第4話 お祓い、できません①

 伯父は、肉じゃがを突きながら視線を彷徨わせた。


「そんな物、うちにあったかなぁ」

「あらやだ。まだそんな不気味な物、家に残ってた? ざっと蔵を見て、売れそうな物は、全部骨董屋に売ったと思ったのにねぇ」

「依子ちゃんが生まれる前に、親父が死んだから、知らんだろうけどね。実は骨董品の他に、おかしな物を蒐集コレクションするくせがあってな。お袋が気味悪がっていたよ」

「そうそう。アフリカのどこかの部族のお面とか、気味の悪い外国の人形とかねぇ。ほとんどお義母さんが、捨てたと思ったんだけど……残ってたのかしら?」


 あんなに分かりやすく、二階に置いてあったのに、二人共見覚えがないだなんて、と依子は疑問に思った。彼女には、幼い頃親戚の子供達と、本家の蔵で遊んだ記憶が、ぼんやりと残っている。 

 祖母は、蔵で子供達が遊ぶのをよしとしていなかった。もちろん、怪我をするから危ないと言う理由もあるだろう。

 依子が大人になってから、元は四人兄弟だったと父親から聞いた。本当は次男にあたる人が、戦地に行って死んだと聞いていたので、てっきり亡き息子の、遺品があるのかと思っていた。

 しかし伯父の言う通り、不気味な物が置いてあったからだろうか。

 ともかく、この二人は百鬼の事については全く知らない様子だったので、彼の事を聞き出すのは難しそうだ。


「そ、そうなんですね」

「そんな気味の悪い物、開けちゃ駄目よ。ゴミとして纏めておいてちょうだい。木箱なら、一緒に庭で燃やせるから」


 すでに開けてしまった依子には、今まさに災難が降り掛かっている。乾いた笑いが出て来たが、不意に天井からニュッと百鬼の顔が飛び出して来て、小さく悲鳴を上げると、お箸を落としてしまった。


「はぁー! ようやくお腹一杯になりました。ただいま、依子さん」

「っ……!」

「どうしたんだ、依子ちゃん? 虫でもいたのかい」

「な、なんでもないです……伯父さん。虫かなと思ったら……違いました」


 ふわりと、畳に降りてきた百鬼に気付く様子もない。完全にこの二人には、百鬼が、視えていないのだろう。

 と言う事は、完全に彼がこの場所に存在していないという、演技をしなくてはいけなくなる。


「おや。依子さんはまだお食事中ですねぇ。どうぞごゆっくり。甘味などもお食べになられて下さい。甘味と言えば、そう! このお屋敷にも、小粒のあやかしがおりますでしょう? 屋敷をパキパキと鳴らす小鬼の類。あれは良い甘味になるのですよ」


 百鬼は、視えないふりをする依子の苦労も知らずに、空中でふよふよと浮いていた。

 ここに来るまでに見付けてきたであろう、小鬼をつまみながら口に入れる。


「…………」

「んふふふ。知らないふりをしても、依子さんも視えているはず。んーー! これは邪気を吸って、まろやかですねぇ」


 屋敷をパキパキと鳴らす小鬼。

 世間で言うところの家鳴りという現象だ。

 住宅に使われる木材が、温度差によって軋む音だが、昔の人はそれを、妖怪の仕業しわざだと思っていたのだ。

 しかし、子供の頃から視えない物が視えていた依子に言わせれば、小人のような小鬼が走り回っているという怪異だ。

 それを話すと、周囲の人間に気味悪がられてしまう事を知ってから、彼女は従姉妹にしか視えた物を話さなかった。

 多少なりとも霊感がある、と思っているのは依子本人だけで、従姉妹に言わせればあやかしの類まで視られるのだから、かなり強いのだと言う。


「〜〜〜〜っ!」

「あら、依子ちゃんもういいの? もしかしてダイエット中だった」

「い、いえ、ちょっとお片付けを頑張り過ぎちゃって、疲れたみたいです。伯母さん、残りは、朝に頂いても良いかしら?」

「もちろん、いいわよ。お風呂沸かしておくから、早めに寝なさいね」


 とんでもない出来事が起きて、依子は日常に戻ろうと平静を装ったが、百鬼が存在しているという事が、やっぱり紛れもない事実だと思うと、頭がパンクしてしまい、食欲が失せてしまった。

 しかし彼は、依子が今まで対面してきた幽霊らしき物や、あやかしの存在とは異なる。


(嫌だわ。妄想なんかじゃない。だって、あまりにも人間味があるんですもの。人間味というか、行動は異形なのだけれど……リアル感?)


 伯母にお辞儀して、大きな屋敷の渡り廊下を歩くと、背後から百鬼がついて来る。


「依子さんは、少食ですねぇ。しかし呪物を処分するなど笑止しょうし。すでに時は遅し。私はこうして、愛する依子さんに憑いておりますから。しかしあの人、ポンコツな奥方様でしたが、料理は美味しそうでしたよ」

「ちょっと、五分で良いから黙ってくれない?」


 依子は振り返ると、自分の額に指を当てながら百鬼を制した。ふしぎの国のアリスの、チェシャ猫のような口元の百鬼は、ぐっと口を閉じると、ヘの字に曲げている。

 彼女の言い付け通り、話さずに後を追うがやがて、我慢できずにぷるぷると体を震わせて、大きく息を吐いた。


「ぷは! 長い間、木箱で眠っていたので我慢できません。ですが、依子さんが静かにして欲しい時は黙ります」

「そ、そう。まさかお風呂の時はついて来ないわよね……?」

「もちろんです。お留守番しておきますよ。ああ、でも風呂場にあやかしが出ればお呼び下さい」


 風呂場に出るあやかしと言えば、妖怪あかなめである。真夜中に、風呂場のアカをこっそり食べる妖怪だが、そんな物は当然、依子も視た事がない。


「分かったわ。それじゃあ、お留守番しておいてね」


 百鬼は嬉しそうに返事をした。

 ともかくあまり彼を刺激しないようにして、依子は彼を落ち着かせると、ある事を考えていた。


(楓ちゃんに相談しなくちゃ。彼女なら祓えるかもしれないし)

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