第3話 後悔、それ故の決意

  朝の光が僕を照らす。悪い夢を見た。全部がなくなる夢。それは突拍子もなくて、今思い返せば出来の悪い映画のように何の因果もなく全てが消されていく。

  とはいえそれは全て夢なのだから、今日もまたいつもと変わらない毎日が始まるんだ。

  寝ぼけた頭ではそう思うことは許されたかもしれない。しかし意識が鮮明になるにつれてあらゆる事実が僕に現状を証明する。

  このベッドが僕のものでないことは、どんな言い訳をしても変えられない事実だ。これからの毎日に家族がいないことも、生まれ育った街がないことも、僕のあらゆる思い出の場所、物、人、全てがないことも。


「お目覚めですか?おはようございます」

「あ、ルルーさん。おはよう」

  僕がキッチンに行くとルルーさんが卵を焼いていた。

「朝食にしますので顔を洗ってきてくださいね」

「…うん」

「それではまた後ほど」

  僕は洗面所に行き顔を洗いダイニングに向かった。

「遠慮はいりませんからね」

  ルルーさんが机の上に料理を並べていく。

「好きなだけどうぞ」

「…食べ切れるかな」

「残しても怒りませんから」

  そうは言われてもせっかく作ってくれたものを残すのは忍びない。僕は用意してもらった朝食を食べきった。

「いい食べっぷりですね。見ていて気持ちがいいです」

「こんなに美味しい朝食を作ってくれて…ありがとう…ございます」

「あらあら。なんて素直で良い子なんでしょう。とても嬉しいです」

  僕が礼を言うとルルーさんは弾みながら片付けをし始めた。

「あの…僕も…手伝う」

「あなたは一体どこまでいい子なんでしょう」

「いや…当然のことだよ。ここまでお世話になってるんだから」

「子どもだったらそんなの気にしないですよ普通」

「だから…子ども扱いしないでよ…」

「いいえ、あなたはもう少し子どもでいないといけません」

「なにそれ…」

「とにかくもう少しわがままでいてもいいんです」

  そう言うとルルーさんはぐしぐしと僕の頭を撫でた。

「じゃあそうさせてもらうよ」

「ええいいですよ」

  僕は片付けにとりかかり始めた。

「あらあら」

「ルルーさんの手伝いをしたいっていうわがまま。だめ?」

「うふふ…もちろんいいですよ」

  僕はルルーさんと一緒に朝食の片付けをした。


「さあ今日は、街を案内しますよ」

「お願いします」

「それじゃあ行きましょう」

  朝食を食べ終えてしばらく休んだ後、僕たちは家を出て街の方に歩いた。

「まずは基本的なことからいきましょう。この街の名前はフリディリア。ジュダストロの中でも大規模な都市として栄える街で、緊急事態対策機関アンシェローが拠点として使わせてもらっています。広いですので迷子になったら再び合流するのは困難です。これを受け取ってください」

  ルルーさんは僕に機械を渡してきた。

「これは情報端末ノーフ。あなたの居場所を知らせたり私と遠く離れててもお話出来る優れものです。特別に差し上げますけど壊しちゃダメですよ」

「ありがとう」

「どういたしまして。まあ、それがあるからといってはぐれないようにしてくださいね」

  そう言うとルルーさんはぎゅっと僕の手を握ってきた。

「なっ!」

「恥ずかしがってるんですか?おマセさんですね」

「…ちょっとびっくりしただけ!」

「あらあら」

  僕は照れくささで顔を背けながらもルルーさんと街を歩いた。

「とりあえず主要な店だけ紹介しておきます。例えば食品を買いに行くようなところです」

  何軒か店をまわった。

「さて、こんなところでしょうか。もし1人で行くことになったら…ノーフのここを押してください」

  ルルーさんはノーフを起動するとそのうちのアイコンの1つをタッチした。

「はい、地図が起動します。あなたの現在地も出ますから迷わないでしょう。目的地設定もできますから困ったら家に戻るといいでしょう。家はもう登録してありますからね。…理解できましたか?」

「…うん」

「本当ですか?それなら話を進めてしまいます」

  …やればわかるよね。

「地図のここから先…商業地区は今のあなたには不要でしょうが強くなったらきっとお世話になる場所でしょう。場所だけでも覚えておいてください。それと…裏路地にはなるべく近寄らないでください。この街も広いのでスラムが存在します。いっくんはかわいいので何をされるかわかりませんよ」

「大丈夫でしょ…」

「いいえ。そんなことはありません。もし路地裏に滞在するようなことがあれば私が出動してしまうのであまり用もないのに立ち寄らないようにしてくださいね」

「わかった」

「まあこんなとこでしょう。そのノーフ、楽しい楽しいゲームなんかもできるので興味があったらやってみるといいですよ」

  …そんな気分じゃないけどね。

「それじゃあ美味しいものでも食べましょうか。何か食べたいものありますか?」

「…わかんない」

「それでは私の好きな物を一緒に食べましょうね」

「…うん」

 ルルーさんはにこにことしながら歩き始めた。


  ルルーさんに連れられてレストランにきた。

「ここのチーズオムライスが絶品なんです。いっくんもチーズオムライスにするべきだと思います」

「それじゃあ僕も…」

「チーズオムライスでいいですか?」

「美味しいんでしょ?」

「味の保証は絶対です」

「じゃあそれで」

「パンナさん。チーズオムライスを2つお願いします」

「はいよ。いつもありがとね。…そちらの子は…お子さんかい?意外だね」

「そうです。私のいっくんです」

「さらっと嘘つかないでよ…」

「そうだよねぇ。どう見ても年齢が合わないもんねぇ」

「まだ3歳なんです」

「どうみても3歳じゃないでしょっ!」

「ははっ。よくわかんないけど仲良さそうじゃないか」

「そうでしょう」

  ルルーさんは満足そうに笑った。

「あの…僕まだあんまりルルーさんについて知らなくて…」

「あらあら。情報収集をしようっていうんですね。賢いですね」

「ルルーはね、このお店の常連さ」

「……え、それだけ?」

「そうだねぇ…」

「情報は当然規制されているものですよ」

「手が早い…」

「まあ常連さんだからね。簡単に他言するなって言われてるのよ」

「パンナさんの口の硬さは名前と逆でとても信頼出来るものですから」

「褒めても何も出ないよ」

「褒めたの…?」

「はいチーズオムライスチーズ増量ね」

「出てるよ…」

「ここのチーズオムライスは絶品なんです」

「さっきもきいたよ…」

「食べてみてください」

「いただきます」

  僕はチーズオムライスを口に含んだ。

「これは…!」

「どうですか?」

「おいしいっ!おいしいよパンナさんっ!」

「お、うれしいねぇ」

「悔しいですけど私にはこの笑顔は引き出せませんでした…」

  そう言いながらルルーさんは苦笑する。

「食べ物であたしに勝てるわけないだろっ!」

「それはそうですが…。」

  肩を落とすルルーさんになんだか申し訳なくなってしまった。

「あ、気にしないでください。余計なことを言いました…」

「…ルルーさんと一緒に作ったご飯も…忘れられないよ…」

「……ありがとうございます」

「たんと食べな!今日はあたしのおごりだ!」

「いいんですか?」

「いっくんと出会った記念にね!」

「…いっくんと呼んでいいのは私だけですが?」

「別に許可も特許も関わってないよ…」

「じゃあ名前を教えておくれ」

「ジェイクです。よろしくおねがいします」

「あいよ!ジェイク!私はパンナ!この店フライオンともどもよろしくね!」

「たくさんチーズオムライス作ってあげてくださいね」

「一択なんだ…」


  満腹で重たい腹を抱えながら家に帰ってきた。

「どうでしたか?フリディリアは」

「いい街だね。…本当に」

「……ゆっくりしてくださいね。昨日はあんな風に言いましたけど、特訓も急かすことはしません。今はただ癒されてください」

「…うん」

「あなたの居場所はここです。強くなってもなれなくても、それは変わりません。だから頑張ろうと無理したり緊張したりしないでくださいね」

「…ありがとうルルーさん」

「…お姉ちゃんと呼んでもいいんですよ」

「遠慮させていただきます…」


「じゃあ私はお風呂に入ってきますね。……鍵はあけときますよ」

  ルルーさんが意味深なことを言い残して浴室に向かった。

「まあ…いかないけどね」

  浴室から時折呼び声のようなものが聞こえたけれど僕は無視してソファに横たわった。

「なんか…眠くなっちゃう…」

  柔らかいソファの感触に身を委ねていると力が抜けていく。気がつけば僕は眠ってしまった。

「あらあら、なかなか来ないと思ったら眠ってしまっていたんですね。眠ってしまっていては呼んでも来ないわけです。そうですか…眠ってしまいましたか…」

  ルルーさんが浴室から出てきたようだった。声が聞こえる程度には意識が戻ったが、どうせだからもう少し目を閉じておこう。

「ふぅ…悲しいですがやはり私には懐いてくれませんね。接し方がわからないのは確かですが私のアプローチにも問題があるかもしれません。どうしたらいいのでしょう…」

  ルルーさんはため息混じりにボヤいていた。

「アキラ…」

  ……誰のことだろう?

「いえ、こんな調子じゃいけませんね。いっくんに気に入って貰えるような何かを見つけて攻めていくしかないですか…」

  ルルーさんは頬を叩いて伸びをした。

「んーっ…そろそろ起こしましょうか」

  ルルーさんが僕の傍に来たようだ。

「いっくん、起きてください。お風呂に入らないと寝かせませんよ」

「うーん…おはよう…」

  既に起きていた僕だったがまるで今目覚めたかのように取り繕ってみせた。

「はいおはようございます。まだ朝じゃないですからお風呂に入ってくださいね」

「行ってきます」

「はい行ってらっしゃい」

  ルルーさんは何事も無かったように僕を送り出した。今日はその後も浴室にルルーさんが来ることはなかった。


「いいお湯でした」

  僕が部屋に戻ると今度はルルーさんがソファに眠っていた。

「あ…」

  僕は毛布を持ってきてルルーさんにかけてあげた。

「うぅ…」

  ルルーさんはなんだかうなされていた。

「どうして…」

  閉じた瞳からすっと涙が伝うのを僕は見なかったことにして寝床に入った。


「ジェイク…ジェイク…」

  誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。

「ああジェイク…私の…かわいい…」

  声の主は酷く弱った掠れた声で僕を呼び続ける。

「こちらへおいで…あなたもおいで…」

「ジェイクぅ…遊ぼうよぅ…」

「ジェイク…こっちだよ…」

「ずるいよ…生きたいよ…」

「痛い…熱い……冷たい…」

「ボクはドコ…?」

  あらゆる方向、距離から声が聞こえる。その声に応えることも、声の主を見ることも叶わない。ただぷかぷかと浮かんだ僕はその声を聞くことだけしかできない。

「ジェイク…諦めなさい…あなたは1人なのです…」

「こっち来ればみんな一緒…みんな…一緒なんだよ…」

「ちょっと高いところに行けば…ほら、もう簡単…」

  僕の身体はやっと動くようになっていた。

「こっちこっち…」

  青白く光る子どもが僕を先導して歩く。僕はその子どもについていった。暗い暗い道を。

「その調子…その調子…」

  子どもの光がより強くなっていく。

「ほうら…飛び込んでごらん…」

  子どもの身体が少し高く上がった。僕は子どもの身体に飛びつこうと高くジャンプした。

「何をしてるのですかっ!!」

  僕はルルーさんに抱き抱えられていた。なんだか肌寒い。

「あれ…?ルルーさん…?」

「……部屋に戻ってください」

「ここは…部屋じゃなかったの?」

「…寝惚けていたんですか?」

「寝てたみたい…です…」

「本当に自分で来たわけじゃないんですね?」

「…はい…」

「…下をご覧ください」

  僕は言われるがまま下を見た。

「うわぁっ!」

  それは吸い込まれそうなほどの高さだった。僕はどうやら建物の屋上に来てしまっていたらしい…。

「おろして…」

「…その様子では本当に…身を捨てに来たわけではないんですね」

「怖いから…」

「いえ、離しません。このまま連れていきますよ」

  僕はルルーさんに抱えられて部屋に戻った。

「寝相が悪いなんてものじゃありませんよ。部屋からふらふらと抜け出すあなたに気がつけなければ、あなたは死んでいたのかもしれないのですよ」

「…ごめんなさい」

「…ごめんで済めば命をいくつ用意すればよいのでしょうか」

「………」

「…ごめんなさい。あなたは眠っていただけですものね…私も言いすぎました。泣かないでください」

「………」

「……寝ましょうか」

「………」

「…おやすみなさい」

  ルルーさんは悲しそうな顔をして部屋を出ていった。僕はわかっていたけれど言葉が出なかった。出せなかった。


  ルルーさんがいなければ僕は多分死んでいた。あの夢が関係している…?わからない。でも本当にみんなが僕をうらんでいるかもしれない。或いは…一緒になりたがっているのかもしれない。僕だって…1人になりたくはなかった…。みんながいないなら…諦めてもいいのかもしれない…。

  …いや、だからこそじゃないのか?僕は生き残ってしまった。それは本当に偶然のことで、本当なら僕も死んでいたんだ。だからやっぱり死にますなんて、そんなことはむしろ冒涜的ではないか。たまたま授かった命なのだから、みんなの分も生きるべきじゃないか。ネガティヴになっているから後ろ髪を引かれるのだ。

  …決めた。僕は、図々しくなってやる。生きててごめんなさいなんて思っていた。なんで僕がって思ってた。だけどそれはかえって思い上がっていたんだ。とんだ上から目線だったんだ。謙虚に生きるってことは、一生懸命この命を使わせてもらうことだったんだ。

  ルルーさん、僕は強くなりたいです。せめてみんなのために、あいつの首だけでも落としてやりたいんです。…明日ちゃんと謝って伝えよう。


「おはようございます」

「あらあらいっくん。おはようございます。はやいですね」

「…昨日は迷惑かけてごめんなさい」

「いいんですよ。施錠を怠った私が悪いんです」

「実は…夢で街の子どもに導かれて…」

「…詳しく聞かせてください」

「街のみんながね…僕に話しかけるんだ。こっちにこいって、お前はひとりだって。それから青白く光る子どもがこっちだって僕を先導したら…あそこにいたんだ」

「……どうやらあなたは、狙われているようですね」

「え?」

「ウィスプ…のようなものです。わかりますか?」

「えっと…」

「死者の魂が生者を惑わし危険に誘うような存在です。しかし、あなたを狙っているのはあなたの街の住人の魂ではないでしょう」

「だって僕を呼んでたよ?」

「あなたの弱った命を狙っているのです。それは巧みにあなたのココロのスキマを突いてくるのです」

「そもそもそんなの…幽霊みたいなもんじゃ…」

「その通りです」

「子どもだましだよ」

「いいえ、そう言ってられない理由ができました」

「それは…?」

「魔法生物の出現です」

「確かに…鷹のようなライオンなんて…今まで聞いた事なかった…」

「いいえ、本当は聞いたことがあるはずです」

「…でもそれは…」

「子どもだまし…まさにその通りです。物語の中の存在ですから」

「じゃあ本当に…いるんだ」

「おそらくは。そしてあなたは狙われてしまっているのです」

「……」

「大丈夫。あなたは私が守ります。これからは片時も私から離しません」

「……あのっ!」

「なんですか?今までもだいたい離してくれなかったことは言わないように…」

「いや、そうじゃなくて…僕に…やらせてくれませんか?」

「…何をですか?」

「ウィスプの…討伐をです」

「……どうやってですか?」

「その…強くなって…」

「その意志は認めます。しかしもう狙われてしまっている以上今のあなたでは太刀打ちできないでしょう」

「う…」

「ですから…今回は私の討伐を見てください。そこから学べることもあるはずです。もちろん襲撃までにも修行はしてあげます」

「ありがとうございます!」

「しかし身の安全が第一です。危なくなったらすぐに逃げてくださいね」

「わかった!」

「ウィスプに有効な対策を調べなければなりませんね。アンシェローに向かいます」

「僕も行っていいの?」

「言ったはずです。片時も私から離さないと」

「…うん!」


  ウィスプに命を狙われてしまった僕はルルーさんに守ってもらいながら強くなることにした。僕の大切な人たちを貶めたことは絶対に許せない。僕はここから強くなり、本当の仇を倒すんだ。

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