おれは先輩・3


 その日から、雄大は河島と飲みに行かなくなってしまった。


 お互いに顔を見ても会釈する程度。会話もしなくなった。


 河島を嫌いになったわけではない。勝ちたい欲が出てきたのだ。




 約1年間、雄大は詰め込むような努力をした。

 今まで以上にネタの練習をたくさんして、モノマネの精度を高めた。


 すると早い段階から結果が出るようになり、事務所ライブでは安定してウケるようになっていった。


 雄大がウケると、河島はその度に舞台袖で悔しそうな表情を浮かべていた。



 雄大はこの時期に、新宿と中野のショーパブのオーディションに受かり、レギュラーメンバーとしてその舞台に立つようにもなっていた。



 さらに彼は新ネタも作った。


 試行錯誤を重ねて、コトドリのアドバイスを貰って出来たネタが、


 『もしも芸人のよっしゃ太郎さんが異世界に飛ばされたら』だ。


 このネタをSNSのショート動画で上げてみたところ、見事にバズったのだ。


 まさか自分が異世界に飛ばされるとは、このころの雄大は知る由もなかったが……。




 『もしも〇〇さんが異世界に飛ばされたら』をシリーズ化して、SNSに投稿するようになってからは、芸人人生が好転し始めた。


 500人ほどであった彼のトリゴトのフォロワー数は6万人を超え、ショーパブのネタ時間も増え、ギャラも上がった。




 それでも河島の現状には、遠く及ばない。


 河島のトリゴトのフォロワー数は13万人。


 彼は、東京と名古屋にレギュラー番組を持っていて、営業もたくさんある。


 雄大のようにバイトをする必要がない、売れっ子タレントだ。


 河島の現状に負けてはいても、それでも雄大は『ものまねゴッド決定戦』の決勝に残ったのだ。


 そして河島も、見事に勝ち上がってきた。



 【第27回・モノマネゴッド決定戦】決勝前日、雄大はその日もバイトをしていた。


 東京都・中野区にあるコンビニ、それが彼のバイト先だ。



 数時間のコンビニバイトを終え、22時過ぎにお店を出た。



 すると、

「バイトお疲れ様です」

 と、店先に立っている河島に声をかけられた。


「なんだ嫌味を言いに来たのか?」


「違いますよ……やっと上ってきましたね、先輩」


「やっとな……」


 自分のその言葉を噛み締めた。


 しばらく間が空いてから、


「なぁ、話すなら久しぶりに飲みに行かねぇか? 奢るよ」


 と河島に提案した。


 それを聞いて、彼は残念そうな顔をした。


「やめておきます。前に言ったでしょ? ボクに勝ってから奢ってくださいって」


「そうだったな」


「ボクは今日先輩に宣戦布告に来たんです」


「そうか……」


「明日はボクが先輩に勝ちますよ」


「いや、おれが勝つ」


「真剣に戦いましょう」


「そうだな」


 河島は去り際、雄大に「やっぱり先輩はボクの脅威でしたね」と言ってきた。 

 

 その表情はどことなく嬉しそうだった。



 風が頬をなで、今自分がエドラド王国にいる事に気付かさせる。


(おれと河島は決勝で戦うはずだったのに!!……)


 雄大は、河島と戦うことなく彼に負けてしまった。



(悔しい……)


 涙が屋上の地面に零れ落ちた。



(結局おれは、先輩として不甲斐ないままだ)


 彼は、屋上の柵をガンガンと何度も拳で叩いた。拳が切れ、血が滴る。


 悔しくて悔しくて、感情が滲み出てくる。


「ああああぁぁ〜!!」


 泣き叫んでも、雄大の叫び声は異国の夜に吸い込まれていく。


 彼は、エドラド王国に来てから初めて⋯⋯ちゃんと泣いた。

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