この地球の中で、いつか自分に会えたなら。

@OZON-SOU

第1話 こんな人生に、さようなら。

 アリス・オリビアは、自分の年齢すら自信を持って答えられない。なぜなら、誕生日を知らないからだ。周りの大人たちの会話で、17歳なのだろうということがなんとなく分かるくらいだ。アリスが生後3カ月の頃、母は仮の父に殺された。母は、アリスを守るために、苦痛に満ちた表情で、身を挺してアリスを庇い、命を落とした。アリスが覚えている、唯一の母の記憶である。以降、意識が芽生えた頃には、仮の父やその側近たちから、厳しい武道の訓練を受けていた。毎日、起きてから10時間にも及ぶ訓練は、アリスにとって苦痛であった。ミスをすれば、大声で叱責され、殴る蹴るの暴行を受ける。そんな訓練を耐えた後に、ようやく食事としてパンを1つ渡される。1日の食事はこれだけだ。パンを渡されたら、いつも寝起きをしている牢に連れ戻される。そんな暮らしを今の今まで繰り返してきている。

 仮の父、フューダ・ダルクには、部下が大勢いる。フューダの言うことは絶対であり、誰もフューダに逆らう者はいない。外の世界を知らないアリスにも、フューダたちが犯罪行為を行っていることは分かった。フューダはアリスに、何回も一緒にやるように言ってきた。しかし、アリスはそれを拒み続けた。フューダは当然のように怒り、アリスをボコボコにする。適切な処置をされていないため、はっきりしたことは分からないが、きっとアリスはこれまでに何回も骨を折っているだろう。

 さて、おそらく17歳、年頃のアリスは、この生活が嫌になっていた。幸か不幸か、どんなに暴力を振るわれたり、どんなに怪我をしたりしても、アリスは生き延び続けた。嫌なことをされるのが当たり前、人生とは辛いもの、そういう考えは当たり前のように植え付けられている。外から丸見えの牢での生活の中で、アリスには最近ようやく気付いたことがある。外から丸見えということは、中にいるアリスからも外が見える。牢の外で自由に動いているフューダの部下たちは、笑いながら話すことがある。1日のうちで何回も笑顔を見せるのだ。どうして笑顔になれるのかは分からないが、アリスにはとても楽しそうに見えていた。どうして自分は楽しめないのだろう、どうして自分は笑えないのだろう。アリスは自分の人生に疑問を持ち始めた。自分の人生はずっと辛いままなのだろうか。そんな考えが迷いとなり、普段の武道の訓練でミスをすることが増え、叱責や暴行を受けることが増えてきた。

 ある日の訓練で、アリスはフューダから繰り出された蹴りを避けきれず、壁に身体を強く打つくらい吹っ飛ばされた。吹っ飛んでその場でうずくまるアリスの胸ぐらをフューダが掴み、アリスを睨みつけた。

「アリス、お前、最近たるんでるな?何つまらないことを考えてるんだ?言ってみろ。」

「あっ、ぐはっ…。」

フューダはアリスの足が床から浮くくらいの力でアリスの胸ぐらを掴んでいた。思うように息ができないアリスは、何か言おうとしたが、何も言うことができなかった。そんなアリスを、フューダは床に放り投げ、倒れこんだアリスの腹を思いっきり踏んだ。常に空腹のアリスは、口から胃液を吐き出した。

「いいか?お前は俺の人形。お前に意思決定の資格などない。自分の立場をわきまえろ。」

なんとか立ち上がったアリスは、その後も手加減されることなく、武道の訓練を受けた。

 その数日後、アリスの牢の隣の牢に、1人の男性が連れて来られた。フューダの部下ではない、外部の人間だった。乱暴に扱われたその男性は、顔から血を流していて、食事も与えられていないようだった。その男性が来てから、夜、監視の目が無くなる時間になると、何かを叩くような小さな音が聞こえるようになった。日に日に音は近づいてきて、遂には牢の隅に穴が開き、そこから隣の男性とやり取りができるようになった。

「おい、誰かいるんだろ?返事をしてくれ。」

「え、えっと、います。」

「よかった。生きてたか。私は君の味方だ。安心してくれ。」

いきなりそんなことを言われても、アリスは驚くことしかできなかった。味方がいない人生を17年程過ごしてきたアリスにとっては、自分以外の人を信じるというのは自殺行為と同じなのだ。しかし、空いた穴からは、隣の男性の疲れが隠し切れない呼吸と、空腹でお腹が鳴る音が聞こえてくる。アリスは持っていたパンを穴から男性に渡した。

「…これは?」

「普段、私が食べさせられてるものです。大丈夫。毒なんてありませんから。」

「君の分がなくなるんじゃないか?」

「構いません。私は生まれた頃からここにいる。もう、生きるのなんて、まっぴらごめんです。あなたは悪い人には見えません。生きてください。」

隣の男性は何か続けて言っていたようだが、アリスはそれだけ言ってすぐに穴から離れたため、聞こえてはいない。アリスはいつもの場所に座り、そっと目を閉じ、寝た気になれるように努力した。アリスはちゃんと眠れたことがない。いつも気分で乗り切っている。

 訓練、叱責、暴行、いつもの流れをひたすら耐え続けた。その間も、夜、監視の目が無くなったら、隣の男が空けた穴に支給されたパンを置いた。アリスは、自分で餓死する道を選んだのだ。どんなに殴られても、どんなに蹴られても死ねないなら、こうするしかない。そう思ったのだ。普段から空腹なので、感覚としてはそんなに違いなどないのだが、やはり訓練中はふらつくことが増えてきた。ぐっと堪えて踏ん張り、どうにか訓練が終わるまで我慢している。もうすぐこんな人生ともおさらばできる、というのがアリスのモチベーションになっていた。

 そんなある日の夜、基地が騒々しくなった。フューダの部下たちが戦闘態勢で駆け出して行ったかと思うと、銃撃の音や爆発音が響くようになった。何が起きているのか分からず、アリスは牢の中でただ座り込んでいた。すると、隣の牢に向かって人が数人駆け寄った。

「隊長!無事でしたか!」

「ああ。どうにかなるだろ?」

「無茶しないでくださいよ。こっちは気が気でないんですから。さあ、ここを出ましょう。」

牢を外から壊し、男性は助け出された。両脇を抱えられた男性を、アリスは牢の中から安心感を持ちながら見ていた。すると、後ろを歩いていた若い男性がアリスを見た。隊長と呼ばれた男性にアイコンタクトで何かを伝え、持っていた工具で牢の鍵を破壊した。

「さあ、君も行くよ。」

そう言いながら、若い男性は牢に入って手を差し出した。アリスは初めての出来事に戸惑い、警戒した。このところ何も食べてないのもあり、アリスはその場から動く気力がなかった。

「怖がらないで。それとも、怪我してる?」

若い男性はアリスに近づき、アリスの顔、腕、脚を見て納得したように頷いた。頷いたすぐ後に、アリスに声を掛けることなく、アリスを持ち上げた。

「うわっ。ちょ、何してるんですか。」

「全身アザだらけで、おまけに痩せすぎ。それじゃ、自力で動くのは難しいだろ。君がどういう人かは知らないけど、俺の勘が助けろって言ってるんだ。」

アリスを抱きかかえた若い男性は前を行く3人の後ろを追った。途中、何人ものフューダの部下たちが倒れていた。侵入したこの人たちがやったんだ、とアリスは悟った。驚きでいっぱいのアリスは、抱きかかえられたまま外に出た。夜なので、辺りは真っ暗だが、その中に大きな何かがあるのが見えた。その何かに入るところに、若い女性が立っていた。

「みんな、無事?隊長は?」

「隊長もみんなも無事だ!」

仲間が待っていたらしい。乗り込むために駆け足になる一行だったが、そう上手くはいかない。フューダとその直属の部下たちが行く手を阻んだ。

「また君たちかい?しつこいねえ。俺のアジトを突き止めたまでは褒めてやろう。しかし、俺のおもちゃを奪うのはやりすぎだろう?さあ、返しな。そうすれば、今回は見逃してやろう。」

「おいおい、おもちゃって、この子のことか?人をおもちゃ扱いするんじゃないよ。それに、酷い扱いをしてるみたいじゃないか。フューダ、貴様にこの子を返すわけにはいかんな。」

フューダと隊長と呼ばれる男性はそれぞれ言葉を交わしたが、どちらも譲る気はないようだ。フューダは呆れたように部下に指示を出した。指示を出された部下たちは、一斉に襲い掛かってきた。

「ジルバ!お前はその子を連れて飛行機に戻れ!」

ジルバと呼ばれた若い男は、アリスを抱えたまま、敵の間を縫って飛行機まで駆けていった。アリスを入り口にいた女性に預け、再び仲間がいるところに戻ろうとした。

「ニコラ、その子を頼んだ。」

「ジルバ、分かってるでしょ?今の私たちじゃ、フューダ達には敵わない。死にに行くようなものだわ。」

「でも、隊長たちは戦ってるんだ。見過ごせないだろ。」

「そうだけど…」

2人の会話を聞いていたアリスは、ゆっくりと立ち上がり、ジルバの前に出た。2人は驚いて、アリスを止めた。

「待て。君はここにいろ。そんな身体で動いちゃダメだ。」

「そうよ。フューダに酷いことをされてたんでしょ?」

2人の制止を背中で聞いたアリスは、振り返って息を整えた。

「私は、生まれた時からフューダ達に育てられました。今、下にいる人達がフューダ達と戦っているということは、あなた達はフューダを敵と見なしている。今会ったばかりの私のために、お2人のお仲間が死んでしまうなんて、私には理解ができない。私が命に代えて皆さんを逃がします。少しでも私を救ってくれようとしていただいたこと、感謝いたします。」

深々と礼をしたアリスは、すぐさま振り返り、2人がアリスの腕を掴むより早く駆け出して行った。下で戦っていたジルバ達の仲間はボロボロになっていた。アリスは猛攻で圧倒していたフューダの部下を次々となぎ倒していった。普段の厳しすぎる訓練に加え、ここ最近はさらに身軽になっており、さらにはアリスにとって初めて武道で人の役に立ちたいという想いが湧いていたため、今までとは比べ物にならないくらいの戦闘スタイルを見せつけていた。部下たちを全員倒し、ジルバの仲間たちを全員逃がした後で、フューダと向かい合った。

「アリス、自分が何をしたか、分かってるのか?」

「…助けたい人を助けました。」

「仮とはいえ、俺は父親代わりだぞ?どうして俺の言うことを聞いてくれないんだ?」

「あなたが間違っていると思うからです。」

「…そうか。じゃあ、もう、いいや。」

フューダは両手を前に構えた。その手の前に、禍々しい赤黒い光が集まってきた。アリスは何度か聞いたことがあったが、フューダは闇の力を扱えるらしい。相手が恐怖と絶望を感じる間もなく、命を奪ってしまうとも聞いた。それがこれだとしたら、ようやく人生を終えられるのでは、とアリスは考えた。やっと苦しみから解放されるのだ、と思ったアリスはこんな状況でも安心感を覚えた。そんなアリスの気持ちに歯向かうかのように、アリスの頭の中に声が響いた。

『アリスも両手を構えなさい。』

何のことだかさっぱり分からなかったアリスだが、身体が勝手に動いていて、気付けばフューダと同じ構えをしていた。アリスの手に、白銀の光が集まり始めた。戸惑うアリスの頭に、さっきと同じ声が響いた。

『アリスが今やらなきゃ、後ろの飛行機も巻き込まれる。』

さっき、自分を助けてくれようとした人達が乗っている飛行機が巻き込まれるなんて、アリスには耐えられない。よく分からなくても、命に代えてでも守れる人がいるなら、と思ったら、力がみなぎってきた。アリスの手には白銀の光がどんどん集まっていく。

「おいおい、今かよ…。面白れえ。」

フューダには何か思い当たることがあるらしい。2人は同時に光と闇を放った。力は互角だが、アリスには衝撃が強すぎる。アリスは少しずつ後ろに押されていった。アリスは自分の後ろを振り返った。自分が放つ光で、飛行機の入り口付近でこちらを見ている、さっき自分が逃がした人達の表情がはっきりと見えた。倒れるのはさっきの人達を守った後だ、と自分に言い聞かせたアリスは、傷だらけの瘦せ細った身体でグッと踏ん張り、限界以上の力が手に集まるイメージをした。アリスのイメージ通りに光は強みを増し、闇とフューダを飲み込んだ。光の反動で吹っ飛ばされたアリスは、後ろの飛行機の機体に身体を強く打ち付け、そのままその場で倒れた。入口付近から見ていた人達が、アリスに駆け寄った。

「おい!しっかりしろ!」

「まだ息はあるわ。それにしても、さっきの光は何なの?」

「フューダはどうなった?」

騒然とする現場で、隊長が冷静にフューダがいた辺りをライトで照らした。フューダは、ゆっくりと立ち上がり、部下たちもそれに倣い、フューダの後ろについた。

「おい!今日のところは見逃してやる。それに、おもちゃもいらねえ。ただ、お前らに扱えるようなものじゃねえことは教えといてやる。」

そう言い残し、フューダとその部下たちはアジトごと闇に消えていった。

「消えた…。」

「せっかく隊長が突き止めてくれたのに。」

「相変わらず、非科学的な連中だ。」

隊員達は肩を落とした。そんな隊員達に、キリッとした声で隊長が指示を出した。

「落胆している暇はない。今回は撤収だ。配置に付け。ジルバ、ニコラはその少女を医務室に連れて行くこと。」

アリスを連れた一行は、帰路についた。


 ずっと薄暗い中で苦しい思いをしてきたアリスは、死後の世界は暖かい光に包まれた明るい世界だと考えていた。目が覚めた時、明るく、暖かく、フカフカな何かに覆われていたため、やっとフューダから解放されたという安心感でいっぱいになった。だが、しばらくしてアリスの様子を見にやってきたニコラと対面した瞬間、守れなかったんだと思って、申し訳なさでワンワン泣いてしまった。ニコラと医務室の先生が丁寧に説明して、ここが死後の世界ではないことと、アリスは死んでいないことを分からせ、アリスは落ち着いた。アリスの意識が戻ったという連絡を聞いた他の隊員達も医務室に集まってきた。

「まったく、手間のかかる子ね。着てる服は汚くてボロボロだし、下着は身に着けてないし、全然お風呂入ってないみたいで臭いし、挙句はここを死後の世界だと思っちゃってるんだもん。」

アリスの周りに集まった人は皆、ニコラの話で笑っていた。アリスは起き上って謝りたかったが、身体が思うように動かず、寝たまま顔をそむけた。

 医務室の先生の指示で、色々聞きたかったらしい隊員達は追い出され、アリスは医務室のベッドで寝かされたままとなった。

「君の体は悲鳴を上げている。痩せすぎで、アザだらけで、傷だらけで、栄養失調にも程がある。回復するまでは、君が嫌だと言っても休んでもらうからね。ここにはフューダみたいな極悪非道なやつはいない。安心して寝てなさい。」

医務室の先生はアリスがある程度回復するまで、普段の業務をこなしながらアリスの面倒を見た。

 アリスの身体は思った以上にダメージを受けていたようで、医務室の先生が面会の許可を出したのは3週間後のことだった。その間、ニコラがアリスに一般的な生活のあれこれを教えたり、入浴の世話をしたりしていた。隊としての会話を一切しない、という制約の下でのコミュニケーションだったことが良かったのか、アリスはニコラと問題なく話せるようになっていた。ニコラがアリスと徐々に仲良くなっていくのを、ジルバは羨まし気に見ており、見かねたニコラがジルバを呼んで、アリスと3人で雑談をしたり、一緒にご飯を食べたりもした。ジルバとも話せるようになったアリスは、安心感からか、面会と称した聞き取り調査にもあまり警戒心を持たず受けることができた。フューダのアジトでどんな生活をしてきたのか、フューダの一味の戦闘能力はどれほどのものなのか、闇の力について知っていることは何かなど、聞き取りは3時間に及んだ。牢で過ごしていたこと、食事は1日にパン1個だったこと、どんなにボロボロでも1日10時間の訓練を毎日受けていたこと、その他アリスの話は他人を唖然とさせるには充分すぎた。

「長い時間、聞き取りをして申し訳ない。最後に1つ、教えてほしい。君が放った白銀の光は何だ?」

「さあ…、私にもよく分からなくて。あんなこと、初めてでしたから。」

アリスには全く思い当たる節がなかった。フューダが闇の力を使える、という話は聞いたことがあったが、アリス自身がそんな力を扱えるなんて聞かされたことはないし、自覚はなかった。

「そうか…、いや、分からないならいいんだ。」

長い時間、アリスを拘束したことを申し訳なく思っている隊員達は、部屋を出ようとした。そんな隊員達を、アリスは呼び止めた。

「あ、あの、私からも1つだけ、いいですか?」

隊員達は、なんだろう、と疑問に思いながらアリスに向き直った。

「た、助けていただき、ありがとうございます。助けてもらって、こんな質問もなんですが、どうして助けてくれたんですか?フューダのところにずっといたのに…。私を殺すなら分かるんですが…。」

本気で疑問に思っているアリスを前に、隊員達は驚きの表情を隠せなかった。隊員達は、殺されるのが当たり前で、助けられることは想定外だった、というアリスの考え方に悲しさを覚えたのだ。

「理由なら言ったろ?」

隊員達の後ろの方にいたジルバが声を上げた。

「俺の勘が、アリスを助けろって言ったんだよ。フューダのところで育ったとか、関係ない。」

ジルバの言葉を、おそらく理解しきれていないアリスは、表情を変えずに黙って頷いた。その後、隊員達は医務室を出た。隊長は、医務室の先生としばらく廊下で何かを話していた。

 それからさらに3週間、アリスの身体の具合はどうにか医務室の先生が退院出来ると判断するまでにはなった。傷やアザは薄くなり、点滴や食事で体重も多少は増えた。まだ標準の状態からは程遠いため、定期的に医務室に通うこととなった。

「お世話になりました。何とお礼を申し上げたらいいか…」

「いいんだよ。医務室生活は今日で終わりだけど、君の状態はまだ良好とは言えない。今後も診察の日にはちゃんと医務室に来るんだよ。」

「本当にありがとうございます。」

深々とお辞儀をしたアリスは医務室を出た。扉をきちんと閉めて、目の前にあった窓から外を見た。青い空に白い雲、草木の緑の中に遠慮気味に咲く花。アリスが初めて見た、昼間の外の様子だ。今まで身を置いていた世界の外側がこんなに綺麗だなんて、とアリスは胸がいっぱいになった。

 そんな感動も束の間、アリスはすぐに現実に帰った。この先、どこでどう過ごしたらいいのか分からない。救助されて、治療もしてもらったが、今どこへ向かったらいいのか分からない。医務室に戻るわけにもいかないし、適当に歩いていたらフューダの一味に見つかって、またあの生活をしなければならなくなるだろう。完全に居場所を失ったアリスは、しばらくその場から動けなかった。

 通りすがりの人の目が気になって、アリスはさすがに歩き始めた。とは言っても、行き先があるわけではないため、適当に今いる施設の敷地内を歩き始めただけだ。タブレットを見ながら同僚と話している人、鍛えるために走っている人、備品の性能確認をしている人など、多くの人がそれぞれの役割をこなしていた。キョロキョロしながら適当に歩いていたら、道場のようなところに辿り着き、そこには見知った顔が揃っていた。

「あれ?アリスじゃない。どうしたの?」

ニコラがアリスに気付き、訓練そっちのけでアリスに駆け寄ってきた。ニコラの言葉でアリスに気が付いた他の隊員達もやってきた。

「どうしてここに?」

「えっと…、とりあえず医務室での生活は終わりまして、でも、どこに行ったらいいか分からなくて…。」

アリスの話を聞いた隊員達は、隊長のほうを厳しい目で見た。数人に睨まれたような状態になった隊長は自身のミスにようやく気付き、手で頭を抱えてアリスに歩み寄った。

「悪い、アリス。言うの忘れてた。」

そう言ってアリスの横に立ち、アリスの肩に手を乗せて、他の隊員達と向き合う形になった。

「前にも話したが、先生のお許しが出たようなので、アリスはうちで預かる。今日がその日だったのを、すっかり忘れてたよ。ごめんな、アリス。」

「えっと…、どういうことでしょうか?」

今度は隊員達が頭を抱えて、呆れた感じを隠しきれずにいた。

「隊長、本人に言わなくてどうするんですか!?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

隊長はアリスにそう尋ね、アリスは首を縦に振った。隊長はみんなを見回し、アリスを見つめ、体を腰から曲げた。

「ごめん。言うの忘れてた。結論から言うと、アリスは今日から私達の仲間だ。力を貸してほしい。」

どういうことか、他の隊員達も説明した。

 アリスが今いる場所は、国際防衛機構というところらしい。世界各国の警察や消防の手に負えないときに出動する精鋭達で、実際に現場で活動するのは、今アリスの目の前にいる5人の隊員である。フューダが関係する案件は各国もお手上げらしく、漏れなく国際防衛機構の担当になるらしい。とはいえ、フューダの一味はかなり鍛え上げられていたり、設備がちゃんと整っていたり、フューダ自身が解析不能な闇の力を使ったりと、国際防衛機構でも太刀打ちできないのが現状である。打開策として、一か八か、隊長自らが発信機を持ってわざとフューダに捕まり、アジトを見つけて突入を試みて、その途中でたまたま見つけたアリスを保護したというわけだ。アジトを見つけたのは良かったが、アリスの白銀の光がなければ大打撃は免れなかった。現状、世界中の誰も、フューダにダメージ1つ負わせることができないのだ。

「突然の話で困るだろうが、君の衣食住は保障するし、もちろん、フューダから狙われてるだろうから保護もする。悪い話ではないだろう?」

アリスは当然、困惑していた。フューダの一味として殺されるものだと思っていたら、保護されたのだから仕方がない。提案を受け入れても拒否しても、誰かから何か罰を与えられそうで、思考回路がパンクしていた。

「まだ、殺されるのが妥当だと思ってるのか?」

ジルバがアリスに尋ねた。驚いたアリスは顔を上げてジルバを見て、ゆっくり頷いた。

「確かに、私はフューダのところにいたときは何もしてないんです。計画に参加しろと言われても参加しませんでした。でも、止めもしませんでした。参加しなくても罰はあるんですけど、止めたら余計に罰が激しくなるのが分かってて、それが怖くて…。」

フューダを止めなかったから。アリスが仲間になるのを躊躇っている理由を、隊員達は言葉の先まで感じ取った。罰が怖くて止めなかった、だから加担したのと同じだ。アリスはそう考えているのだと。隊員達は、想像以上の辛い暮らしを強いられてきたアリスに掛ける言葉を失いかけていた。

「だったら、こう考えるのはどうかな?」

隊長が静かになってしまった道場の状況を変えた。

「アリスが今までフューダを止められなかった分だけ、これから人を助けるんだ。それなら、君も少しは気が楽になるんじゃないかな?」

隊長の言葉に、他の隊員全員が優しい顔になった。アリスは最初は唖然としていたが、場の雰囲気に負けた。

「役に立てるかどうか、分かりませんが、そ、その…、よろしくお願いします。」

だんだん声が小さくなっていったアリスとは対照的に、隊員達は盛り上がった。

 苦しいだけだったアリスの人生が、たった一度の偶然の出会いから大きく変わり始めた。今までフューダに苦しめられた人、傷付けられた人の分だけ、しっかりと貢献していかなくてはならない。アリスは自分にそう言い聞かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この地球の中で、いつか自分に会えたなら。 @OZON-SOU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ