炎痕のアヴェスター

黒輪SUN

プロローグ 現日

その時は、息がとにかく出来なくて、意識ぐ朦朧としていた。

今も鮮明に思い出せるのは、呼吸をする度に喉が焼ける痛みを感じ、周りから焼け焦げた死肉の匂い。

見渡す限りに火柱が立つ、建物から人から何まで燃え盛っており、見分けもつかなくなっている。

昨日までの当たり前のような日常は、焦土という地獄と化した。


瓦礫に埋れ、身動きが取れない体。右半身の感覚がほとんど麻痺しており、痛みも熱さも鈍い圧迫感になっていた。ただ、体に痛みを与えるのは、右目の奥底から何かが沸騰するに熱く鼓動していた事だった。



『みんな、みんな、死んだ


お祖母ちゃん、お父さん、お母さん、⬛︎⬛︎


みんな、みんな、焼け死んだ』


辺りに転がる燃え滓がある。

大きいものから小さいもの、どれも不恰好な形で固まっていて、次第に崩れていく。



『ごらんよ』


頭に響く音に、導かれる。

崩れた家屋の壁、その向こうに視線が向かう。

昨日歩いたその道は、見る影もなく死を彷彿とさせる。

さらにその先、黒煙と陽炎が揺蕩っていた。

それが、人の形をしている事に気がつく。


『あれが』


白衣に包まれた甲冑、黒く鈍色の仮面を付けた不気味な容姿。この地獄風景に溶け込むような、自然な有様でそこに佇んでいる。


『みんなを、殺したんだ』


仮面の隙間、覗くとどこまでも深く黒く、雲のひとつもないような夜を思わせる漆黒の瞳。

そのなかに、


"黒く燃える太陽"をみた。


決して気づくはずのない距離にいる相手と、目と目が合う。

そして、確信したのだ。

そう、あいつがやった。

この地獄をつくり、みんなを殺した!


それが分かった時、急に身体中にも激痛を感じた。麻痺していた体の神経が、焼け焦げた喉の痛みと熱さ、焼け爛れた皮膚の感触を思い出したのだ。

どうしようもない激痛と、激しい怒りと憎しみによって思考が奪われる。


悲痛な叫び声が、終焉を迎えた街に響く。


それから数日間もの間、街は夜も真昼のように煌々と明るく、まるでそこだけ世界から切り取られた絵画の世界のようであった。

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