第20話 やれる事を始めよう

 スコットはしばらくアリスとポプを見守っていたが、タイミングを伺って部屋に入った。アリスは見られていたことを知らないため、慌ててその場を取り繕い、窓から離れた。

「すみません。勝手に部屋に入ってしまって…。」

「構わないよ。電気も付けてよかったのに。」

そう言いながら、スコットは部屋の電気を付けた。ソファに座るようアリスに言い、アリスはそれに従った。アリスの正面に座ったスコットは、アリスが少し緊張しているのを感じた。前回はアリスに対する民衆のヘイトや処分を伝えたり、ろくな内容ではなかったのだから無理もない。

「頭の上のうさぎ、すっかりアリスに懐いてるみたいだな。」

「えっ?ああ…、そうなんです。離れなくて、連れて来てしまいました。ご迷惑でしょうか?」

「いいや。俺は動物が好きなんだ。構わないよ。」

「ありがとうございます。よかったですね、ポプ。」

アリスの顔に笑みが出た。緊張が少し解れたようだ。それを見たスコットは安心した。ポプの頭を人差し指で優しく撫でるアリスに、スコットは話を切り出した。

「いきなり呼び出して悪かったな。」

「いえ。正直、実動部隊の部屋にいても、私がやれる事がなくて、申し訳ない気持ちしかありませんでしたから、助かりました。」

「そうか。なら、話を始めよう。今回のダイアモの件なのは、想像できてるよな?」

アリスは無言で頷いた。さっき戻った笑みは引っ込んだが、背筋はピンとしている。恐れを抱くのではなく、覚悟を決めたような雰囲気だ。

「ビルからその場で待機を命令された後、街に行ったな?」

「はい。行きました。皆さん、それはご存じです。」

「本来なら、命令違反で処分の対象になるかどうかを検討するが、今回はお咎めなしだ。」

アリスは少し驚いた。処分がないことを疑問に思い、静かに首が自然と横に傾いた。そんな様子が可笑しく感じ、スコットは笑ってしまった。

「悪い。アリスは素直だな、と思ってな。それはそうと、今回の件、アリスの行動がなかったら甚大な被害が出ていたのは明らかだ。街を守った隊員に罰を与えるのは間違ってる。」

「いえ…、しかし、完全には守りきれませんでした。最初は気付けずに爆発を許してしまいましたし…。」

「確かに、犠牲者も出た。だが、それはアリスの責任ではない。自分を責める必要などない。」

アリスは膝の上に置いていた両手を固く握り締めた。今回、ダイアモで起きた全てのことは、フューダがアリスに仕掛けた遊びだ。周囲の人の命を巻き込む遊びなど、あっていいはずがない。

「もっと、体を張って行動するべきでした。そうすれば、結果が変わっていたかもしれません。」

「いや。アリスじゃない。我々、国際防衛機構の技量の低さに問題がある。特に今回はアリス1人に負担をかけてしまった。」

アリスが実動部隊に入隊してから、フューダが関係した事案はほとんど全てアリスがどうにか対処してきた。今回のダイアモの件も、爆弾やフューダの相手をしたのはアリスだ。そのために力を使い、パニック状態の市民からは敵と同等の扱いをされてしまった。誤解は世界的に解けつつあるが、これまでアリスに負担をかけていたことは事実だ。

「本当は、我々がちゃんとアリスを守ってやらないといけないんだ。なのに、機構の内部にもアリスを疑う職員が多かった。対応の遅れにも繋がったと言わざるを得ない。本当にすまなかった。」

謝罪の言葉を述べながら頭を下げるスコットに、アリスは慌てた。アリスは、国際防衛機構が悪いとは全く思ってないのだ。

「そ、そんな、謝らないでください。フューダに生かされていたので、私を疑うのは当然です。」

スコットは実動部隊の隊員が言っていたことを思い出した。前に、アリスの様子を聞いたときの事だ。努力家、忍耐強い、優しい、素直。そして、周りに気を遣いすぎて本心をなかなか見せないのが心配。どうしてフューダの下で育ったのに、ここまで良い子になったのか不思議だ。隊員は皆そう言った。スコット自身、今までのアリスとの会話の中でそれらを感じていたが、本当にそうだと確信した。先ほど、ドアの向こうでアリスがポプに話した内容をこっそり聞かなかったら、アリスの本当の心の声を聞くことは出来なかったかもしれない。

「えっと…、なんか、すみません。謝らせたみたいですね。スコットさんが悪いわけではないのに。」

「いいや。組織の責任は長官である俺の責任だ。組織に否があるのなら、当然トップが謝罪と改善をするべきだ。少なくとも、俺はそう思う。」

スコットの意思の固さに、アリスは驚くとともに尊敬した。自分が思うことを実行するのは、意外と難しい。スコットは、相手が目下のアリスであっても謝るべきと思ったら謝る。批判されることが圧倒的に多いアリスは謝られることに慣れていないが、スコットの気持ちを受け取らないのも違うと思った。

「分かりました。スコットさんからの謝罪はきちんと受け取ります。今後はお互いが気持ちよく過ごせるように、私も努力します。」

「…なんて子だ。」

「え?」

「いや、なんでもない。」

アリスは職場における上下関係については何となく理解している。偉い人がいて、その人に仕える人がいる。フューダがそうだった。だが、フューダの上下関係はやりすぎだとも思っていて、ここでは程よくいきたいと思っている。しかし、その加減をまだ掴めておらず、国際防衛機構の長官であるスコットにも、周りが慌てるくらいの近さで接してしまう。スコットは、アリスのそういう接し方で肩の力が抜けて良い効果を与えてくれていると感じているため、全く気にしていない。アリスのそういうところと優しさに救われている面もある。

「もう1つ、用があるんだが、いいか?」

「え?あ、はい。何でしょうか?」

やっぱり何かあるんだ、とアリスは思った。それがどういうものかは分からないが、経験上、自然と身構えてしまう。アリスにその自覚はないのだが、スコットから見ると明らかに顔が強張り、肩に力が入っていた。

「ネガティブな話ではない。もっと楽に聞いてくれ。」

「す、すみません…。」

一度身構えると、どうやっていつも通りになればいいのか、アリスはまだその方法を知らない。とにかく話を聞かなくては、とスコットを見た。スコットは真面目な顔で本題に入った。

「入隊初日、その後何回かあった復帰初日。全てでアリスは結構な重症を負っている。フューダも絡んでたから、分からなくはないが。」

「うっ…。私の至らなさ故です…。」

アリス自身、その点は気にしていた。現場に出て行動を起こし、その後気付いたらベッドの上、という展開ばかりで実動部隊のみならず、国際防衛機構全体に申し訳ない気持ちになっていた。ブラスやボンゴレがアリスのために動けば、さらにアリスに対する批判の声が上がっていたため、肩身が狭い思いもした。せめて、自分のために動いてくれた人に批判がいかないようにするようにしていたが、それはそれで気疲れがすごい。こうならないためにも強くならねば、と思ってはいるが、結局どうしたらいいのか分からず、同じことを繰り返していた。素直なアリスはそんな感情が顔に出てしまっていることにも気付かず、気付いたスコットが笑顔で語りかけることで気を楽にさせようとしたが、表情は変わらない。

「17年間も酷い生活を強いられてきたんだ。自分を責める必要はない。組織としての問題も大きいしな。」

「いえ、そんな…。私もどうにかしなくては、とは思っているのですが、どうしたら強くなれるのか分からなくて…。今回のダイアモでのことも、私が全く意識してないところで力の幅が広がったので、もう、何が何だか…。」

そんな悩めるアリスの言葉を聞いたスコットは、ニヤリと笑った。テーブルに両手をついて、アリスに顔を近付けた。

「本題に入ろう。そんなアリスにピッタリの内容だ。長官命令として、1ヶ月、強化合宿に行ってきてほしい。」

「き、強化合宿?ですか?」

「ああ。体力面も精神面も、光の力の使い方も全て鍛えてくれるコーチの下で、強くなるんだ。悪い話ではないだろう?」

「そりゃあ、強くなれるのならこの上なく良い話ですが…。私なんかを引き受けてくださる方がいらっしゃるのですか?それに、光の力の使い方が分かる方がいらっしゃるとも思えませんが…。」

光の力はアリスにしか宿っていない。少なくとも、アリスのように手から光線のようなものを出したり、空を自由に行き来できたり、バリアのようなものを張ったり、そんな人間は他にはフューダだけだ。アリスに力の使い方を教えるなんてできるはずがない。

「ふふふ…。心配無用だ。話を持ち掛けたら、快くOKしてくれた奴がいてな。信頼できる奴だから、安心してほしい。アリスもよく知ってる奴だ。」

「は、はぁ…。」

「と、いうわけで、明後日迎えに来るそうだから、準備をしておくんだぞ。」

「え?明後日ですか!?随分と急ですね…。」

「対フューダは急務だからな。悪いがアリス、協力してくれ。我々もできることを精一杯するから。」

「…分かりました。頑張ります。」

長官室を出たアリスは困惑していた。光の力の強化を指導できる人がいる。そんな人がいるなんて、全く知らなかった。

「仕方ねえよ。ずっとフューダに閉じ込められてたんだし、知らなくて当然だ。さっきのおっさんも言ってただろ?」

アリスの考えてることはお見通しなのか、頭の上にいたポプがそう声を掛けた。周りに人がいないことを確認し、アリスはポプに聞いた。

「ポプは何か知ってますか?私やフューダ以外に、力を使える人がいるとか。」

「そんな奴はいないだろうな。けど、アリスのコーチを引き受けたって奴なら、想像はできる。」

「え?そうなんですか?」

「まあ、明後日会えば分かるさ。人生経験の1つだ。17年間の遅れをゆっくりでもいいから取り返そう。」

もったいぶるポプに、アリスは焦れったさを感じた。思えば、お婆の相棒だったというポプも、何者なのか分かってない。しかし、ポプはアリスの事を理解している。疑問が次から次へと湧いて出てくる状況に、アリスは頭を悩ませた。

 実動部隊室に戻ると、他の隊員達が一斉にアリスの方を見た。驚くアリスに、ニコラが近づいてアリスの両肩を掴んだ。

「な、何事でしょうか…?」

「長官、なんて?」

「え?」

「長官からの呼び出しって、何だったの?長官に直接呼び出されるなんて、役職者じゃないと滅多にないのよ?みんな、心配してたんだから。」

ニコラの言葉に、男性陣が皆頷いた。どうやら、隊長であるビルにも内容は伝えられてないらしい。スコットがこの組織のトップであることはアリスにも分かるが、トップに呼び出されることがそんなに驚くことである、という感覚がまだ分からない。

「え、えっと…。すみません。ご心配をお掛けしました。」

「で?何だったんだ?」

ビルが急かしてきたため、アリスは簡単に説明した。謝罪を受けたこと、明後日から強化合宿に行くように言われたこと。謝罪はともかく、強化合宿の件は寝耳に水の実動部隊は皆あからさまに驚いた。

「明後日って…。急すぎない?」

「誰だよ?コーチって?」

「アリスの力を強化できるって、何者だ?」

「そういえば、長官も何か知ってるよね、アリスのこと…。」

「ああ。挙動がおかしい時があるもんな…。」

隊員全員がモヤモヤした。しかし、強化合宿が長官命令扱いであるため、文句も言えない。長官命令は当然、ビルの隊長命令より優先され、国際防衛機構の中でも一番重みがある。

「まあ、私達があれこれ考えても仕方ない。アリス、明後日から頑張れよ。私達も強くなるからな。」

「は、はい!頑張ります。」

ビルの一言で隊員の顔に笑顔が戻った。アリスの力は不思議なもの。アリスにしか扱えない。似たような力をフューダが扱える。現状、地球上に2人だけだ。疑問が生まれて当然である。

「あーあ。なかなかアリスと一緒に続けて仕事できないわね。仕方ないから、今日これからと明日、たくさん話そう。ね?」

「そうだな。もう、夕食の時間が始まってるし、もう少ししたら食堂も空いてくるだろ。みんなで楽しく飯でも食おうぜ。」

「ほう。ジルバにしては気が利くな。」

「うんうん。すごく良い提案だよ。」

ダグラスとジョージにからかわれたジルバは少しムッとした。だが、すぐに3人共笑顔になった。ビルとニコラも笑顔になり、そんな5人をアリスは1人不思議そうな顔をして見ていた。

 しばらくしてから、実動部隊全員で食堂に行った。ピークは過ぎたらしく、人はそこまで多くないが、寮暮らしの職員が多いため、夕食時のピークを過ぎても賑わいがある。それぞれ食べたいものを取り、先に進んでいく。アリスは小柄のため、人よりも取りにくく、時間が掛かってしまう。幸い、この時は後ろに人がいなかったこともあり、食堂のスタッフがアリスをフォローした。

「よう、アリス!ん?どうした?えらく少ないな?ダイアモで大変だったんだろ?食べなきゃ元気出ないぞ!」

アリスのトレーを見たボンゴレは、取った料理の少なさに驚いた。声が大きいため、周りにいた職員に丸聞こえだ。

「す、すみません…。まだ少しふらついてて…。そんなに食べなくても大丈夫かな、って…。」

ボンゴレにだけ聞こえるような小声でアリスは言った。アリスが取った料理はフランスパン2切れとフルーツ盛り合わせだけだった。正直、パンもいらないくらいだが、人目を気にしてトレーに乗せていた。そんな事を言わずとも、ボンゴレには考えている事が分かったらしく、キッチンの奥から2本のバーを持ってきて、アリスのトレーのフランスパンと入れ替えた。

「ぼ、ボンさん?これは…?」

「食欲がないんだろ?フルーツは食べたほうがいい。ビタミンも糖質もバッチリだからな。無理矢理パンを食べるくらいなら、こっちにしとけ。ボンさん特製、プロテインバーだ。無理なく、食べやすく、手軽にたんぱく質が摂れる。試作品だけどな!」

豪快に笑うボンゴレに、食堂のスタッフがツッコミを入れながら同じく笑っている。明るく、優しい、そんな空気にアリスも自然と笑顔になった。

「ありがとうございます。いただきますね。」

「おう!後で感想を聞かせてくれよ!」

アリスは最後にコップに水を入れて、先に実動部隊が座っていたテーブルに行った。5人はアリスのトレーを見て、まだ本調子でないことを悟った。それでも、6人が揃って仕事抜きで話せる時間を大切にしよう、という思いは何も言わずとも皆同じである。

「じゃあ、みんな揃ったし、食べよう。」

相変わらず頭痛持ちのビル、皆を優しく見守るダグラス、ムードメーカーのジョージ、青年になりきれず言い合うジルバとニコラ。束の間の楽しいひと時である。アリスはゆっくりと、フルーツもプロテインバーも美味しく完食した。


 フューダはダイアモでの成果を組織の幹部クラスの人間と話していた。

「思った以上にアリスに味方する人間が増えました。しかし、確実に世論の溝は深まったかと。」

「全員が味方しないのが、人間の嫌な部分って感じがしていいな。」

フューダにとって、アリスの味方が増えようが増えまいが、そんなことはどうでもいい。自分の思い通りに世界を掌握することこそが重要であり、反抗する人間は皆消すのみ。自分の行く道はどんな手を使ってでも自分で通りやすくする。それがフューダのやり方であり、フューダにはそれが簡単に出来てしまう。

「おっと、アリスが1ヶ月強化合宿をするらしい。」

フューダは突然そう言った。その場にいた幹部達はざわついた。

「合宿って…、アリス1人でですか?」

「いいや。コーチがいるみたいだ。うーん…、コーチが誰かは分からんな。」

さらにざわついた。フューダはもちろん、幹部達もフューダとアリスの力は地球上の他の誰も持っていないことを分かっている。フューダは何百年と独自に強化を図り、闇の力の扱いを熟知しているが、一族が滅んだアリスはそうはいかない。

「一体、どこのどいつだ…?アリスのコーチが務まるなんて…。」

フューダも気になるようだ。しかし、すぐにニヤリと笑った。

「まあ、いいさ。俺がアリスを鍛える手間が省けた。そのコーチとやらのお手並み拝見といこう。」

ダイアモで炙り出された、闇を抱える人間の選別は幹部に任せて、フューダは道場に向かった。

 道場には、組織の末端構成員が10人集められていた。1人ずつ顔を見て、フューダは全員を闇の力で拘束した。その中の1人を、道場の中央に引きずり出した。引きずり出された構成員の顔は恐怖でいっぱいだった。

「ああ…、あ…。」

「そんな顔するな。俺の役に立つんだから、光栄に思えよ。」

そう言うと、フューダはその構成員に向かって闇の力をぶつけた。構成員は何か叫んでいたが、周りにはその声は一切届かず、跡形もなく消えた。残った9人の構成員は恐怖し、フューダは何やら悩みながら自分の手を眺めた。

「もっと捻りを加えるべきか。威力は落ちるが、広範囲に散らすのもアリだな。」

そう言うと、また1人の構成員を適当に選んで道場の中央に引きずり出し、イメージを形にした。捻りが加わった闇は相手に叫ぶ間も与えず、構成員はあっという間に消えてなくなった。その後もフューダは1人ずつ道場の中央に引きずり出し、闇の力を色々な形で試した。全員が消えてなくなったところに、側近が現れた。

「いかがですか?」

「ああ。悪くない。アリスが強化を図るなら、俺も強くならないと、育ての親としての面目が立たないからな。」

「ダイアモから連れてきた人形はまだございます。気が向いたら申し付けてください。」

「それなら、早速、外の森に5人、人形を配置してくれ。」

「はっ。かしこまりました。」

側近はフューダに言われた通り、5人の構成員を森に連れていき、それぞれにその場から動かないように言った。5人は最初は言われた通り、それぞれの場所から動かなかったが、フューダと側近の姿が見えないことを確認すると、その場から逃れるために逃げ出した。ダイアモでアリスを批判していたところを無理矢理連れてこられた5人は、行き先も分からぬまま、とにかくこの場から離れたい一心だった。

「ったく…。アリスと戦うっていうのは同じだろ?俺たちは。」

逃げる5人の遥か後ろから様子を見ていたフューダは、呆れながら笑っていた。両手を前に突き出し、道場でイメージした通り、闇の力を広範囲に散らした。闇の力がきちんと当たった3人は消えてなくなり、かすめた2人はその場に倒れて二度と動くことはなかった。

「うん…。力のない弱者には通用するが、アリスにはあまり効かんな…。」

「しかし、動きを制限するという点では有効ではないでしょうか?」

「確かに。これはこれでアリだな。」

長年、単純な力の強化しか図ってこなかった。シャイーリャのお婆の若い頃は手こずったが、それ以降、シャイーリャにフューダの相手ができるほどの能力者は現れなかった。光の力を持って生まれる者自体珍しく、光の力を持って生まれたとしても力に飲み込まれて自滅していた。シャイーリャの一族はどこまで堕ちるのかと鼻で笑っていたが、この時代になってアリスが現れた。アリスの母親を消すのは造作もなかったが、どういうわけかアリスを消すことは出来なかった。力がある以外は他の人間と変わらないため、暴力を加えたり、食事を抜いたり、色々試したがアリスは絶命しない。闇の力をぶつけても、怪我をして泣くだけで生きている。光の力の能力者だ、と確信した。しかも、母親の痕跡も感じられる。その時は単純にヤバいと思った。早く潰さねばならないと思った。久々に現れたダルクヮイの脅威が、目の前にいる。しかし、すぐに冷静になった。シャイーリャのお婆とやり合えていた時は、何だかんだで張り合いがあった。光と闇、元は1つだったのだ。アリスを取り込めるなら闇に取り込んで、将来敵として自分の前に立ちはだかったとしてもちゃんとやり合えるように鍛えよう。そう考えて、フューダはアリスを手元に残した。力の覚醒こそ遅かったが、アリスはフューダの厳しすぎる鍛錬のお陰で、敵としてフューダとの戦闘に耐えている。まだまだ未熟だが、必ず伸びてくる。フューダ自身、今までのやり方では駄目だと感じていた。こうして力の使い方を考え、アリスの前に立ってやらねばならないと感じていた。フューダはどこかワクワクしていた。

「フューダ様、どうかされましたか?」

側近から見たら、フューダは前より楽しそうに見えていたが、悩みも増えているように思えていた。今も、笑いながら何か思うところがあるように見えた。

「いいや。何も。そんなに変な顔になってたか?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、何となく考え事をされているように見えましたので。」

「そりゃあ、考えるだろ。アリスより強くないと、育ての親としての威厳が保てないからな。」

「親の威厳、ですか…。なるほど。」

「そういえば、お前もダイアモで家族を見かけたんだろ?いいのか?ここに連れて来なくて。」

フューダの手下達は、世の中に不満を抱えた者が多く集まっている。家族全員がフューダの傘下に入ることは珍しくなく、この側近のように家族を残して1人で仲間になることのほうが少数派だ。無理矢理連れ込んだ構成員は、フューダの力試しのモルモットになることが多い。

「ええ。母も妻も娘も、正義面した息子に丸め込まれてますから。考え方が合わないんですよ。近くにいられたほうがイライラします。」

「言うなぁ。まあ、お前が俺の近くのほうが居心地がいいっていうなら好きなだけいろ。俺もお前がいてくれたほうが助かる。」

「有難きお言葉、なんとお礼を申し上げればよいか…。」

 森での力試しを終え、フューダは先に戻った。側近は歩いて建物のほうに向かった。歩きながら、ダイアモで見た息子の姿を思い返した。混乱の中、上司である隊長を気遣いつつ、街の人にも目をやる。アリスに迫るフューダに、仲間と共に銃を向ける。フューダにそういう行動を取った時点で、息子とは合わないと確信した。そして、母親、妻、娘も、息子の考えに賛同している。もはや、自分が入る隙などない。一度立ち止まり、胸ポケットにしまっていた写真を取り出した。差別に耐え続け、支援してくれた人が撮ってくれた、最初で最後の家族との写真だ。

「大黒柱として、守ってやれなくてごめんな…。けど、お陰で、お前らとは理解し合えないことも分かった。特にジョージ。俺に似て喧嘩は強いが、考えが甘すぎる。」

フューダの側近にしてジョージの父親であるこの男は、写真を破り捨てて、再び歩き始めた。それを先に部屋に戻ったフューダは感じ取ったのか、破り捨てられた写真は一欠片も残らず黒い炎に包まれてこの世から完全に消えた。それを背中で感じ取った側近は、心の中でフューダに感謝した。これで心置きなく、息子とぶつかる日が来たとしても、敵として相手ができる。そう思った。


 アリスが強化合宿に行く前日も、朝から実動部隊が揃って食事をした。アリスの体調は回復に向かってはいるものの、まだふらつきは残っていて、食欲もあまりない。フルーツ盛り合わせとボンゴレ特製プロテインバーで3食を済ませた。こんな状態で合宿に行かせて大丈夫なのか、と隊員達は不安になった。隊員達の不安がアリスに伝わったのか、アリスは1人ひとりに笑顔を向けた。アリスなりの気遣いは伝わったらしく、また雑談で盛り上がった。

 帰り際にボンゴレからキャベツの葉を1枚もらい、アリスは自分の部屋に戻った。テーブルの上にキャベツの葉を置くと、ポプがアリスの頭の上から飛び降りて、勢いよく食べ始めた。

「食堂で食べてもいい、とボンさんは仰ってますよ?」

「アリス以外の連中から見たら、オイラはペットだ。人間の食堂に動物がいるだけでも嫌がる人は多いから、ここで何も気にせず食べたいんだ。」

「それなら構いませんけど。」

そんな会話をしながら、アリスは荷物の確認をした。以前、セインが巻き込まれた陥没事故のときに実動部隊の制服を着ていなくて懲罰を受けたが、どういうわけか今回は制服は置いていくようにスコットからこっそり言われている。代わりの運動着は合宿先で用意されているらしい。私服を着て、当日の朝にスコットから伝えられた場所に1人で向かうことになっている。そんな大荷物にはならないが、気になる点が出発前からいくつかある状態だ。

「あまり気にするな。これでいいんだよ。合宿先には一般人も1人いる。そいつを危険な目に遭わせないためだ。」

アリスが考えていることなどお見通しのポプはそう言った。アリスは気になる点が増えてしまった。

「あの。どうしてポプが合宿先のことを知ってるんですか?私、まだ何も知らないんですけど。」

「今はまだ知るときじゃない。ほら、忘れ物がないかよく確認しろよ。」

「えー…。」

自分には知らないことが多すぎる。しかし、ポプは知っているし、振り返ればジェイも知っていそうな雰囲気だった。それを自分が知ったらどうなるのか。アリスは気になって仕方がないと同時に少し怖さも芽生えた。そんな時に、部屋をノックする音が聞こえた。

「アリス!明日からしばらくいないなら、今日は一緒に大浴場に行こ!」

ニコラがお風呂に誘いに来た。ニコラは寮に整備された日本式の大浴場を相当気に入っている。ニコラの誘いに乗ったアリスは、部屋にポプを残してニコラと共に大浴場に向かった。

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