貸出カード
「お前はここにいろよ」
佐伯は前髪センターわけからに三階に上がるための階段前でそう言って制止させた。
「あぁそうする」
聞き分けのいい前髪センターわけは頷いて二階のコミックコーナーに設備されたソファーに座り手を振った。
佐伯は階段を登っていく。一段登るごとに足が重くなるのを感じる。小声で経を唱えながらなんとか階段を上がりきり目的のドアの前まで歩いた。
「開いている」
スライドドアを開けると黒いカーテンがかかっていて隙間から電気の光が漏れていた。
「誰です?」
アンネの声が聞こえて、佐伯はカーテンを手で開けるとそこにはテーブルの上に本を並べたアンネの姿があった。
「あなたですか」
「気になったんだけど俺にあたり強くない? クラスの連中にはもうちょい愛想をまいてたじゃないか」
「あなたにはどう思われようがいいですからね」
はっきり言われて年頃の男子である佐伯はほんのちょっとあくまでほんのちょっとショックを受けていた。
「お前祓えたのか?」
「はい。中島さんにいたずらをしていた霊は内藤智子という霊でした。祓ったあとに彼女には神の加護をつけましたからこれで死霊は彼女に近づけません、あなたの出る幕はなさそうですね拝み屋さん」
自信満々にそう言った彼女は蔑むような眼で佐伯を見つめている。
「じゃあここで何してる?」
アンネの挑発にのらずあくまで冷静に気をとりなおして尋ねた。
「邪気が溜まっていたんで確認のため……あと貸出カードの履歴を見てます」
アンネは古びた本の数冊とその本の一番後ろに張り付けてあった紙のポケットにしまわれたシミのついた紙の貸出カードを佐伯に見せた。
「それで?」
「はぁこれ見てわかんないですか、ここの文字、ここだけ他のものよりも新しいですよね」
言われてみれば確かに貸出帳の貸し出し名の最後列にあまり擦れてもいない文字で名前があった。
「どの本の貸し出し記録にも内藤智子って名前があるな、こいつが憑いてたのか……貸出日付は三年前」
「えぇ、他は何十年も前の日付なのにこの人の名前だけ最近のもの。それにこれをみてください、本の著者」
佐伯は言われるがまま並べられた本の著者を確認した。内藤智子の名前が書かれた貸出カードが入った本の著者は『冴島菊次郎』という人物だった。
「郷土歴史学者……ってことかこの著者は? にしても熱心なファンだなこの人も」
佐伯は変わり者でも見るように貸出カードに書かれた内藤智子の文字を眺めた。
「それじゃあ私はもう行きますね、下宿先の教会でお祈りを捧げる時間なので」
本もかたずけないままアンネは部屋を出ようとする。
「ちょっと待てよ、お前何も見なかったのか? 何か感じたりしなかったか?」
「最初は強い力を感じましたけど……たぶんあなたがこの部屋に入ってきた瞬間邪気が弱くなったと思います。そのおかげで中島さんに憑いて悪さしている霊は複数体いたかもしれませんがそれもわかりませんね。でもこの件はこれで終わりです。私の加護はこの国の死霊ごときに破られませんから」
涼しい顔で言って鍵を佐伯に手渡しした。佐伯は本を片付けろと言おうとしたがアンネは聞く耳ももたずそそくさと第二郷土室を出て行ってしまった。
「内藤智子か」
佐伯はポケットに忍ばせていた数珠を取り出して目を閉じる。なんとなくこれだけで終わる案件とも思わない。
アンネの姿を見て忘れかけていたが一階から階段を上がっていくときよりも明らかに邪気が弱まっていた。
経が効いたかなんて思ったりもしたが、何か違うような気もしていた。
それから本の片付けとその著者と内藤智子の名前をメモ帳に書き写して第二郷土室にカギをかける。
――とりあえず、あいつにこの人のことを調べさせるか。
佐伯は首を傾げながら異様に軽くなった足取りで階段を下った。
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