生証

権家 健

第1話

第一章


「24時間以内に死ぬ人間が白黒に見えてしまう」

それは高校3年のゴールデンウイークに確信した。

じいちゃんが危篤で危ないと聞いて、家族みんなでお見舞いに行った時、じいちゃんが突然白黒に見えた。そしてそのちょうど24時間後、じいちゃんは亡くなった。


モノクロの世界、といったら聞こえはいいが、コウスケには昔からたまに人が白黒で見えることがあった。小学校の帰りに初めてその症状が出た。見知らぬ大人が白黒に見えたのだ。親に相談したら、色覚異常かと心配されて眼科に連れて行かれた。しかし、検査しても全く異常がなく、その時の診断はストレスで片づけられた。ただ翌日のテレビでその見知らぬ大人が特集されていた。実は人間国宝の芸術家で、急死したというニュースだった。

その後も街を歩いている時にたまに白黒で見える人がいたのだ。中学の頃、骨折で入院した時に病院で3人ほど白黒に見える人がいた。


ただ、この秘密は家族にも話さず、ヒロキにだけ話した。ヒロキと俺は中学からの親友だ。コウスケは中学から中高一貫の進学校に入った。父親が開業医で医者になるのが当然という家庭であった。ただ、コウスケはその期待に応えられそうにない。中学の部活でテニスに目覚めて、プロテニスプレーヤーになると言い出し勉強そっちのけでテニスにのめりこんだ。そして、中学3年のころ大けがでその夢を諦めた。普通ならそこから勉強であるが、これが反抗期なのかなんなのか全くやる気が出ないまま高校3年になっていたのだ。

ヒロキもまた、中学でバンドに目覚めて、勉強はそっちのけ。父親は老人ホームの経営者で、一人息子のヒロキは跡取りを期待されていた。バンド仲間は高校二年から受験勉強に打ち込み、バンドは自然解散。ヒロキはまた、引かれたレールにもやもやとしたものを抱えていた。コウスケ、ヒロキ共に進学校の落ちこぼれ。世間のいわゆる威勢のいい不良とは程遠い二人であった。クラスの連中は当たり前のように勉強をしていたが、コウスケとヒロキは勉強も部活もせずにいつも二人でつるんで、楽しいことがないなと高校の近くの売店で駄菓子を食べては時間が流れるのを待っていた。なんのために生まれてきたのか、もっと楽しい高校生活があったはずやのに、くだらない毎日だな、と語り合っていた。

周りからしたら、医者の息子と老人ホームの跡取りと、お気楽な二人と見られていた。

 

一学期の終業式、夏休みの前の日にいつもの売店でコウスケはヒロキに自分の秘密を告白した。ヒロキは当然コウスケの告白を信じなかった。

「冗談をいうのはやめてくれよ。さすがにコウスケのことでも信じられないわ。明日から休みだから俺の老人ホームに行って確認しようぜ」

 こうして部活も勉強もしない二人は、ヒロキの父親が経営する老人ホームに出かけた。

入所している人々から次々に声を掛けられるヒロキ。このあたりでは高級な老人ホームだ。設備も五つ星ホテルのようだ。 

「ヒロキ、久しぶりやな、相変わらずフラフラしているのか?」

そう声をかけてきたのは白髪でダンディな老人だ。ヒロキはこの老人と楽しく会話していた。コウスケはこの老人が白黒に見えてしまっていたのだ。

24時間以内にこの老人も、と考えているとヒロキと老人の会話が入ってこなくなっていた。ヒロキの話が終ってこの老人と別れてすぐにコウスケはヒロキに白黒のことを告げた。

「え、まじか。正雄さんが。ていうか、ほんまなんか、お前の目は」

10年以上ここにいる正雄さんは大手ホテルチェーン創業者で、小学校の頃からヒロキを見てきた。

「正雄さんは、本当のおじいちゃんみたいな存在やからな。お前の白黒の見え方が外れて欲しいけど、万が一に備えて思い残したことないか聞いてみるわ。」

すぐにヒロキは正雄さんの所に戻った。

「正雄さん、そういえばさっき聞き忘れたけど、人生で思い残したことある?」

「ヒロキ、なんやその質問は。俺はまだまだ死なないで。思い残したことか、特にないかな。借金で一睡も出来ない厳しい時もあったけど、海外の人も含めてお客さんが楽しんでホテルに泊まってくれたと思うとうれしいな。俺がこの先死んでもホテルは残るからな。ヒロキもまだ高校生と思っているとあっという間に人生終わるからな。生きた証、残すために生きた方がいいぞ、なんてな。俺には子供おらんから、ヒロキは実の息子みたいなもんやからこんなこと話してしまうな、いつも。」

「正雄さんにとって生きた証はホテルがあるからいいな。」

「そうだな、日本中にホテルを建てたことかな。ただ、生きた証か、ちょっと違うかな。自分で言ってなんだが、生きた証はそういうことでないかな。ヒロキ、お前考えてみろよ。フラフラばっかりしていないで、親父さんも心配しているぞ。親父さんは勉強してほしいと思っているかもだな。俺はそんなこと考える暇もなかったくらい忙しい人生だったからな。」

 ゲートボールの時間だからまたな、そう言って笑って行った正雄さんの顔をヒロキは一生忘れないと思った。死期が近いかもしれないと思うと無性に切なくなった。明日もしかして、と喉まで来たが言うのを我慢した。

その様子を隣で見ていたコウスケも目の前の老人に初めて会ったにも関わらず、ヒロキと同じ気持ちでいた。

その日の深夜、正雄さんは脳出血で亡くなった。


その一報を聞いたヒロキは信じられない思いと同時に、昨日正雄さんに病院に行かせておけばと思い自分を責めた。連絡を受けたコウスケはヒロキに会いに行った。

「それは違う、俺の見えた運命は変わらない。正雄さんはゲートボールを楽しくした時間で正解だった、もし病院も行っても一緒だったはずだ。」

その言葉に苛立つヒロキ、泣きながらコウスケに迫り、初めて取っ組み合いの喧嘩をした。

「お前のその白黒の目、一体何のためにあるんだ。」

一人の老人の死を前に、お互いの今までのもやもやした気持ちをぶつけ合った。ふらふら目標ももたず、生まれてきた意味とは、と考えているふりをしている自分に。ただ何かのせいにして時間が過ぎるのを待っていた自分自身に。

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生証 権家 健 @gonketakeru

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