グリーン☆ぐりもわーる外伝 リリィのエデンズカフェ

瀬戸 森羅

第1話 この先に待つものは

高校生活のはじまり。人生の華は10代にこそあるという。漫画やアニメの主人公に憧れてきた私にとっては、この時こそが最も充足した日々の始まりだと思っていた。


中学時代は特に地味だった。帰宅部だった私は家に帰ったらすぐにディスプレイの中の天使たちに嬌声を上げていた。

正直な話、私は自分が嫌いだ。親譲りのそばかすの浮かんだ顔に野暮ったいメガネまでつけなくてはならない。どんなに頑張ってもそばかすは遺伝だし、視力はよくならない。そう思って私はずっとこの顔から目を背けていた。

運動だってできる方じゃない。だからいつも教室の隅でライトノベルを読みながら日々を過ごしていた。

そんな私もついに中学校を卒業したのだ。卒業アルバムの真っ白な寄せ書きのページを見れば、私がいかに他者との関わりを絶ってきたかがわかるだろう。陰でこそこそ指をさしくすくす笑っているような連中と仲良くなれるはずがなかったのだ。


しかし私は高校生活に入る前に、そんな自分を脱却してやろうと思った。高校デビューというやつだ。自分がなりたかった自分に、少しでも近づきたい。あのアニメの主人公のように、なりたい。

そう、私はシンデレラ。今まで散々地味なことばかりしてきたんだから、高校生活の間だけでも魔法をかけてほしかった。

…問題は、魔法使いがいないこと。私はメイクもできないし、かといって素の顔で勝負できるほど美しくない。そして何より、話ができない。そりゃあ相手が私の推しについて知っていてくれれば、もう飽きるほど語って尽くしますけれど…そう、それこそが私の悪い所でもあったのだ。みんなが私から離れていった理由でもあったのだ。

どうしてか「話が合う」の一定のラインを超えると、人は会話をやめてしまう。それどころかさっきまで同じ話題について話していたのにも関わらず、気持ちが悪いだのオタクだのと聞こえるような声でひそひそと言い合っている。

私はそれが心底嫌で、誰とも話をすることはなくなった。でも悪いのは私じゃない。周りの人間が悪いんだから。

とにかく私は、少しでも見た目に気を使いつつ、趣味に関する話に過剰に反応しないようにする、というささやかな高校デビューを決意した。


入学式は、すんなりと終わった。昔の顔なじみに会わないような少し遠目の学校に通うことになったので、周りの人間は本当に誰もわからない。その人たち同士は幾らか知り合いもいるだろうけれど、中には全く面識のなかったような子たちが既に自己紹介を始めている。

そう、今がその時!ここで出遅れたら私はもう高校デビューのタイミングを失う。

「あの!」

「ん?」

「私、峯岸 小百合っていうの。よかったら仲良くしない?」

「小百合ちゃんっていうんだ!私は谷川 菜々子。よろしくね! 」

よし…掴みは完璧。あとは目立ったことをしなければグループに溶け込んで…ふふ、私の学生生活は希望に満ちている。

「ねぇねぇ!小百合ちゃんってアニメとか観る?私グリぐりが好きなんだけどサ」

……グリぐり!グリーン☆ぐりもわーる。私の推しである天使見習いマスカット・ハートの登場するアニメだ。初期はPCゲームとして発売されたが長らく伸び悩み日の目を見たのは先日放送されたアニメが話題になってからになる。私はPCゲームで発売されていた頃から注目していて、中学校時代はハートのひたむきさにどれだけ救われたかわからない。

しかしここでひとつ問題点がある。菜々子ちゃんがどれだけ好きかがわからないのだ。アニメとか観る?という質問に付け加えられたタイトルがグリぐりということは、グリぐりをアニメとして捉えている、つまりPCゲームは未プレイなのだろうか。いやしかし…原作を知っているからこそ好きなアニメにグリぐりを挙げたかもしれない。……語りたい…語りたい!

だが、ここで私は過去の過ちを再び繰り返すことを恐れた。

「知らないかも…アニメとか」

「へぇー。そうなんだ」

「…うん」

「じゃあなんか好きなこととかある?」

好きなこと…?アニメを観ることだよ!ゲームをすることもそうだけど、そういった趣味を持つのにアニメを知らないというのは可能性は無いにしろ少し無理がある。決意を新たにして間もなく私は己の意志を殺すことの残酷さを知った。

「………」

「まぁ…趣味って言ってもわかんないよね」

あぁぁ!もうどうすればいいのか!自分を封印してまで得た学生生活に未来はあるのか!

「…あぁ~ごめん。ほんとは、超アニメ好き…」

「え…あはははは!わかるわかる!引かれると思ったんでしょ!私もいつもそうだったからさ」

「そうなの?」

「ほら、アニメってさ、なんかオタクとか言われて嫌われるじゃん?しかも私、つい話しすぎちゃって。直そうかなぁって思ったんだけどやっぱり好きな人は好きじゃん?そうじゃない人はそうじゃないだけで。そんな人に媚びるくらいなら一緒に語れる人探した方が絶対楽しいもん!」

……こ、これだーっ!まさしくこれは私と同じ境遇にいた子!

「私と同じ!本当にそうなんだよね!みんな陰でグチグチ言ってさ!」

「ね!ね!」

そうして私は菜々子ちゃんと思う存分に好きなものについて語り合った。今まで溜まりきった思いが私の中から洪水のように溢れ出るようだった。しかし菜々子ちゃんはそれを受け止めてくれる。今までの人のように見え透いて嫌な顔になることはなく、それでいて私の知らないことも語ってくれる。

…楽しい!高校デビュー?そんなものはもうどうでもいい。私は今ここに菜々子ちゃんとの出会いを果たしたことこそが高校生活1番の出来事だと思った。


やはりというかなんと言うか、菜々子ちゃんレベルに話の合う友達はそれ以降はできなかった。しかし中学の時のように惨めな思いはしていない。それどころかむしろ周りの人間も攻撃的ではないし、馬鹿にされるというよりは一線を引いて関わらない、という感じが強い。中学生の心は目に付いた異端は速攻で潰さなければ気が済まないのだろうか…。

とにかく私は、菜々子ちゃんとは特別親しく、それでいて周囲ともそれとなくの距離感でやや仲良くする日々を送っていた。

これこそが私の望んでいた平穏。早く過ぎて欲しいと思っていた中学の頃とは打って変わって楽しい日々だ。

しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。


「誘拐犯?」

「うん、そうなの…」

5月のある日、学校周辺に不審者が出現するという噂が流れた。

「なんでも下校中に妙な格好の人物に声をかけられて姿を消す子が多いんだとか…」

「何それ!絶対殺されてるよ…」

「ね!怖いよね…。狙われてる子も特別かわいいとか大人しいとかそういう極端な子じゃないの。つまり誰でも襲われちゃうかもしれない怖さがあるの」

「でもさ、もし不審者に会ったらどうするの?」

「とりあえず大きな声出そ!あとあと…思いっきり抵抗する!でぇ、んーと…なぐる!」

「それはまあ抵抗なんだろうけど…」

「でも1番は狙われないように複数人で帰ることだよね。だから、一緒に帰ろうね!小百合!」

「いつも一緒じゃん」

「あは、そうだね!」


しかし"その日"は、委員会で菜々子と一緒に帰れなかった。

「もうすっかり暗くなっちゃった。早く帰らなくちゃ」

既に日が落ちかけ街角に長く影が伸びる。その影が揺らめく度に胸がざわつくような気がした。

夕闇は魔力を帯びて、別の世界へと繋がる。怖いくせにそんな妄想をしながら歩いていた。

「お嬢さん」

そんな時、不意に声をかけられた。

「だ…誰…?」

後ろを振り返っても誰もいなかった。

「お嬢さん」

「もしかして…これ…」

「お嬢さん」

「いや…やめて…」

「お嬢さん」

ひたすら同じことを繰り返す声は徐々に大きくなっている。

「来ないで!」

「お嬢さん」

「あなたは誰なの!?」

「…お嬢さん。あなたを迎えに来た者です」

「え?」

「さぁ…行きましょう…」

そう言ったかとおもうと、突然何かに腕を掴まれた。

「ひいっ!」

「こっちです…こっちです…」

「やだ!やだやだやだ!死にたくない!殺さないで!私やっと幸せになれると思ったのに!なんで!」

「幸せに…?なれますとも。なれますよ。それでは行きましょう。えぇ…」

やばい…こいつは絶対に死は救済だとか思ってるタイプのやつだ…!

姿の見えない何かに引きずられながら私は薄暗い小道の奥にある空き地へと連れていかれた。

「さぁ…ここです…」

その空き地には不気味なほど神々しいベッドが置いてあった。神さまに身を捧げろってこと…?

「ここに眠るのです。なに、すぐに終わります…」

「やだ!やだよぉ!」

抵抗してもどんどん身体はベッドに近づいていく。そしてついに、ベッドに乗せられてしまった。

「おやすみなさい…お嬢さん」

「えっ…ふぇ…」

その声を聞いた途端、私は猛烈な睡魔に襲われてしまった。まるで海で一日中泳いだ後のような気だるさと瞼を開けていられないような虚ろな気持ちになり、意識を失ってしまうのだった…。

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