因縁の相手


 厄災に追いかけ回されたらどうするか、答えは逃げる。その選択し一択である。


 昨日と同じようにメインストリートから外れて路地裏に入り、おそらくネズミとかゴキブリとかいるであろうポリバケツを盛大に蹴飛ばして走り続けた。


 マジでなんなん。そう大声で叫びたい。だって俺自身なにも悪いことしていないのだから、当然である。ただ佐伯は安心もしていた昨日の彼らはなんらかお咎めを受けたらしいが邪悪なものは憑いていなかった。がしかし、それを差し引いても……だ。


「大日如来様、俺はどうしてこんなに可哀そうなのでしょう、中坊に絡まれたばっかりに」


「コラ、中坊って言うな。ガキ扱いすんなや」


 路地裏をかき回すようにぐるぐる回った後、佐伯は意を決してビルの中に入り最上階まで登った。運よく屋上への扉が開かれていてドアノブを回す暇もなく豪快に蹴っ飛ばすと空は夕焼けになっていた。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


 佐伯は息を切らしながら腰をつき、へとへとになっていた。


「ちょっといつまで手を握ってんのよ」


「あぁごめん」


 そう言って佐伯は三津首の手を離した。


「あぁ汗かいちゃったじゃんか、あんたジュースのひとつくらい奢んなさいよ」


「いいぜ、ポカリ好きなだけ買ってやるよ」


 破れかぶれに言って佐伯は大の字に横になった。昨日の今日で完全にスタミナ切れだった。


「あんたさぁ、あれからまだ力が戻ってないでしょ」


 かなえは寝転がって空を眺めている佐伯に尋ねる。


「さぁな、まぁ俺は毎日徳を積んでるからそのうちに戻るだろう」


「そうじゃなくって」


「はぁ、じゃあ何だってんだよ」


 少しだけ苛立った口調で返事をした佐伯に三津首はぎりぎりと奥歯を噛みしめてから、


「だ~か~らぁ私の力をあんたに譲渡するって言ってんの」


「何度も言ってんじゃん、いらねぇよ」


 佐伯は立ち上がり鼻息荒く彼女と相対した。


「もし悪霊を祓う機会に出くわして、少しでもへまをしたら死ぬわよ」


「死なないし、へまなんてしない。じゃあなお前も早く帰れ」


「ふざけんな!」


 そう言って手首を振りあっちいけのジェスチャーをすると、勢いよく胸倉をつかまれた。


「死角からのペットボトルも避けれないで何ができるのよ」


「うるせぇな、いい加減に黙れ。悟開ごかいすんぞ」


 なっ……、とかなえの威勢は止まった。


 佐伯はポケットから数珠を取り出して両手で合掌するともう一度同じことを言った。たった二文字の単語にかなえは胸倉を握る手を離しその場から後退する。


 無理もない。悟開とは相手に強制的に悟りをひらかせ、自らが悟った世界、または領域に引きずり込ませるというものだ。


 天台宗の一族である三津首佳苗は真言宗の一族で、自分の宗派とは違い、誰でも分け隔てなく布教されるものではなく修行によって直接教えを授かった人間以外に示してはいけないとされる密教を学び悟りを開いた佐伯の未知の力が恐怖であった。


 まぁ、と佐伯は声を漏らして目をそらす。

 佐伯の一挙手一投足にかなえは張り詰めていた。


「なんだろうな、本気で怖がるのやめてもらっていいですか?」


 そんな顔をされてこちらを見られても年頃の男子高校生には胸がキュッと苦しくなるものがあるわけで、なんというかショックだった。


「昨日は不良に追いかけられ、転校生エクソシストには呆れられ、中坊には絡まれる。新学期早々バットイベントの大安売りだ」


「えくそしすと?」


「いやなんでも」


 最初に出会った時のかなえならそんなこと関係なく千二百年前の因縁とか言って喧嘩をふっかけてきただろうが、ちょっとやり過ぎてしまった感は否めない。真剣な顔をして凄んだら借りてきた猫みたいにびくびくしている。


 彼女が言うとおり佐伯は力の大半を失っていて気軽に悟開なんてできるわけもない。見え透いた虚勢なのだが引くぐらい効果を発揮していてつらい。


「エクソシストに悪魔か」


 佐伯はアンネのことを思い出しいた。悪魔なんて現実問題いるはずもなく、エクソシストなんて職業はインチキか手品師みたいなものかと思っていたが、彼女と面と向かって言葉を交わしているときちょっとだけ信じかけた自分がいた。アンネの言霊の力なのか……でも三津首の反応を見てのとおり仏の教えを受けた者にとってはやっぱり異質な言葉だった。


「おーい空海、勝手に悟るなぁ」


 眼前で恐る恐る手を振っているかなえをシカトして佐伯は大きく息をはく。大量に流れていた汗がようやく収まり額に溜まった汗を拭う。


 今の俺は彼女を救うことができるのか、柄にもなくそんなことを不安に思うのはたぶん徳が足りてないからだろう。


「なぁ駅前のマック行くけどお前も来る? 奢ってやるよ」


「えっ、行く! あっでもともだちとカラオケ行くんじゃないの?」


「俺にそんな友達がいると思うか?」


「……なんだあんたもぼっちか、しゃーなし、この私が付き合ってやるよ」


 かなえはすぐに笑顔になって鞄から取り出した制汗スプレーを振りかけて、その倍の量を佐伯に吹きかけた。


 せき込みながらも文句は言わない。彼女を助けるにもまずは徳を積むこと。財布には幸い諭吉が数枚ある。


 クソ生意気な中坊に奢るくらいの徳じゃ僅かなものだが、やらないよりいいだろう。


 

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