第21話 裁判
「――さて、改めて聞かせてもらおうか。まずは……そうだな。何故、お前らは我が弟を亡き者にしようとした?」
暁斗は藤色の
しかし、露草色の双眸はにこりとも笑っていなかった。
今回の事件では、実行犯が鬼柳一族の鬼だったからだろうか。英泉が口を挟む様子は砂粒ほどにもなく、普段の豪快に笑う姿からは到底想像できないほどの凍てついた眼差しを、
大広間に、痛いほどの沈黙が満ちる。誰もが息を潜め、事の成り行きを見守っているみたいだ。
「答えるつもりはない、か……そうだなぁ……ならば、また爪を剝がすか? 首謀者が誰なのか、口を割らせるために何枚か剝がしたが、まだ残っているだろう? それとも、今度は指の骨を折ってやろうか? 好きな方を選ばせてやるぞ」
暁斗の口振りから察するに、上座で跪かせられている鬼たちの中に首謀者もいるらしい。
暁斗の発言を受けるや否や、一人の男鬼が弾かれたように顔を上げた。
「おい!? お前らが、俺を裏切ったのか!? よくも――」
「――俺の質問に答えず、好きに発言していいと、誰が許可した?」
首謀者らしき男鬼を、暁斗が氷のごとく冷ややかな瞳で
暁斗はもう一度薄く微笑むと、そっと小首を傾げた。
「それで? 理由は? 答えられないようなら……そんな喉、いらないよな?」
喉を潰すつもりなのか、喉笛を切り裂くつもりなのか。
先程から暁斗の言葉は物騒だが、鬼社会においては掟に反した者にこのくらいの報いを受けさせるのは普通のことだ。おそらく、見せしめの意味合いもあるのだろう。
でも、それでも拷問どころか殺害すら仄めかす発言に、恐怖を覚えるのは生き物として当然だ。
表情を引きつらせたり、咄嗟に目を背ける鬼もいる。特に、女鬼はそういった反応を示す者が多い。
だが、みことは特に顔色を変えず、相変わらず上座の男鬼たちをじっと凝視している。
肝が据わっているのか――あるいは幸斗同様、みこともまたどこか感覚が麻痺しているのかもしれない。
「それで……答えるつもりはあるのか? ないのか?」
「と……
「――誰が、そんなことを頼んだ?」
暁斗の全身から
しかし、みことを物のように考えていることが透けて見える返答に、幸斗も暁斗に負けず劣らず憤りに駆られた。
(献上……? みことは、戦利品か何かか?)
実際、鬼の歴史の中では、殺し合いの勝利を制した男鬼が桃娘と婚姻を結ぶ権利を得られたという時代もあったらしい。
でも、今は戦乱の世でも、命の奪い合いが易々と見逃される時代でもない。明らかに、現代の鬼社会の掟に背いた思想だ。
「当代の桃娘――
「ついでに、刀眞に喧嘩を売ったも同然だよなぁ。なんせ、あいつもあの二人の結婚の保証人なんだからよ」
口を
「なんだ……てめぇら、まだ殴られ足りねぇのか? もう、うちの娘に充分殴られたと思ったんだが……馬鹿は痛い目見ねぇと分からないっていうが、てめぇらは学習能力をどっかに捨ててきたのか?」
幸斗たちの近くに腰を下ろしていた、漆黒の着物に
十中八九、鬼頭と鬼柳、どちらかの当主が許可を出せば、今すぐにでも殴りかかりかねない刀眞へと振り向いたみことが、呆れたように口を開いた。
「……お父さん。話が脱線するから、いちいち反応しないの」
「売られた喧嘩はちゃんと買ってやらなきゃ、可哀想だろ」
「なら、せめて後にして。今は駄目」
「はいはい」
みことは注意しているようで、その実、父親を本気で止める気はないみたいだ。この裁判が終わった後ならば、何をしようと構わないと口にしたも同然だ。
幸斗としても、殴られる程度で済むなら、安いものだと思う。
鬼の一族と関わっていると皆、程度の差こそあれども冷酷さが備わるものなのだろうか。もしくは、そうでもしなければ生きていけないのだろうか。
そんなことを幸斗が考えていたら、後ろ手に縛られた一人の男鬼が怯えつつも声を上げた。
「し、しかし……! 暁斗様の立場を盤石なものとするためには、桃娘との結婚は不可欠かと……! 当代の結婚適齢期の女鬼は、たったの二人しかいない上、一人は鬼頭本家に嫁いでしまわれたのですから……!」
確かに、現在、結婚適齢期の女鬼は
しかも二人とも、暁斗の
そうなると、暁斗が結婚できる相手は、血の繋がりがなく、尚且つ桃娘であるみことか、鬼という存在に理解を示し、その社会で伴侶として生き抜く覚悟を持つ人間の女性の二者択一だ。
後者を見つけ出してくるのは、冬城一族の縁者を辿ったりすれば、それほど困難ではない。実際、鬼の一族や冬城家の屋敷に使用人として勤める女性は、そうやって集められた人間の女性たちだ。
だが、後者と婚姻を結んだ場合、たとえ子供を授かったとしても、鬼の血が薄まる可能性が極めて高い。
だからこそ、鬼柳本家の当主たる暁斗の花嫁に、みことを迎え入れたかったのだろう。
「ああ、そうだな。そういう話もあって、一度見合いの場を設けたが、結果は見ての通りだ。互いに、結婚の相手にと望まなかった。それなのに、何故俺の許しもなく余計な真似をする?」
「な……っ! 余計なことではないでしょう! 貴方様はご自分の立場を理解しておられるのですか!?」
あの男鬼の言い分を認めるのは癪だが、鬼柳本家の当主が自らの立場を盤石のものとするため、確実に鬼の血がより濃い子を産むことが約束されている桃娘との結婚を望むのは、理に
だから実際、みことが十七歳になった年の秋の終わり頃に、二人は見合いをしている。
しかし暁斗の言う通り、二人の婚約は成立しなかった。
そもそも、みことは角を立てないためだけに形だけ見合いの席に参加し、父親である刀眞もその旨を了承していたのだ。
その上、暁斗の方から後日、丁重に断りの返事を寄越してきたのだから、たとえどれだけ惜しく感じても、それ以上外野が騒ぐことではない。
「ああ、俺なりに理解してるつもりだ」
「それなら、何故……!」
「人に相性というものがあるように、鬼にも相性があるというだけの話だ。それを無視して、自分のことだけ考え、欲望を優先した結果、どうなるのか……俺たちの親が充分証明しただろう?」
暁斗がそう口にした途端、大広間に確かな緊張が走った。
でも、暁斗は構わずに言葉を続ける。
「それに、先程俺に鬼柳の当主の自覚を問うたが……貴様らは、既に桃娘を
頬杖をつくのをやめた暁斗は懐から扇子を取り出し、それで薄く形の良い唇を隠した。白地の扇子には、見事な藤の花が描かれていた。
「桃娘は生涯、たった一人の男鬼を愛し抜く。他の鬼に強引にあてがえば、瞬く間に命を落とす……それは、過去の桃娘が証明している。もし、貴様らの企みが実現していれば最悪、当代で桃娘の存在が絶えた可能性もあったんだぞ。どう弁明するつもりだ?」
確かに、幸斗たちが既に夫婦の契りを交わしていた場合、事件の首謀者たちの計画が実現していたら、より濃い鬼の血を引く子どころか、次代の桃娘が産み落とすことなく、みことの命が失われていたのかもしれない。
つまり、仮に襲撃者たちの思惑通りに事が進んでいたら、幸斗の死が確定しただけではなく、ただでさえ短命のみことがもっと早く死に至る可能性も
そっと横目に窺うと、刀眞がぎりっと奥歯を食いしばっていた。暁斗の発言のせいで、色々な意味で腹が立ったに違いない。
みことはといえば、父親とは違って至って冷静で、冷めた目で上座を眺めている。
「鬼柳本家の血を引く男鬼を殺そうとしただけでは飽き足らず、希少な桃娘まで
音を立てて扇子が閉じられると、暁斗の唇に刻まれた
「せめて、事を起こすのであれば、桃娘が嫁ぐ前にするべきだったな。鬼頭刀眞が娘の婚約者を決めなかったから、悠長に構えてたのかもしれないが……それにしても、あまりにもお粗末で
暁斗は扇子を懐にしまいながらゆっくりと腰を上げるなり、一人の男鬼の元へと歩み寄った。そして、その男鬼の前髪を掴み上げ、下を向いていた顔を上げさせる。
「しかも、桃娘を守ろうと必死に戦った女鬼を複数人の男鬼で暴行するとは……貴様、仮にも元は自分の嫁だった女鬼によくもそんな惨たらしい真似ができたな?」
――顔の形が変わるほどの暴行を受けた瑠璃は、かつて夫だった男鬼にも痛めつけられたのか。
その言葉が鼓膜を揺さぶった途端、幸斗の隣に座っているみことが殺気立つのが分かった。瞳孔がきゅっと細くなり、膝の上に置いていた手をきつく握り締めている。
「まあ、桃娘に鼻と手首の骨を折られて、少しは目が覚めただろ」
みことが真っ先に攻撃を仕掛けて
自分がとっくに瑠璃のために一矢報いていたのだと気づいたらしいみことは、静かに立ち上らせていた殺気を鎮め、再び目の前の状況を静観し始めた。
「さて……本来ならば、力で男鬼に
~~~
次回更新は今日の18時です
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます