第5話 やっぱりハード
数日間この世界で暮らし、ようやく天使としての自分にも慣れてきた。魔法もそこそこ使えるようになってモカちゃんとも家事を分担できるようになったし、みんなと同じ授業を受けられることが嬉しい。そんな毎日に満足していたのだけれど、私がここに呼ばれた本当の理由をすっかり忘れそうになっていた。
「そういえば、私が来てからもう10日くらい経つけどまだ1度も戦いに参加してないね」
「うん。戦力にならないうちは参加しても無駄死にしちゃう天使が多いから」
「無駄死に…なんか急に怖くなるね」
「でもまぁリリィねぇねは魔力も高いからすぐに戦えるようになるよ」
「そうだといいな」
「そういえば、今度の授業はいよいよ飛翔訓練だね!」
「あー、そういえば私まだこの羽根1度も使ってないかも。お風呂入る時に毎回気にはなってたんだけど」
「翼を使ったことの無い天使ってのも珍しい気はするんだけど…」
「あはは…意識してなかったんだよね」
「まぁアカデミーでちゃんとした飛び方習うくらいだからがっつり飛んだことの無い天使も多いよね。大丈夫だよ!」
「ありがとうモカちゃん」
シンバに言われていたのだがあまり他の世界から来たことは他言するべきではないらしい。私が結末を知っていることもかなり世界に影響を与えてしまう。最悪の場合敵に捕らえられて情報を絞り出されて国全体が滅ぶ事態になりかねないのだという。
もちろんその場合私は廃人になってしまうだろうから魂もボロボロになってしまい元の身体に戻ったとしても目が覚めなくなるかもしれないのだという。そんなリスクを犯してまでペラペラと喋る訳にはいかない。
「よし、じゃあ学校行こっか」
「うん!」
今日も今日とて学校へ向かう。学生寮を出たらもうちょっと歩くだけなのだけどこの登校のワクワク感は今までの学生生活で感じたことのないものだった。
「あ、リリィさん。おはようございます」
「ハート!おはよう!」
「今日も元気いっぱいですね」
「うん!ハートに会えるんだもん!」
「あはは。…でもリリィさん、どうして私のことをそこまで気にかけてくださるんですか?」
「ハートが頑張ってきたこと、私知ってるんだよ!その頑張りを見て私は勇気をもらった!だからハートが大好きなんだ!」
「照れちゃいます…」
「かわいいねぇ」
「えへへ…」
「ね!ね!モカは!?」
「モカちゃんもかわいいよ」
「えへへぇ」
何とも愛らしいお花が2輪。
「お、リリィ、朝から何ナンパしてんのっ!」
「だってかわいいんだもん」
「それは否定できない。うん」
「でしょ?」
「でも独り占めするのはずるいって!」
「別にしてないよ。なんならスパーダのこともかわいがりたいんだから」
「別に…いいわよ?」
「よーし、じゃあこっちにおいで」
スパーダは意外にも私の抱擁を受け入れた。
「なんか…恥ずかしいわね」
「なんだかリリィさんは、暖かくて居心地がいいです」
「ね!なんだか包み込まれちゃいそう…」
天使たちにそんなことを言って貰えるなんて…!この子たちがいい子すぎるのもそうなんだけど現実世界とのギャップで思わず気を失いそうになるほど嬉しい。
「さ、みんな行こう!」
「おー!」
「はい、じゃあみなさん。授業をはじめますよ」
レイン先生がみんなに挨拶をする。
「今日は魔力構造のお勉強をしましょう。仕組みの理解はより洗練された魔力の調節を可能にしますよ」
真面目な授業が続いていった。
もうすぐ昼になるという頃に、事件は起こった。
ジリリリリリリ!
「うわっ!この音!もしかしてこれ…!」
校舎が震えるような音が響き渡る。そしてこの音には聞き覚えもあった。奴らが襲来した時の非常事態告知。ついにその時がきたんだ!
「第3天使アカデミー周辺に空間の歪曲を確認!魔法生物の反応があります!迎撃できる生徒は反応対象を確認し危険性が認められる場合は撃破、もしくは撃退してください!」
校内に大きな音でアナウンスが流れた。
「出た!おーい!リリィ!こっちこっち!」
「スパーダ!私、どうしよう?」
「えっと、とりあえず私たちと一緒にいよう」
「第3天使アカデミーには戦える天使がそれなりにいるから対空は任せていいと思うわ」
「まだリリィねぇねは空を飛べないからそうしてもらえると助かるよ!」
「リリィさん!気をつけてくださいね!」
「油断すると死ぬことになる…。あまり前に出すぎるなよ」
「第3天使アカデミー編の4天使がいるってことは多分2部始まって直後の襲撃イベント…。 スモールデッドの襲来か!」
「何言ってるの?」
「あ、いや!なんでもない!」
スモールデッドは小型のゾンビのような魔法生物。…正直現実には目にしたくなかったな。でも元の世界のフィクションみたいに噛みつかれたら終わりとかじゃないし大丈夫でしょ!
「私、頑張るから!」
私は勢いよく飛び出した。
「あ、ばか!油断するなって!初陣だろうが!」
「リリィさん!魔法生物は危険なんです!」
「おい!流石にそんな無茶はほっとけないわよ!」
散々怒られてしまった…。
「ごめんなさい…」
「まったく、はじめてだから成果を上げたい気持ちはわかるが焦ったら命を落とすぞ」
「とりあえず今回は補助に徹してね」
「大丈夫だよ~私たち、意外と強いから~」
「うん…ごめんね」
「おーい!きたぞー!」
「あ、きたみたい!みんな構えて!」
みんなそれぞれの武器を魔力から錬成した。
「私も…!」
私は弩をイメージした武器を頭に描き魔力を込めた。
ぱきぃっ!
軽快な音とともに光が弾け美しい弩が現れた。
「お!リリィは弩か!それなら補助に向いてそうだな!」
「魔力がある限りは矢も作れるしね!」
「そんじゃあ頼む!」
スパーダは身の丈ほどもある緑色の大剣を担いで飛翔した。そしてみんなの前に降り立つと外敵を迎え撃てるように構えた。
「きた!スモールデッドだ!」
「油断するなよ!囲まれたら厄介だ!固まって周囲に気を配れ!」
「みなさん、こちらへ!」
ハートが先端にマスカットの連なる玉串を振るう。するとその周囲に透明な薄緑色のドームができた。
「この中にいれば多少は安全です!」
「よ~し!じゃあ私も行っくよ~!」
クローバーは2つの小刀を構え俊敏に敵に近寄り斬りつけて戻ってきた。
「ばっちり!」
「私も補助しよう…」
ダイヤは斬りつけられたスモールデッドの傷口に杖を向けるとその傷口から大量の植物を生やした。スモールデッドは呻きながら倒れ動かなくなった。
「大丈夫!私たちがいればあなたたちは守ってあげられるから!」
「でも私だってやれるよ!」
私は弩に炎の属性をイメージした矢を装填しスモールデッドの群れに放った。
見事に群れの真ん中に命中した矢は周囲のスモールデッドを巻き込み炎上した。
「うわあ!リリィねぇねすごーい!」
「なかなかやるな!」
「スパーダが前線のスモールデッドを倒してくれるからだよ!」
「ねぇね!みててみてて!」
モカちゃんはスプーンみたいなハンマーを振り回してスモールデッドをミンチにしていた。
「すごい?」
こうやってみるとエグいな…。
「うん…すごいすごい…」
「やったー!」
でもこの調子なら大丈夫!この子たちやっぱり頼りになる!この布陣はそう簡単に崩されることはないだろうからベストを尽くしていれば必ず勝てる!
「ちっ!うち漏らした!そっちに行くぞ!」
「え…?」
スモールデッドが真っ直ぐに私の方に走ってきた!
「うわぁあ!」
弩は遠距離用の武器だ!近くに来られては属性の巻き添えを喰らいかねないし威力も弱いだろう。
「ぐぉおぉ…!」
スモールデッドが私に襲いかかる!弩を盾にしてなんとか直撃は避けたがまだスモールデッドは弩を押し続け私に迫りつつあった。
「う…ぐぐ…力強い…」
「だ…大丈夫ですか!?」
「誰か!カバーに行けないか!」
「私が!」
「も…無理…ぃっ!」
私はスモールデッドに押し倒され右肩に噛みつかれた。
「ああぁあっ!!」
「リリィさんっ!」
「ふんっ!」
駆けつけてきたモカちゃんがスモールデッドの頭を吹き飛ばしてくれたのでそれ以上の追撃はされなかったが吹き出した血はなかなか止まらない。
「い…痛い…!」
「じっとしててください!今手当します!」
ハートが玉串のドームを解除して私に玉串をかざした。その部分から温かな光が溢れ私の傷の痛みが少しずつ和らいでいく。
「すまん…私が不甲斐ないばかりに…」
「反省は後にしなスパーダ!まだ終わってないよ!」
「悪い!ごめんなリリィ…また後で…」
「よくもリリィねぇねをぉお!」
モカちゃんはスプーンを振り回して辺りのスモールデッドを叩き潰している。
「くっ…!私も…!」
「だめです!なにをしているんですか!その傷で動いたら…!」
ぶしゅっと音を立て肩から血が飛び出す。
「うぅっ!」
「回復には時間がかかります!無茶をするようなら動かないでもらった方がいいです!」
ハートが目を見開き私を叱りつけた。
「ごめん…ハート…」
「…大丈夫ですよ。焦る気持ちもわかります。……でも無理したら死んじゃうんです。リリィさんには…死んで欲しくないんです…」
「ハート…」
玉串を握りしめるハートの手が小刻みに震えていた。
「片付いたか?」
「あとは…!こいつだけ…っ!」
モカちゃんがありったけの力を込めて最後のスモールデッドをぺしゃんこにした。
「ふう…なんとか片付いたか」
「他のみんなは大丈夫かな?」
「ひとまずここで待機にしよう。リリィの様態も心配だ」
「うん…毒をもらっているかもしれない」
「大丈夫か?リリィ」
「ちょっと…良くない…かも…」
「確かに顔色が悪いわ…ハート。どう?」
「スパーダさんの言う通り…毒を受けてます…。でも私、毒は治せないんです。安静にしてもらうしか…」
「仕方ない。私たちの部隊はここまでだ」
「みんな…ごめん…ね」
「お前が謝ることじゃない。リリィ。初陣にしては立派に働いたぞ」
「ダイヤ…ありがとう…!」
「リリィ~守れなくてごめんね…。私、素早さが売りなのに…」
「あんなに離れてたら…仕方ないよね」
「もう喋らせるな。ゆっくり休め。とりあえず医務室に運ぶぞ!」
もう既に身体は痺れ思考もまとまらなかった。力の抜けた私は天使たちに運ばれながらゆっくりと意識を失っていった。
「う…うぅん…」
目が覚めたのは暖かいベッドの上だった。
「ここは…」
「あ!目が覚めた?」
「……スパーダ?」
「ごめんねリリィ…。私が守ってあげられたはずなのに…」
「仕方ないって。だって、あんなにたくさんのスモールデッドを相手にしてたし…」
「仕方ないでリリィが死んでたら…私は悔やんでも悔やみきれない。もう…大切な人を守れないのは嫌だから」
「スパーダ…」
「私さ、妹がいたんだ。お父さんとお母さんは顔も覚えてないんだけど、妹とはずっと一緒だったんだ」
「……」
「でも2年前…。魔法生物の襲来で妹は、私の前で死んだ。守る力を持っていなかったから…。私に力があれば妹を救えたのに…」
「もうスパーダは…強いよ」
「いや!誰も傷つけちゃダメなんだ…私はまだ守る力を持っていない…。これじゃダメなんだ…」
「でもスパーダがいなかったら、もっと大変だったと思うよ」
「……」
「スパーダには、仲間がいるでしょ。その誰も傷つけないっていいながら…スパーダは傷ついてる。みんなが支え合って、傷つきあって勝てたなら…それでもいいんじゃない?そりゃ確かに、誰も傷つかないならその方がいいけどさ」
「リリィ…」
「私ね、スパーダの勇敢さにもいつも勇気をもらってたんだよ。誰よりも強くてカッコいい。でも優しい。そんなスパーダだからこそみんな力になりたいと思ってるし傷ついて欲しいとは思ってないよ。みんなで力を合わせるからあなたたちは強いんでしょ?」
「…そうか…そうだな。わかった!ありがとうリリィ!みんなと対等だからこそ守ってあげるなんて思っちゃいけなかったんだ!信じてるからこそ!だよね!」
「うん!…とと…ちょっとまだふらふらする…」
「毒が抜けないからしばらくは安静にしててね」
「うん。ありがとね、スパーダ」
「ううん。…こちらこそだよ」
どことなく気を緩めた雰囲気のスパーダは、いつもの勇ましさより優しさが滲んで見えた。
「じゃあえっと…授業どうしよう」
「もう今日は授業はないよ。教室で警戒するだけ。多分もう今日は来ないだろうけどね」
「わかった。休んだら後でまた行くね」
「うん。そうしてくれ。じゃあまたね」
「はーい」
スパーダは去っていった。
「はぁ…やっぱり甘くはなかったかぁ…。…痛かったなぁ…噛まれたの」
毒もまだじんじんと私の身体を痛めつけている。スモールデッドはかなり低級の魔法生物のはずだからこの先さらに辛くなるはずだ。
「はは…天使たちはかわいいけど…やっぱりハードだよ…」
私は1人で泣いた。この世界が怖いからじゃない。強くなりたかったから。私はせめてハートを逆に守れるくらい強くなりたかった。
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