下町陰キャ

 完全下校時刻まで佐伯の苦悩は続いた。なにせ隣に座る美少女の周りに人だかりができて非常に肩身の狭い気持ちで本日の学校生活を終えたのだ。


「下町とは言え陰キャには都会の学校生活は世知辛い」


 太陽の光を反射したビルの窓の身体をやかれ汗をかきながら駅までのメインストリートを一人歩く。


 こういう愚痴を吐き出したいなぁと思った時にいつもならちょっかいを出しにくる前髪センターわけは夏休みにできた他校の彼女と遊びに行くらしく、佐伯の前には現れなかった。


 友達もいないのにぶつぶつと念仏を唱えるように独り言をつぶやく佐伯はこの街では異質の部類になる。


 駅まで運行するバスを逃し、大人しく待っているのも億劫だからと歩いていこうと思ったのが間違いだった。


 そんな佐伯の横を煌びやかな装飾で爆音を流しながら通り過ぎていく宣伝トラックを眺めた。


「あれこそ俺の田舎じゃ悪魔みたいなもんだよな」


 中学校に進学して初めて見せてもらったテレビの映像であれが映って親父が悪霊よりも質が悪いものと言っていたのが懐かしく感じる。


 急に思い浮かんできた親父の顔にとてつもなくむしゃくしゃした佐伯は反骨心を込めて口づさんだ。


「バニラ、バニラ、高収……痛っ」


 突然の頭部に走る痛みに驚き、その部位を手でさすりながら自分に何がぶつかったか確認する。足元には少しだけ液体が残ったペットボトルが転がっている。


「ストライーク、ようやく気が付いた」


 振り返る。そこにいたのは小生意気な笑顔を引っ提げた中学生くらいの女の子。


「はぁ」


 佐伯は彼女の姿を視認すると大きくため息を吐いて再び歩き出した。


「ちょっと無視すんな!」


 大声で叫ぶ彼女は周りに人がいることも気に留めない。まぁこの街ではそんな女の子が一人いたところで気に留める人はいないけど。そんなことを思いながら彼女とはかかわりあいになりたくないという気持ちが勝った。


「おい! 私をシカトすんな空海!」


「おいやめろ!」


 空海と言われ、血相を変えて彼女の元へ駆け寄る。


「えへへ、やっとこっちに意識をむけた」


 女の子は肩まで伸びた長い黒髪を揺らし、してやったりみたいな顔をしていた。学校指定であろうチェックのプリーツスカートに半袖のセーラー服。おまけに自己顕示欲の塊のような赤いリボンまでついている。


「お前か……お互い関わると外野がめんどくさいからもう関わるなっていったろ」


「おいお前っていうな! 私には佳苗かなえっていう可愛い名前があるわけ。いい加減覚えろ」


「はいはい、三津首みつのおびとちゃん」


「私を名字で呼ぶんじゃねーよ!」


 かなえは烈火のごとく顔を真っ赤にして怒った。まぁそれだけなら可愛い反抗で目を瞑ってやったが、この女はあろうことか佐伯の尻を目掛けてキックした。


「痛ぇ、なにすんだ」


「ふん、私のことを名字で呼んだら蹴るって言ったよね。約束を破ったから蹴ったまでよ悪い?」


「悪いだぁ? あぁ悪いね暴力はいつの時代も反対だし、それに約束を破ったのはそっちだろう」


「私はいいの可愛いから」


「なんだそりゃ」


「可愛いは正義って言葉知ってる?」


 でたよ。佐伯は心の中で不貞腐れた。まったく可愛いは正義なんて誰が作ったキャッチコピーだ? こんな言葉が生まれたせいで大抵の女は勘違いして世の男が泣かされるんだ。そう喉の奥まで出かけてやめた。そんなことを言ったら各方面からぶっ叩かれそうだ。


「……、言いたいことも言えないそんな世の中じゃポイズン」


「ちょっと何を遠くを見つめてんのよ」


「うるせぇな、悟ってんだよこっちはほっといてくれ」


 佐伯はもうどうでもよくなって目の前のクソガキをそこそこにあしらうことを決めた。


「みなさんこのクソ生意気なガキは、天台宗開祖、最澄様の血脈を受け継ぐエリート一族の女です。夏休みにちょっと手助けしてあげたことが気に入らないらしく、それから千年以上前の因縁を持ち出してしつこく俺の元を訪れてはこうやって嫌な気持ちにさせてきます」


「おい、こんな人前でバカみたいなこと言うな」


「口は悪いけど、俺がお守りにあげた数珠をストラップにして持ち歩く可愛い一面もあります」


「殺すぞコラ!」


「おい、仏の教えを説くものがすんなこと言うな、暴れるな」


 両手をぐるぐる振り回して突進する少女の頭を掴んでなんとかやり過ごす。さすがにここまで騒いでいればこの街の人間も二度見くらいはする。でもそれだけじゃないか、三津首が着ている制服はこの辺の中学校のものではなく、世田谷区にあるエリート(または金持ち)中学校のもので、※知らんけど。特別な用事がある以外はそんな人がこの街で下車するなんて考えられなかった。


「で、お前はどうしてこんなとこにいる? 学校の部活はどうしたお嬢様」


 佐伯は頭から手を離すと彼女は軽く髪を整えていった。


「うるさいなぁ、どっちでもいいでしょそんなこと」


「あぁ、分かったお前も友達いないんだろう。その言葉遣いじゃ無理もないよな」


「はぁ? 友達いっぱいいるわ、百人いるわ。そんなことより今日こそこの前の借りを返させてもらう。ほらさっさと面貸しな」


「めんどいからヤダね」


「どうしてよ!」


「これから友達とカラオケいくから」


「……この野郎! 嫌味ばっかり言いやがって!」


 ドンっと彼女が振り上げた腕が通りすがりの一般人にヒットする。


 その瞬間に辺りを歩いていた人たちがしっかりこちらを凝視する。ドサッと倒れた一人の男は顔に包帯が巻かれており仲間の男たちが心配そうに群がったがやはりどこか怪我をしている様子だった。


「ほら言わんこっちゃない。すみません、大丈夫ですか」


 佐伯がかなえを押しのけて倒れた男に手を差し伸べる。


「痛てぇな、痴話げんかならよそでやれ……や」


「はい、すみま……せ……ん」


「て、てめぇは」


 その場の空気が凍るのを感じた。佐伯とその男たちは実は顔見知りであった。


「……あれどうしたのあんたの友達だった?」 


 何も知らないかなえだけが呑気にそう言ったが、男たちは佐伯の顔をじろじろ見た後、心当たりがあったのでひそひそ話ながらその周りを固めようとする。


「おい逃げるぞ」


「え、ちょっと」


 佐伯はかなえの手を強引にとって走り出す。


「待てコラ!」


 まるでヤンキー漫画のお決まり展開のように男たちは叫びながら追ってきた。



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