空の魔女見習いと白雪王子

恵ノ島すず

第1話

 雪のように白い肌、黒檀のように黒く艶のある髪、血のように赤い唇の、青々と晴れた日のように美しい姫君、白雪姫。

 白雪姫は、その美しさを悪い魔女にねたまれ、命を狙われました。

 そこから白雪姫は、狩人に見逃してもらい、七人の小人に助けられ、王子様に救い出され、魔女を打倒します。

 そして白雪姫は王子様と結婚し、誰よりも美しい女王となったのです。

 悪い魔女を殺してしまえという人もいました。

 しかし、心優しい白雪女王様は、魔女を自分たちの国から追い出すだけで見逃してやりました。


 そんな、めでたしめでたしのその後。


 現在、白雪の女王様の治める国の荘厳なお城。

 そこでは、美しい白雪女王と、彼女の夫と、二人の息子である兄王子と弟王子が暮らしておりました。

 一一歳になったばかりの兄王子の名はアルバート。弟と同じように過ごしているのに母とそっくりな雪のように白い肌、黒檀のように黒く艶のある髪、血のように赤い唇を持ち、白雪王子と呼ばれております。

 七歳の弟王子の名はフランツ。父譲りの黄金の髪に、少し日に焼けた肌、キラキラと輝く空色の瞳の、太陽がよく似合う少年です。

 種類は違えどそれぞれに二人の麗しい王子に恵まれた美しい一家は、互いを思い合い穏やかで幸福で平和な日々を過ごしておりました。

 ところが。


 ――ガシャン!


 ある日その全てを台無しにするかのように叩き割られたのは、魔法の鏡。

 国の宝である、真実を語る、魔法の鏡。

 粉々にされてしまった鏡はその魔法を失い、すっかり沈黙してしまいました。

 そうしたのは、白雪女王、いえ、白雪女王の姿をした女。


 お城の中にある、魔法の鏡が掲げられ、たくさんの人々がその声を聞けるよう作られた【真実の間】。

 そこに女王一家の全員と城の使用人と役人と騎士たちが兄王子アルバートの呼びかけで集まっていて、魔法の鏡によって真実が明かされる……はずだったのに。


「魔法の鏡を割るなんて……! な、なんてことをしたんだ、魔女!」


 アルバートは鋭くそう叫んだけれど、魔女と呼ばれた白雪女王の姿をした女はどこ吹く風。


「うっかり手が滑っただけよ。それだけで、魔女だなんて。どうしてそんなひどい事を言うの?」


 柔らかく微笑み首を傾げた彼女に、アルバートは怒りますます燃え上がらせて責めたてる。


「うっかりだなんて、白々しい! わざと床に叩きつけたじゃないか!」

「あらそう。アルバートには、そう見えたの。みんなはそうは思わないんじゃないかしら?」

「やめろ! お母様の声で、姿で、勝手なことをするな! みんな、目を覚ましてくれよ……!」

「なあに、急に目を覚ましてくれ、なんて。変な事を言うのね」

「変なのはそっちだ。お父様もフランツもみんなも、おかしくなってしまっているじゃないか。いくらお母様のことが大好きだって、なんでも言うことを聞くようじゃなかったはずなのに……。お前がなにかしたのだろう、魔女!」

「おかしいのはアルバートでしょう。どうして私を、魔女だなんて言うの? ああ、それこそ、そう思い込むように、悪い魔女によくない魔法にでもかけられてしまったのかしら……」


 その表情は、どこまでもわが子を心配する母そのもの。

 先ほどは国の宝をわざと叩き割ったように見えたけど、今は善良な母にしか見えない女。

 人々は、アルバートが冷静ではない様子なのもあって、どちらに味方をすることもできずにおろおろとするばかりだ。


「違う! 違う違う違う、おかしいのは僕じゃない! みんな、どうしておかしいと思わないんだ! そいつはお母様の顔をしているけれど、笑い方が違う、言っていることが違う、動きも、香りも、全然お母様じゃないのに……」


 泣きそうな声で、必死の表情で訴えるアルバートに、みんなはハッとした表情で考え始める。

 真実を告げる鏡を、女王様の姿の女が割った。

 真実を告げられては都合が悪かった?

 つまり。


「……」


 それを見た女は何も言わずに余裕そうに微笑んで、その手に持つ扇を、ふわりと軽く揺らした。

 甘い、甘い、香りが広間に広がっていく。

 すると、先ほどハッとしたはずの彼らは、徐々にとろりと、うっとりと、その表情を、思考を、溶かしてしまう。


「……っ!」


 その一同のぼんやりとした様子に、『ああ、何を言ってももうダメなんだ』と確信すると同時に『今なら逃げられる』と気づいたアルバートは、とっさに駆け出した。


「追いかけなさい!」


 女王の姿をした女はそう命じ、みなはそれにぼんやりと従ったけれど、ぼんやりとした追手なんて必死に逃げる相手に追い付けるわけがない。

 アルバート王子はまんまと城を抜け出し、逃げて行く。

 城の外へ。そこからとにかく、遠く遠くを目指して。


「そう、逃げられてしまったの。子ども一人が何ができるとも思わないけれど、……心配、ね」


 報告された女はちっともアルバートのことなんて心配していなそうな、むしろ腹立たしそうな表情で呟いた。

 それから、冷めた目で床に散らばった破片を見下げ、ぽつり、問いかける。


「鏡よ鏡、アルバート王子は、どこにいったのかしら? ……なんてね」


 欠片になってしまった鏡は何も答えず、また城の中の誰も、その答えはわからないのだった。

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