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第6話

 深夜のアパートで、電子ピアノにヘッドホンをつないで。私は密かに恋の歌をうたう。


『恋人になれなくてもいい、親友でいられるなら』


 そのフレーズは、学生時代の友人への片想いのエピソードを思い出して、自然と出てきたフレーズだった。



 今からもう10年以上前の大学生の頃、私は1人の女性に恋をした。


 彼女とは同じ大学の音楽サークルで出会い、一緒に歌をうたううちに仲良くなって。彼女の艶めく声と、繊細な指から奏られる音楽に、私はすぐに夢中になった。


 音楽的な憧れから生まれたドキドキは、気づけば確かな恋愛感情に変わり、私は生まれて初めて、人に触れたいという気持ちを知った。


 だけど彼女には付き合っている男性がいた。そもそも彼女の恋愛対象は男性で、女性である私は初めからお呼びでない。


 それでもめげずに告白なんてものをして、玉砕。だけども彼女は変わらずに私と友達でいてくれた。


 それが、私と深青との始まりだった。


 お互いに恋バナもすれば、失恋した時に一緒にカラオケに行って慰め合ったりもした。


「葉瑠が友達でよかった」


 ひとしきり元彼の悪口を吐いたあとにそのセリフを聞いた時には、切なさと嬉しさとがない混ぜになった、複雑な感情を抱いたもので。


 深青が男性と別れるたびに、一緒にカラオケに行くたびに、どうして私は女で、彼女の恋愛対象になれないのだろうと悩み、涙を流した夜も数知れないけど。


 それでも10年も経つ頃には、友達とか恋人とか、好きとか嫌いとか、そういうものさえどうでもよくなって。


 深青は確かに、私の親友になっていた。


 だけどそれと引き換えに、私は女性と恋愛をすることを諦めることになってしまった。恋愛的な未練はなくなったとはいえ、深青以上に好きになれる女性にはなかなか出会えることがなくて。


 その代わりに、言い寄ってきてくれた男の人と付き合うことが多くなったのだけど、その行為は余計に私を苦しめることにもつながった。

 男の人のことが嫌いなわけではなかったけど、それでも私の恋愛的な興味は依然として女性のほうにあったから。


 女性に対する満たされない気持ちを埋めるように、私は百合小説を書くようになっていた。そうしてフィクションの世界で、私は女性への想いを成仏させようと思っていたのだった。


 だけど、そんなふうにして付き合った男性との交際はなかなか上手くいくはずもなく、今度は私のほうが深青を付き合わせてカラオケに行く始末で。


 そんなあるとき、私が何度目かの破局を迎えて、自暴自棄になっていた折に、私を慰めるように深青は言ってくれたのだ。


「また一緒に歌ってみない?」


 その言葉で、私はまた音楽活動をすることにしたのだった。


 そのとき既にライブ活動などをしていた深青は私の小説に曲をつけてくれて、それを今度の彼女のイベントで歌ってみようということになった。

 

 それまでにも自分で小説のイメージソングの作曲をして1人で歌ったりもしていたけれど、深青の作る曲は私なんかとは比べものにならないくらいの素敵なもので。


 私は深青と一緒に歌えることが嬉しくて、イベント当日を心待ちにしていた。


 百合小説の執筆も順調だった。


 小説投稿サイトで連載していた小説は人気が出て、同人誌まで出すことになり、深青に触発されて自分の小説の曲作りも捗っていて。


 恋愛が上手くいかなくても、私には百合小説があって音楽があって、そして一緒にいてくれる親友がいる。


 それだけで充分だと思えたし、私は人生で一番幸せだと思っていた。他に望むものなんて、何もないと、そう思っていた。そのはずだった。


 だけど、神様は。


 『恋愛なんていらない』と言いながら、密かに深青への恋慕を燻らせてばかりの私を、付き合っていた男性たちを裏切り続けていた私を、赦さなかったのだろう。


 『恋をしたい』『誰かに一番に愛されたい』


 心の底で求めていたそんな欲望を、衝動を、蘇らせてしまうなんて。


 私は出会ってしまったのだった。私の人生を決定的に狂わせてしまう、その人に。


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