第4話 偽り、歪められし現実

  子どもの頃、怖い話を聞いて眠れなくなった。その話をきくと、その夜悪い魂が夢の中に出てきて僕を殺すのだという。もちろんそんな事はない。ありふれた子どもだましだ。今はもうそんなことはわかっているからそんな話を聞いても眠れなくなるほど恐れ震えることはない。

  だがそれが本当だとしたら?それは僕を恐怖にたたき落とすのにじゅうぶんだった。あれからというもの僕は常に眠りに怯えるようになった。眠ってしまうと恐ろしい悪夢が僕を襲う。罪悪感を誘うものから直接的に僕を何度も殺す夢まで。僕は精神的に疲弊していった。

  僕が悪夢を見ると必ずひどくうなされるのだという。ルルーさんはそれを見つけると僕を起こしてくれるがルルーさんも睡眠時間を削られて辛そうだった。

「ルルーさん…ごめんなさい…」

「何を謝るんです。私には何の負担もないんですよ」

  そう言って微笑むルルーさんの目の下には化粧の上からでもわかるくらいのくまが刻まれていた。

「ルルーさん、これから僕は走ってくるから眠らない。少し休んでいて」

「いいえ、あなたからは絶対に離れません。今日からアンシェローに行けますから一緒に行きましょう」

  僕たちは疲れた身体を引きずりながらアンシェローに向かった。

「お疲れ。今回はまたひどく大変な任務だな」

  隊員の1人が話しかけてきた。

「そんなことありません。多数で絶え間なく襲われるよりもよっぽど楽です」

「ははっ。違いない。微笑みの制裁者ルルー様の名は化け物相手でも轟きそうだな!」

「ちょっと、いっくんの前でそんな…」

 ルルーさんは少し恥ずかしそうな顔をしていた。

「今さら驚かないよ…」

「ぼうやも安心だな!この人が指導してくれてるんだろ?うらやましいねぇ。この人一切弟子とらないで有名だったんだぜ」

「そうなの?」

「…はい」

「しかしなんでこんなぼうやを選んだんだ?今まで訪ねてきた中にはかなりの手練もいたはずだが…」

「おしゃべりがすぎるようですね?」

「う…」

  ルルーさんは相変わらず笑った顔をしていたが、明らかに殺気を放っていた。

「は…はは。おっと、急用を思い出した。俺は行くぜ」

「お元気で。利口なうちは長生きできますよ」

「肝に銘じとくよ」

  苦笑しながら男は去っていった。

「さて、それでは手続きをしましょうか」

「どうするの?」

「ここにあれこれ書くんです。1人で書けますね?」

「書けるさっ!」

「ムキにならないでください。確認したまでです」

「あ、住所は…」

「私の家の住所にしてあります」

「あ、ルルーさんのフルネーム…」

「ゴスネリカ・フルールリエです」

「…なんかみんなが呼んでるのとかなり違うんだね」

「あまりこの名では名乗らないんです。訊かれない限りは」

「長いもんね」

「…えぇ」

  一瞬表情が曇った気もするが深入りしないことにした。

「それにしてもなんやかんや質問が多いじゃないですか」

「ぐ…」

「最初から素直に一緒に書いてよ~って言えばいいいのです」

「そういうこと言われるから嫌なの!」

 僕はルルーさんから顔を背けた。

「はいはい。でも訊かないでも答えられるところはちゃんと書いてありますね。からかいすぎました。ごめんなさいね」

「まったくもう!」

「さ、行きましょう。この紙を出せば安全な部屋を用意してもらえます」

  僕はルルーさんと廊下を進んで行った。


「え?受理できないのですか?」

  受付に紙を渡したところでルルーさんが驚いた声を上げた。

「申し訳ないんですが…この子がリストに登録されていないのですよ」

「…一晩でもいいのです。せめてこの子だけでも無理でしょうか?」

「…こればかりは。私共も規則に従ってのみ動けるだけですから」

「…わかりました。お時間を取らせて申し訳ありません」

「いえいえっ!隊長が謝らないでください…私も力になれればよかったのですが…」

「あなたの立場上それは無理ですから、わかっていますよ」

「…どうかご無事で。ぼうやも、頑張ってくれよ」

「ありがとうございます…」

  部屋は借りられなかった。そう実感すると気が遠くなるように眠気が襲ってきた。

「いっくん!…ごめんなさい。私がしっかり手続きしていれば…」

「いや…ルルーさんのせいじゃ…ないよ」

「でも…」

「おやおや?ルルーさんじゃないですかぁ」

 唐突に全く知らない人物が話しかけてきた。

「…誰…?」

「あれは…特別遊撃隊第3部隊長のサーナですね」

「随分と苦しそうねぇ。あなた程の人がそんなになってしまうなんて、余程のことがあったのかしら?」

 サーナと呼ばれた人物は怪しげな口調でルルーさんに絡みだした。

「ほっといてください…」

「そうですかぁ…私はあなた方の睡眠を護ってあげようと思ってたのに…」

「知ってたんですか」

「ふっふふ…風の噂でね。微笑の鬼神ルルー様が子どもを喰らうために育てているんだとか…」

  さっきと違う通り名だ…。

「…誰がそんなでたらめを」

「それは言えないわ。その様子じゃあ言った人をぶん殴りに行きそうですもの」

「僕食べられちゃうの?」

「そんなわけないでしょう」

「作戦バラしちゃってごめんなさいねぇ」

「…あなたと話しても無駄ですね。失礼します」

「待って待ってぇ。だから私が部屋を貸してあげるってぇ。あんまり眠れてないんでしょ?私が見守っててあげるから2人ともゆっくり休みなさいな」

「何が狙いですか?」

「私に狩らせなさいよ。そのエモノ。私って新しいモノに目がないのよねぇ」

「やってもらえるならその方がありがたいです。しかし…あなたに頼るのは少し嫌ですけどね」

「はっきり言うわねぇ。でもそういうとこ嫌いじゃないわよ」

「私は嫌いですけどね」

  2人とも笑顔を絶やすことなく険悪な会話を続けている。この部隊の人達ってこういう人ばかりなの…?

「とにかくうちに来なさいな。あんたら2人ともちょっと黙って見てられる状態じゃないからさ。…これでも心配してやってんのよ?」

「お心遣い感謝します。今回は甘えましょうか」

「ルルーさん、サーナさんと仲悪いの…?」

「そう見えます?」

「そりゃ見えるよ…」

「ぼうやが思うほど仲は悪くないのよ私たち」

「そんなことないですけどね」

「ほら、なんでも言い合える仲ってやつ?」

「そんなことないですけどね」

「えっと…どっちがほんと?」

「さぁ、どちらでしょうねぇ?」

「私が本当ですよ」

「信用しても…いいの?」

「信用はしないで利用しましょう。ね」

「ひどい言い方ねぇ。まあいいわ。こっちにおいでなさい。いっ・く・ん♡」

「ウィスプより先に屠られたいようですね…」

 ルルーさんは落ち着いた口調ですさまじい殺気を放った。

「言ってみたかっただけよ」

「まったく…」

「さて、じゃあ行きましょうか」

  そう言うとようやくサーナさんはアンシェローの居住区に案内してくれた。


「さ、到着よ」

  アンシェローの施設内に迷路のように並ぶ部屋の中のひとつ、0213号室の前でサーナさんは止まった。

「あなたも疲れたでしょ?ゆっくり休むといいわ」

  部屋の中は少しばかり生活感はあったが全体的にあまり物の多くないこざっぱりとした部屋だった。

「アンシェローなら何か起きてもすぐに対応できる。その上この私がいるんだから百人力ね」

「アンシェローの施設は信用できるんですが護衛が心もとないですね…」

「コラっ!」

「あら、本当のこと言っちゃいました」

 ルルーさんはわざとらしく手を口の前に当てる。

「どうしてあなたはそんなに私を嫌うのよ」

「嫌いなんて言いましたっけ?」

「言ったわよ!」

「あ、そうでした」

「もうここは私のテリトリーなんだから洗いざらい吐いてもらうわよ」

「やり方が汚いですね。帰りましょうか」

 そう言ってルルーさんは部屋を出ようとした。

「そこまで話したくない!?」

「…まあ冗談はこれくらいにしておきましょうか」

「冗談だったのね」

「あ、冗談でない部分は都合よくとらえないでくださいね」

「もういいわよ」

「あなたの腕を信頼してないわけじゃないです。ですから今回の申し出は感謝します。いっくんも…そして正直私も慣れないことに疲弊していました。…ありがとうございます」

 ルルーさんはぺこりと頭を下げる。

「ふふん、やっと素直になったじゃない。それでいいのよ」

「なんであなたを嫌うか、でしたっけ」

「あら、話してくれるの?」

「理由は簡単です。…なんだと思います?」

「そこでクイズにする…?」

「はい、いっくんに答えてもらいましょう」

「えっと…昔戦果を横取りされた…とか?」

「残念。この人に横取りされるような安い戦果はありませんよ」

「失礼ね…!」

「じゃあえっと…。実はオトコの人だから…とか?」

「あら、気づいてたの?」

「残念。私はそういう差別はしません。もっと別の理由で嫌いなんです」

「随分はっきり言い出したわ…」

 サーナさんは呆れたように嘆息する。

「じゃあ…んー」

「まあ、わかりませんよね」

「そりゃそうよ。今あったばかりのこの子にわかれば長年一緒にいる私が知らないはずないもの」

「じゃあ正解発表といきましょうか」

「どきどき…」

  その時ルルーさんが一瞬で懐から武器を出しサーナさんの首を斬った。

「…あんたなんて知らないからですよ」

「ぐえ…バカな…」

  サーナさんの身体がボロボロとくすんだ灰色になっていく。そして周りの景色もどんどん変わっていき、僕たちは枯れ木ばかりの暗い野原に立っていた。

「やれやれ…本当に厄介なんですね。異界の者というのは」

「ど…ど、どういうこと!?」

「全てがまやかしだったのです」

「え、なにが?え?」

「特別遊撃隊第3部隊長サーナ。まずこれは、いません」

「えーっ!」

「私でさえいかにもずーっと長い間いたみたいな記憶を脳に刷り込まれていたのです。まさしく白昼夢のようなものですね」

「じゃあアンシェローに向かったのも…」

「ええ。私たちは疲弊した状態で家を出た時から術中にいたのでしょう。そうして私たちの記憶から情報を得て現実のものや時折嘘を織り交ぜ世界を構成したんでしょうね」

「ちっとも気づかなかった…」

「幻に完全に騙されてしまっては嘘の情報でさえ見抜けませんからね。しかしこいつの敗因は嘘の情報をいれてしまったこと。私のような人間にはそこを破られてしまいます」

「いれなければよかったのにね…」

「いれなくてはならなかったのでしょう。記憶の中の人間を完全に再現するとどうしても矛盾が生まれてしまいます。それならば初めからいないのにあたかも初めからいたかのような人間を用意すれば勘づかれることはありません」

「んー…わかるようなわかんないような…」

「ですからもう少し精神が弱っていたら危なかったかもしれません…。まんまと敵の巣に呼び出されて直接殺されるところだったのです」

「じゃあサーナさんは…」

「部屋に入った時に幻影が本体にすり変わったんでしょうね。眠っていたら確実にやられていました。ですから油断させてから不意打ちすることにしたんです」

「ルルーさん…やっぱりすごいんだ…」

「それほどでもありません」

「ありがとう!まもってくれて!」

 僕はルルーさんに頭を下げながら礼を言った。

「あら…ふふふ。嬉しいです。素直にお礼を言える子は大好きですよ」

  ルルーさんは満面の笑みを浮かべて僕を抱きしめた。

「帰りましょう。これであなたは安全です」

「うん!」

  僕はルルーさんと一緒に家に帰った。運良く助かったばかりか今回は完全に命を狙われていたのに助けてもらった。僕はもう2度死んでいるんだ。絶対に無駄にしないように強くなってやる!ルルーさんみたいにっ!

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