おれは先輩・2
ある夜、雄大と河島は『侘B寂B』のカウンター席に座り、いつものように話をしていた。
雄大の目の前には黒ビール、河島の目の前にはジャスミンハイが置いてある。
「ボクはね、先輩が脅威なんですよ……」
このとき深夜2時を過ぎていて、河島はだいぶ酔っていた。
「何でおれがお前の脅威になるんだよ。トリゴトのフォロワー数が10万人いる奴に言われたくねえって。おれなんかフォロワー数500人だぞ!」
皮肉まじりで茶化しながら、河島に返した。
「それはただの現状です」
真面目なトーンで河島が言った。
彼の目がすわっている。妙な緊張感が走った。
(本気?…なのか)
雄大は緊張を誤魔化すために、グラスに入った黒ビールを少し飲んだ。
変な間が出来ているので、結露した水によって貼りついたグラスとコースターを剥がして、時間を潰した。
「先輩は自分で気づいていないんですか? 先輩はハマれば、この事務所のものまねタレントの誰よりも笑いを取っていますよ。特にここ最近は!……」
熱の入った河島はそう言い切った。
(自分が1番ウケているとは思わないが…ただときどきもの凄くウケるときもある。でもそれは……)
「お客さんが30人入れば良い方の事務所ライブでの話だろう。おれなんか全然だよ」
謙遜というよりかは、自分を卑下しながら言った。
「だから、それはただの現状です!」
河島が声を荒げた。
バーテンと周りに居た数人のお客さんが、2人を見た。
雄大は即座に周りの人に向かって「すみません」と頭を下げた。
河島も自分が怒鳴ってしまったことに気づいて、立ち上がって周囲の人に謝った。
席に座り直した河島が、今度は落ち着いて雄大に話した。
「ボクは先輩を見ているともどかしくなるんですよ。先輩は自分に蓋をしている。本当は上ってこれるのに」
「いや、おれだって上りたいけど……」
それを聞いた瞬間、河島が立ち上がり、財布を取り出しお金をカウンターに置いた。
「先輩、今日はボクの奢りです……先輩は後輩のボクに奢られたくないんですよね?」
「え……」
(……見抜かれていたのか)
雄大は痛いところを突かれて、何も言えなくなってしまった。
「だからあえて奢ります。悔しかったらいつかボクに勝って、奢り返してください」
彼はリュックを背負って「今日はこの辺で帰ります。じゃあ」
と言って、店を出ていった。
(何なんだよ、あいつ……)
訳が分からないままBARに1人残された。
深夜3時、雄大は『侘び寂び』を出た。
タクシーにも乗らず、彼は鬱々としながら4キロ先の家まで歩いた。その日、雄大は誓った。
絶対に【おれは上まで行く】と。
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