第18話 徹夜で描いてたんだろうな

 つゆりの家に行った翌朝のこと、市田明日が久々に新作をアップした。

 普段は一枚絵ばかりの彼女には珍しく、全四枚の漫画形式である。モノクロとはいえ、描き上げるには相当の時間がかかるであろうことは想像に難くない。

 ざっくり言うと、高校生カップルがお互いの制服を交換して女装男装でイチャイチャする話である。

 投稿時間が4時21分という中途半端な時間であることから考えて、徹夜で描いたのだろう。寝不足ゆえか、つゆりは朝の電車内でもずっと寝っぱなしだった。


 つゆりを2年3組まで送り届けてから、自分の教室へ向かうと、ザキと航基が市田明日の新作の話をしていた。

「棚倉殿も見たでありますか? 市田明日先生の新作を!」

「ああ見たよ。カップルがお互いの制服を交換する漫画だろ?」

 まさかあれが、僕とつゆりの実話だなんて言えやしない。できることなら、墓場まで持っていきたいくらいだ。

「羨ましいであります。小生もあのような目に遭いたいであります!」

「ザキは似合うような顔してへんから無理やろ。朔みたいにかわいい顔しとるんやったら別やけど」

「なぜそこで僕の方を見るんだ」

 漫画のモデルだとバレるような気がして、目を逸らす。

「そう言えば、棚倉殿もツイートしてましたよね。万一彼女ができたら女装してやるとか。あの約束はいつ守るんでありますか?」

「1000RT来たら女装するっていうんも、履行してへんやんな」

 その二つの約束に関しては、昨日つゆりに強制履行させられたわけだが、それを明かせば「写真を見せろ」と言われて、市田明日のイラストとの一致を気付かれてしまいそうな気がして、結局僕は言い出せなかった。

 そして、あれよあれよという間に、もう一度女装させられることが決定したのである。

「今度の日曜の予定はこれで決まりでありますね」

「勝手に決めるなよ」

「確固とした反論材料を用意できひん朔が悪い。例えばもう既に女装したから約束は守っとうとかそういうの」

 航基が淡々とそう言ったので、僕は聞いてみる。

「じゃあ、もし僕がもう女装していたとしたら?」

「一度やっとうなら、ある程度感覚掴めとうから、好都合やなって思うだけや」

「結局どっちみち女装させられるんじゃないか!」

「というわけで、いち……笠置先輩によろしくな。俺らは女物の服用意できへんし」

 航基のヤツ、一瞬市田って言いかけなかったか? 市田明日の中身がつゆりだって気付いてる? 怖いので聞かなかったことにする。


 昼休み、2年3組の教室に迎えに行くと、つゆりは授業が終わったのにも気づかず、机に突っ伏して寝ていた。教室外から呼びかけても起きまいし、かと言って他人を介するのも煩わしいので、直接起こしに行く。

 教室に入ると、多くの視線を感じた。

「ねえ、あの子って」「笠置さんの彼氏くんだ!」

 ひそひそ話をしているのが聞こえてくる。

 できるだけ平静を装ってはいるが、居心地が悪い。小学生の頃みたいに他の教室に入ったからといって咎められることはないものの、なんとなく後ろめたさを感じる。

 つゆりの席まで行くと、前の席の女生徒が「どうぞ、ごゆっくり~」と言って席を立った。気を利かせて譲ってくれたみたいだが、正直ありがた迷惑というやつである。

「おい、つゆり。起きろ」

 肩をゆすぶってみるが、つゆりは「む~ん」と鳴き声みたいなものをあげるばかりで、全然起きる気配がない。

 仕方ないので、耳にかかった髪の毛をさらりとはらって、そっと口を近づける。そして、声を少し小さくして、もう一度言った。

「つゆり、もう昼休みだぞ。いい加減起きろ」

 さすがのつゆりでも耳元で囁かれたら起きるだろう。そう思ってやってみたのだが、案の定効果があった。

 つゆりは「ひゃうっっ‼」とかわいく一声鳴いて跳ね起きたのである。

「さささ朔くんっ、いいい、いつの間に‼」

 机の上に腕を組んで突っ伏していただけあって、おでこは赤く、前髪も乱れている。目は開ききっておらず、口の端からは涎が垂れるなど、「ザ・寝起き」って感じだ。

 ふと机の上を見ると、小さな水たまりができていた。てか、授業中だったのに、教科書もノートも出してないんかい。出してたら出してたでビショビショになってそうだが。

「ちゃんと拭いとけよ」

 そう僕が言ったところ、セーラー服の袖で拭こうとしはじめたので、慌ててティッシュを渡す。いや、気持ちはわかるけどさ。

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