可愛くてモテる親友に好きな人ができたらしい話

甘照

本編

第1話 私の親友はとてもモテる

「………今回も玉砕っぽいな」


 放課後、人気のない校舎裏。


 紙パックのジュースを飲みながら現場を覗くと、丁度ゆずが頭を下げて、名前も知らない同級生からの告白を断っているであろう場面だった。


 声は今一聞こえないがそれほど緊迫した雰囲気は感じなくて、なおはホッと一息吐き、再び木の幹に体を凭れさせるようにしてストローを吸った。


 姫宮ひめみや柚。

 小学校からの幼馴染み兼親友であり、元々可愛くてモテていたのに高校に上がってからより見た目を気にし始めたみたいで、以前にも増して可愛くなって死ぬほどモテるようになった。


 最近は少し落ち着いてきたけど、一時期はほとんど毎日のようにラブレターやら呼び出しやらで告白を受けていた。


 その告白してきた人の中に一人過激なやつがいて、告白を断るなり暴力を奮われかけたと泣きそうな顔をした柚から聞いて、当時は私も告白なんてプライベート過ぎることだし深入りするつもりなんてなかったけど、居ても立っても居られなくて私はボディガードを買って出た。


 最初は柚もわざわざ悪いからと遠慮していたけど、大切な柚に万が一のことがあったら私は一生後悔すると思い、やや強引に押し切る形で納得させて、こうして告白現場の見張りをするようになった。


「……思ったより時間かかってるな」


 告白と玉砕自体はかなり早い段階で展開されたにも関わらず、柚と男子生徒の会話はまだ続いていた。


 今回柚に告白してきた男子生徒は名前も顔も知らないけど、顔の造形はそこまで悪く無くて、コミュ力の高そうな雰囲気を醸し出しているから、恋人とまではいかなくても意外と柚の好みだったりするのかな。


 そういえば、この前柚が別の男子生徒からの告白を断る時「好きな人がいるから……ごめんなさい!」と言っていたのを思い出す。


「柚の好きな人……かぁ」


 数多の男女をちぎっては投げ、ちぎっては投げしている柚が自分の方から好意を向ける相手。


 一体どれだけ前世で徳を積んだら、モテモテで見た目も性格も可愛い柚に好かれるんだろうな。


 なんて考えていたら、ようやっと男子生徒から解放されたようで、疲れきった表情の柚がとてとてと真っすぐ私の方へ駆け寄って来た。


「ごめんねっ!結構待たせちゃった!」


「おつかれさま、柚。待つ分には別にいいんだけど……なんか変なことでも言われた?」


 肩に提げていた柚のスクールバッグを手渡して、地面に置いていた自分のを拾い上げながら尋ねると、柚は「ごめんねっ、ありがと」と言いながら受け取った鞄を肩に提げて、困ったような表情を浮かべた。


「えっとね…とりあえず、告白自体は断って」


「あー、やっぱそうだよね」


「うん。全然知らない人だったし。向こうも最初から断られる前提で告白してきたみたいで……それで断ったら、まずは友達から始めない?って、連絡先とSNSのアカウントとか聞いてきて……私的には割と強めに断ったんだけど、中々諦めてくれなくて参っちゃった」


 てへへと頭を掻く柚。


「でも、ちゃんと断れたんだね。偉い」


「……ふへへ。ありがと」


 微笑みながら褒めると、困った顔から少し元気を取り戻したような笑みを浮かべて、安心する。


 柚は優しさからか、少し前まで告白に対してやんわりとどっちつかずな返事をしていた。そのせいで長いこと変なのに絡まれてた時期があって……アレは処理に困ったよなぁ。


「私がキッパリと断れなかったことが原因で、直にいっぱい迷惑掛けちゃったから……だからねっ、最近は直に言われた通り、関心のない相手はちゃんとキッパリ断る!!っていうのを心掛けてるんだっ!」


 見るからに褒めて欲しそうな柚の頭を、髪の毛が乱れない程度に優しく撫でると、気持ちよさそうに口角を上げて微笑んだ。


 柚の髪の毛はつやつやな少し茶味がかったロングで、撫でると見えない尻尾を振って喜んでくれるのも相俟って、非常に撫で甲斐がある。


 そこでふと、さっきまで考えていたことを思い出す。


「あ、そうだ。柚ってさ、前に誰かからの告白断った時、『好きな人がいるから』って言ってたじゃん?あれって、誰のこと?」


「んぐっ」


 何故か喉を詰まらせたような声を上げる柚。


「き、聞こえちゃってたんだ………」


「まぁ」


 仮にあの時聞こえてなかったとしても、『姫宮柚の好きな人が誰なのかについて』の議論が度々教室や廊下で繰り広げられているから、時間の問題だったかもしれないけど。


「そ、そっか……」


 柚は何故か顔を真っ赤にして、ちらちらと私の方を見てくる。


 なんなんだ。


「言えない?」


「…………言えない……かも」


「ふーん……じゃあ、特徴だけでも教えてくれない?とんでもないのだったら私も不安だし」


「…………わかった」


 随分溜めのある了承を受けてから、柚は何やら指折り数え始める。

 その間、またもやちらちらこちらを見てきて、ホントになんなんだと思いつつ待っていると、ようやく思考が整ったらしい。


「えっと、ね。い、一回しか言わないから、ちゃんと聞いといてね?」


「うん」


「まず見た目がカッコよくて、いつもはすごいクールな感じなのに実はすごい優しくて友達思いなの。それで、勉強は嫌いだからあんまり出来ないけど、運動が得意で、面倒臭がりだから部活には入ってないんだけど、でも好きなことは地道に続けられるタイプで料理とかはとっても上手くて―――――」


 その後も柚の特徴上げは続き、名前も知らない他人のことなのに、上げ終わる頃には全く関係ない私が段々恥ずかしさに顔を覆いたくなっていた。


 恋は盲目と言うから、もしかしたらその人の良い所しか見えてない可能性もあるけど、上げられた特徴から想像される人物像は自分なんかとは比べ物にならないくらい人間が出来ていて、ちょっとへこむ。


 料理にハマってたり、部活面倒だから帰宅部なのはちょっと親近感あるけど、まず見た目がカッコいいの時点で私とはかけ離れてる人種だ。でも、そんなにいい人なら柚を任せてもいいかな、なんて。勝手に親目線になってみたり。


「世の中にはそんな善良な人間もいるもんなんだな~」


 何とはなしに言うと、柚は何とも言えない表情で私の顔を覗き込んで来て、なんだろうと首を傾げると、何故か不機嫌そうに顔を背けられてしまう。


「………なんか、怒ってる?」


「…………別に」


 あぁ、絶対怒ってるなこれ。


 私、どこで地雷踏んだんだろ。

 もしかして話聞いてる時の態度悪かったかな。いや、柚はそんなことで怒ったりしないよな。


「…………直」


「ん?」


 怒らせてしまった原因を模索していると、徐に伸ばされた手が視界に入る。


 なんだこの手は。


 どうして欲しいんだろうと柚の方を見るが、全く目も合わせてくれなくて、とりあえず伸ばされた手を握ってみる。


 そしたらにぎにぎと握り返され、


「………えへへ」


 と、何故かはにかむような笑顔を浮かべて、すっかりご機嫌になってしまった。


 ただでさえ可愛い柚の眩しい笑顔に思わずどきりとしてしまう。柚は普段から愛想がよく大抵笑顔だけど、こういう嬉しさが溢れ出るような笑みは珍しくて。


 好きなんだよなぁ、柚の笑顔。


 なんで突然機嫌が直ったのか分からんけど、まあいいか。


「……じゃ、帰ろっか」


「うん」


 そうして私たちは手を繋いだまま、帰路についた。

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