、キッチンにあるのは思い出しましたが、キッチンのどこに置いたかを思い出せなくて…。」

「はぁ?そんなことあるか?まだ若いんだから、しっかりしろよ。でも、そういうことなら、俺も探すの手伝ってやる。何を探せばいい?」

「ボールペンです。亡くなった母がくれた。」

「それは見つけなきゃだな。」

そう言うと、ボンゴレは片付けがほぼ終わったキッチンを探し始めた。調理器具ばかりの空間だ。文房具があればすぐに分かる。隅々までよく見て探すボンゴレの背後に、スタッフがゆっくり近付いた。床に近いところの収納を見るためにしゃがんだボンゴレのすぐ後ろに立ち、袖から小型ナイフを出した。口角を上げて、ナイフを振り上げたところで、食堂で身を隠していたアリスが人差し指から光線を放って、スタッフの頭から黒い塊を出した。怯んだスタッフは思わずナイフを床に落とし、その隙を狙ってジョージとジルバが取り押さえた。

「な、何事だ?!」

何も聞かされていなかったボンゴレはかなり驚いた様子で大声を出した。何も聞かされていないのだから当たり前だ。そんなボンゴレにアリスが近付いた。

「ボンさん、お怪我はありませんか?」

「え?ああ、ないけど…。一体何なんだ?」

「国際防衛機構中にこの黒い塊を仕掛けた人達を探してました。つまり、フューダの仲間ですよ。この人。」

普段は豪快で明るいボンゴレも、さすがに言葉を失った。フューダの関係者を相手にするのは主に実動部隊であり、食堂で料理を作る自分が関わるなんてあり得ない。そのあり得ないことが、このスタッフが働き始めた1年前から起きていた。

「な、なぁ…。俺は、何をしたらいいんだ?」

料理で人を喜ばせることを仕事にしてきたボンゴレにとって、こういう場面でどうしたらいいのか、判断がつかない。ジョージとジルバは、見たことのないボンゴレの姿に驚いたが、これが当然の反応だと理解した。

「大丈夫だよ。ボンゴレさんは明日の朝のためにやることをやってて。」

「そうだな。俺らはこれから忙しくなるから、朝飯がマズかったら承知しねえぞ。」

ボンゴレはジョージとジルバに言われて、ようやく普段通りに物事を考えられるようになった。自分はずっと料理を作ることに生き甲斐を感じて、それを仕事にして生きてきた。今さら他の仕事なんてできない。やれることをやって、実動部隊を支えるしかない。

「…分かった。ちゃんと朝食を食べに来い。せっかく美味しいものを用意するんだ。来なかったら承知しないぞ?」

ジョージとジルバは、取り押さえたスタッフを連れて食堂を出た。アリスもボンゴレに一礼して後に続いた。ボンゴレはやることをやってから部屋に戻って寝た。

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