僕はベガに恋をした

マスク3枚重ね

僕はベガに恋をした

僕は今日も星を眺める。夜空に浮かぶ星々を見るのは僕にとっての大切な時間だ。この時だけは嫌な事を全て忘れ、自分は孤独では無いとそう思えた。

僕の両親は交通事故で死に兄弟も親戚もいない僕は施設に入った。僕はたぶん寂しかったんだ。施設の人達は良い人達だが、心の真ん中に空いた穴は埋まらない。だが、夜中に施設を抜け出し、施設長のタバコを持ち出す。裏手の山で星を眺めながらタバコを燻らせている間、不思議と心に空いた穴が塞がっているような錯覚を覚えた。

「お!流れ星…」星空に一筋の光が流れていき消える。何か願い事でも言ってみるか?子供じみているだろうか?どうせ1人、誰も聞いてはいない。

「えーと、何かいい事ありますように」何も起こらない。当たり前だが、流れ星はとうに消えている。夜中の小さな山の上で梟が鳴く。

「アホくさ…」タバコを足元に落とし、踏み付ける。その瞬間だった。流れ星がもう一筋流れる。いや、正確には真上で止まる。流れ星が突然止まり、滞空したのだ。

「は?」その言葉で星が物凄い速さで堕ちてくる。眩い閃光が当たりを照らし、何も見えなくなる。僕は叫び声を上げたと思う。衝撃が来ると思い身体を丸めるが、何も起きない。目を開けると閃光も消え、いつもの静かな裏山に戻っていた。

「何だ今の…UFOか?」立ち上がり、当たりを見るが何の変化もない。

「こんばんは。良い夜ですね」突然、後ろから話しかけられ、飛び上がる。振り返ると女が立っている。黒く長い髪は後ろで縛り、顔は恐ろしい程に美しく妖艶だ。彼女は微笑みこちらを見ていた。

「突然話しかけんなよ…お化けかなんかか?」彼女はキョトンとした後に笑う。

「違いますよ。私も星を見ていたんです。貴方もいつも、ここに見に来られているでしょ?」

「何だよ…他にも居たのかよ…」僕は咄嗟に足元の鞄と吸殻を足で隠そうとする。

「タバコはまだ早いんじゃないですか?」彼女は僕がタバコを吸っていることも知っているようだ。

「何だ?説教でもすんのかよ?」

「そんな事はしませんよ?ただ若いうちにタバコはあまり良くないですから、長生き出来ないんじゃないかなーと」彼女は微笑みながら星を見る。

「別に構わないよ。長生きに興味はねーさ」箱からもう一本タバコを出し火をつけ、僕も星を眺める。

「あんたもさっきの星、見たか?」

「星ですか?何の星です?」

「いや、見てないならいい…」しばらく2人は無言で星を眺め、僕は帰ると彼女に告げ施設に帰った。

正直、彼女は普通ではないと思ったが、そんな事はどうでもよかった。


次の日も夜中に裏山に行くと、彼女は大きな木の根に体育座りをし、既に星を眺めている。

「何だよ…今日も居んのかよ」彼女が振り返り、少し眉根を寄せる。

「いて悪いですか?」

「別に悪くはねぇけど…」僕は立ったままタバコを取り出し火をつける。そして紫煙を吐く。

「また吸ってますね」彼女が僕を睨む。

「いいだろ別に、煙が嫌ならどっか消えろ」

「嫌です」僕はわざとらしく彼女に向かい煙を吐く。ケホケホと彼女は咳をするが動こうとはしない。僕は心の中で舌打ちをする。

「貴方は何でここで星を見ているのですか?」彼女は空を見たまま聞いてくる。

「別に、ただ見たいからだよ」僕が素っ気なく答えると「そうですか」と彼女が微笑む。

「お前はどうしてここに居んだよ?」今度は僕が質問すると彼女は「うーん」と考え答える。

「多分、自分の運命を変えたいから?ですかね?」

「何だそれ。よくわかんねー」タバコの灰を落とす。また2人は無言で星を眺める。何本か吸ってタバコを鞄にしまい、今日は何も言わずに帰った。


次の日も彼女は居た。昨日と変わらずに同じ姿勢で星を眺めている。

「こんばんは。今日は少し冷えるね」僕は彼女を無視し、タバコを咥え火をつける。

「無視は良くないなー冷たいなー」彼女はこちらを向き、頬を膨らます。

「敬語はどこいった?」僕は彼女を睨む。

「もう仲良くなったからいいでしょ?」彼女がニコリと笑う。

「なってねぇーよ」紫煙を夜に溶かす。

「そんな事ないよ。毎日一緒に星を何時間も見てるんだもの、もう友達でしょ?」

「友達じゃねー」少し強く言う。星はいつも通り瞬き、美しく煌めく。

「お前は何処から来てるんだ?この辺、施設以外何もねーだろ?」

「遠くからだよ…」彼女が空を眺めたまま目を細める。

「何でわざわざこんな所まで来て、星見てんだよ」タバコを落とし踏み消す。

「君に会いたいから」彼女が自分の膝に頬を当て、薄く笑いこちらを見つめる。正直、ドキリとする。

「そういうのはもっと大事なヤツに言ってやれ」僕は顔を背ける。

「友達は大事でしょ?」

「そういう意味じゃねーよ!恋人とかにだよ」彼女が「あぁ…」と言いまた空を眺める。

「恋人か…私、結婚してるんだよね…」驚き振り返る。

「お前いくつだよ!?俺と同い年位だと思ったわ!」彼女がえへへと笑いはぐらかす。

「でも、お父さんが決めた結婚だったから、正直あまり良い訳では無いんだよね…年に1回しか会わないし…」彼女は石ころを摘み投げる。

「今どきそんな事もあんだな。親に結婚相手決められるっていい所のお嬢様かよ、お前」

「以外にいい所のお嬢様なんです!」えへんと豊満な胸を張る。

「何だ。正直お前の事、幽霊か宇宙人かと思ってたよ」

「えー!?何でそう思ったのー?ひどーい!てか、君も良く冷静に話せたね…」

「こんな山の上で突然現れたら、誰だって勘違いするさ。それにあの日、星が堕ちた様に見えた」

「何それ?オカルトみたいな話?」彼女は胡散臭いというような顔をする。

「お前が知らないなら勘違いだったみたいだな」タバコを揉み消し、ライターとタバコをカバンにしまい「今日はこれで帰るわ」と歩き出す。後ろから「また明日ねー」と彼女の声が帰ってくる。僕は少し笑顔になる。


次の日もその次の日も、彼女は僕よりも先に来て星を眺めている。僕は次第に彼女に会うのが楽しみになっていた。彼女は美しく、表情がコロコロ変わり、話していて楽しい。

僕は彼女に心を許していたのだと思う。両親が事故で死んだ事、心に空いた穴が、星を眺めている間は忘れられる事を話した。僕は初めての恋をしていた。

「なぁ名前、何ていうんだ?」タバコに火を着けながら聞く。

「名前?織だよ」

「しき…織か。変わった名前だな」

「いい名前でしょ?」ニコリと笑う。

「いい名前かはしらねーが、お前らしいな」僕はニヤリと笑う。

「それ絶対、いい意味じゃないよね?」織が眉根をよせ頬を膨らます。

「いい意味だよ。前も思ったけど怒ると頬膨らますの面白いな」僕はまたニヤリと笑う。

「もう!バカにして!」彼女が立ち上がりポカポカ殴って来る。全く痛くは無い。

「ごめんごめん。気にしたなら謝るよ」

「許さないんだから!」ふんとそっぽを向いてしまう。

「ごめんて、怒んなよー」彼女がチラリとこちらを見て言う。

「じゃぁ1つお願いを聞いてくれるかな?」

「何だよ?」織が顔を寄せ、耳元で囁く。

「キスして…」心臓が大きく高鳴る。ドッドッと音を立て、脈打つ。喉が渇く。そのまま動けないでいると織は眉根を落とし離れる。

「冗談だよ。びっくりした?」

「おま…やめろよ…既婚者だろ?それに未成年に手出したら捕まるぞ?」

「面倒な時代よね?」うふふと笑い、いつもの場所に腰を下ろし、また空を見上げる。彼女は美しかった。さっきキスをしていたらどうなっていたのだろう。僕は動けなかった事を後悔する。


次の日、僕はタバコをポケットに突っ込み施設を抜け出し、いつもの場所に向かう。

「こんばんは」織がいつもの様に挨拶をする。僕も「おう」と挨拶をする。

「今日は鞄、持ってこなかったんだね」僕はドキリとする。

「あ?ああ、まーな」木に寄り掛かり、タバコに火をつける。

「君は両親に会いたい?」織が空に上がる紫煙を見ながら聞いてくる。

「どうだろうなぁ両親が死んで随分経つから、会っても何話していいか分からないかもな」織は「そっか」と言い黙る。

「織は今、幸せか?」僕は何ともなしに聞く。

「うーん、どうだろ?君と話してる時は幸せだよ?」 おいおい、こいつは何でいつもこうなんだ。

「お前さーそういうの良くないぞ?男はそんな風に言われっと勘違いすんだ」織が立ち上がり、こちらに寄ってくる。

「な、何だよ?」織が僕のすぐ目の前に立ち、目を見つめてくる。

「いいよ?」

「え?何が?」僕は顔が熱くなる。

「いいんだよ?勘違いじゃないと思う」

「何言ってだよ…やめろよ」僕は目をそらす。

「私、君の事好きだよ?」

「おいおい…冗談はよせよ…」

「私の目を見て」織の目を見ると彼女はまっすぐと僕の目を見つめている。冗談ではないと分かる。

「嫌じゃなければ、動かないでね」織が顔を寄せて来る。僕は動けない。いや、動きたくなかった。

織は目をつぶり、僕も目をつぶった。唇に柔らかい感触が伝わり、熱を感じる。自然と彼女の背に手を回し、彼女も僕の腰に手を回していた。彼女の鼓動が伝わってくる。温かい。

空の幾万の星が瞬き、綺麗な天の川が流れる様に2人だけの時間が過ぎていく。


「明日は七夕だね?」

「そうだったな…」

「明日もここで会える?」

「いつも通り会えるさ」

「約束だよ?」

「約束だ」


次の日いつも通り、僕は施設長の部屋でタバコを盗みに入ると施設長に見つかってしまう。何時間も説教をくらい、自室に閉じ込められた。僕は今日、彼女に会うことは出来なかった。


次の日の夜中、タバコは盗まずに彼女の元まで向かった。だが彼女は来ていなかった。次の日もその次の日も彼女は来なかった。僕はまた一人ぼっちになってしまった。



何年か立ち、僕は施設を出ないと行けなくなった。20歳になった僕はもうここには居られないらしい。最後の日の夜中、僕は自分で買ったタバコと鞄を持ち裏山へ向かう。あれからも毎日あの場所に登ったが彼女は来る事はなかった。不思議と曇っている日や雨の日はなかった。今日も星が良く見える。タバコに火をつけ、紫煙を夜空に吐くと星々は一瞬曇り、そしてすぐに晴れる。タバコを消し、鞄を開ける。中からロープを取り出し、織が座っていた木の根に立ち、枝に結ぶ。そして自分の首にかける。

「織のお陰で随分たっちまったな…こんな思いをするなら、最初から会わなければ良かったよ」タバコの最後の1本に火をつけ、紫煙を吐く。

「死んだら両親に会えっかなぁ織は生きてて欲しいから、会いたくねーな」ハハと小さく笑い最後のタバコを吸い終わる。そして木の根から飛び降りる。ロープが首にくい込み、彼の身体がぶら下がる。ブラーン、ブラーンと短冊の様に風になびく。


両親が生きていた頃に短冊を書いた。両親は「願いを書くんだよ」と教えてくれた。僕の願いは「織姫様と結婚したい。両親のような素敵な夫婦になりたい」と書いた。両親は「それは出来ないかなー」と言っていた。「織姫様には彦星様がいるからね」と、だが僕は「1年に1回しか会いに来ない彦星様より、僕の方が幸せにできるもん」と返し両親が笑っていたのを思い出す。これが走馬灯なのだろうか。だんだん意識が薄れていく。

唐突に衝撃が身体に伝わる。痛みと息苦しさで起き上がれない。ロープが切れ、地面に落ちたようだ。上に誰かが覆い被さっている。

「何をやってるんだ!バカ!」ボロボロ泣く織と目が合う。

「何で…」

「お前が馬鹿な事をしてるからだ!私との結婚の約束はどうした!」

「何の…話だ…?」

「お前が短冊に書いたんだろ!彦星より私を幸せにしてくれるんだろ!?」彼女の涙が落ち、僕の頬を伝う。

「ハハ…やっぱり…宇宙人じゃないか…」

「違う!神様だもん!」織が目に涙を沢山浮かべ頬を膨らます。

「約束…済まなかった…タバコ盗んだのバレちまって…」

「だからタバコは良くないって言ったのに!」

「意味が…違くない?」

「どっちもいっしょ!」僕が力なく笑うと織も涙を流しながら笑っていた。

「私も遅くなってごめんなさい。離婚するの凄く時間かかっちゃった…」

「マジか…神様も離婚すんだな…」せき混じりに笑う。

「神様は大変なんだよ?君も今日から神様だよ?」

「おいおい…冗談だろ?」

「冗談じゃないの!私と結婚するんだからそうなの!ただ…」織は眉根を落とす。

「何だよ…?」

「神様になると死ねないから、貴方の両親とは会えなくなっちゃうけどいい…?」僕は笑う。

「きっと両親は笑って祝ってくれるさ…だから結婚しよう。織、愛してる」

「私も貴方を愛してるわ!」2人は抱き合い、唇を重ねる。2人は絡み合い天へと登っていき、2つの星となる。


2人の幸せな時間はこれから先、永遠に続くのだ。夜空に浮かぶ星々、ひときわ輝く星ベガ。そのすぐ隣に小さな星が観測される様になる。

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