第16話 マルグリッド王国

 マルグリット王国とは、ベルモンド帝国のほぼ支配下にある。


 小さい国なので、ベルモンド帝国に逆らうことができない。


 なのでベルモンド帝国への敵感情は強いが、ムーンライト辺境伯には薄い。


 何故なら、当時のムーンライト辺境伯が国の命令を突っぱねて、多くの税を取らなかったからだ。


 それでは、最悪の場合戦争になるからと。


 そして滅ぼすよりは、時間をかけて税を取ったほうが得だと言いくるめたらしい。


 小さい国ではあるが、冒険者の国と言われるほど冒険者ギルドが盛んな国だ。


 魔の森に接していることが大きな要因だろう。


 海にも接していて、割と豊かな国である。


 お国柄も良く、我が国から逃げ出す人が行き着く場所でもある。


「マルグリット王国ですか……何故ですか?」


「ここに、カグヤは来なかった。そういうことにする」


「なるほど……いい考えかもしれませんね」


「え? どういうことなの?」


 俺とヨゼフ様の会話に、カグヤが首をかしげる……可愛いな。

 おっと、いかんいかん……今は話に集中せねば。


「カグヤ、辺境伯は時間を稼ぎたい。状況を把握するためと、もしもの時に戦力を整えるために。だが、カグヤがここにいることがわかれば、あちらも身柄を引き渡せと要求するだろう。幸い、俺が上官連中は始末したし、兵士ではそもそもカグヤの顔も知らない」


「うむ、後は適当に言えばいい。そちらこそカグヤをどうした?とな。そして一体どういうつもりかと……それから判断するとしよう。一応、ワシの祖父の代までは皇家とは友好関係にあったし、今ほど酷くはなかった。もっと言えば、我が家に皇家の姫が嫁いだこともあるのだ。もしかしたら中枢で、何かが起きているのやもしれん」


 俺たちの説明にカグヤが少し寂しそうに頷く。


「なるほど……お父様、理解できました。じゃあ、他の皆と会わない方がいいかな?」


「そうだな、その方がいい。カグヤは領民に人気があるから会わせてやりたいが仕方あるまい。使用人にも最小限で済まそう。エリゼ、頼めるか?」


「……いいでしょう、他ならぬお嬢様のためですし。ではお嬢様、まずは私と一緒にお風呂に入りましょう」


 すると、ガクヤがパタパタと両手を動かし慌て出す。


「え!? 一人で入れるわよ!?」


「いえいえ、お疲れでしょうから。私が洗って差し上げましょう……また、会えなくなりますから」


「……わかったわ、エリゼ。ただ、これからもお父様のことを頼んでも良いかしら?」


「私もついていきたいところですが、仕方ないですね。その代わり、今日は一緒に寝ましょうね」


「わかったわ。そ、その……私も、エリゼに会えなくて寂しかったし……」


「お嬢様……感激です! では、行きましょうか!」


「ちょっと!? 引っ張らないで〜!」


 エリゼに引きずられ、カグヤは部屋から出て行った。

 相変わらずだな……でも、カグヤも喜んでいるからいいか。


「クロウ、すまぬ……お主にばかり苦労をかける。それと最悪の場合……」


「わかっています。もしバレたとしても、俺に全ての罪を着せてください。カグヤを連れ去った極悪人だと、そして辺境伯家とは関わりがないと。カグヤの側に居られるのなら、俺はどんな汚名を被ろうとも構いません」


「そう言ってくれるか……感謝する……」


 そう言い、再び頭を下げてくる。

 俺はこの方がいなければ死んでいた。

 これくらいで恩が返せるなら安いものだ。


「いえ、お気になさらないでください。それで、どのような手はずで行きますか?」


「まず、今日は泊まっていけ。お主にはワシの隣の部屋を貸そう。明日、朝一でこっそりと出て行くのがよかろう。ただ、非常に申し訳ないのだが……」


「了解しました。それ以上は結構です、お金はいりませんから。軍備増強などにも必要でしょうし、お金は俺がなんとかします。カグヤに、不自由な生活を送らせないことを約束いたします」


「武力だけではなく、頭の回転も成長していたか。これならば心配はなさそうだが……お金については本当にすまない」


「いえ、この剣は貴方に頂いたものです。これがあれば十分です。それに、まだ恩を返しきれていません」


「いい男になりおって……もう、小僧とは呼べないな。では、カグヤを頼む……!」


「お任せを——俺の全てをかけてカグヤをお守りいたします」


 その後、俺も風呂に入り、疲れを癒す。

 久々にゆっくりしたからか、なんだか頭がぽわんぽわんしてくる。


「ふぅ、いい湯だった。いかんな……思いの外、疲れている」


「あれ?クロウじゃない。お互い、サッパリしたわね」


「カグヤ……可愛いな」


 振り返ると、そこには美少女がいた。

 風呂上がりのカグヤは、全体から色気が出て破壊力抜群である。

 逃走中は、そんなこと考える余裕がなかったし。


「な、な、何を………」


「照れた顔も愛らしいな」


「にゃに、にゅってんのにょ!!」


「おい、クロウ——殺すぞ」


 すると、いつの間にかエリゼがいた。

 その目は視線だけで俺を射殺しそうである。


「いたんですか。すみません、カグヤしか目に入りませんでした」


「はぅ……! わ、私もう寝るから!」


「どうしたんだ? カグヤのやつ……」


 何やら慌てて去って行ってしまったが。


「お前は相変わらずか……いいか、わかっているな?」


「ええ、お任せを」


「ならいい……悔しいが、お前以外には任せられない。お嬢様は隠しているが、深く傷ついている——お嬢様を頼む……!」


 この人が、俺に頭を下げるとは……ならば、俺も全力で応えねばなるまい。


「顔を上げてください。カグヤは必ず守ると約束します」


 「あの生意気な小僧が……ふふ、今の貴方になら任せてもいいでしょう」


 そう言い、珍しく微笑む。


 どうやら、二人からの小僧扱いは卒業できたようだ。



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