第4話

 出番が終わると、葉瑠さんは顔見知りらしいお客さんのところへ行って話し始めた。しばらくしてこちらの視線に近づくと、葉瑠さんはわたしの隣にやってきて、話しかけてくれた。


「初めまして、葉瑠です。ええっと……お名前聞いてもいい?」

「……愛里です」


 まさかいきなり名前を訊かれると思っていなかったから、一瞬、戸惑ってしまったけど。


「愛里ちゃん! 来てくれてありがとう。今日は何を見て来たの?」

「小説投稿サイトのお知らせです」

「そうなんだ! 嬉しい。ありがとう」


 葉瑠さんは言葉通りに嬉しそうに、高いテンションで話す。初めてのライブにたくさんお客さんが来てくれたことに感動したようで、そんな様子を見ていると、わたしまで嬉しくなってしまう。


「小説読んでくれて、ありがとう!」


 そう言う葉瑠さんに、わたしは今まで読んだ小説の感想を伝える。そうだ、今まで読んでいた憧れの作者さんが目の前にいる。


 何だか、夢みたいで。

 嬉しいとか、もうそういうレベルじゃなかった。


 しばらく話していたところで、急に葉瑠さんが立ち上がる。


「あ、惟さん!」


 共演していた惟さんに、葉瑠さんが何やら話しかける。今日のサポートのお礼を言っているようだった。


 話している様子から見るに、惟さんは葉瑠さんよりも歳上のようだ。


 惟さんがお店のドアを開けると、葉瑠さんも続いて外に出ていく。2人はお店の外の喫煙所に行ったみたいだった。


 せっかくだから、わたしもタバコを持って外へ出る。


 喫煙所に行くと、葉瑠さんと惟さんは何やら楽しそうに話している。今日の演奏の反省なんかをしていたようだったけど、わたしの姿を見つけるとまた、にっこり笑って話しかけてくれた。


「あれ、愛里ちゃんもタバコ吸うんだ?」

「はい。あ、葉瑠さんもピースなんですね。一緒だ」

「本当だ。なんか嬉しい」


 葉瑠さんはそう言ってまた笑う。本当によく笑う人なのだ。その笑顔にうっかりやられそうになる。


 ううん、きっともうわたしは、やられている。

 そんなの、今更だった。


 こんなところまではるばる葉瑠さんを追いかけてきたのは、わたしがもう、葉瑠さんに恋をしてしまっているからだ。


 そしてその気持ちは、今日会って生で演奏を聴いてしまったことによって、さらに確かなものになりつつあった。


 だけど。


「葉瑠。ピース、一本ちょうだい」

「えー、しょうがないなぁ。はい、どうぞ」


 目の前で、葉瑠さんのタバコを惟さんがひょい、と取っていく。ついでに火までつけてもらって。


 2人は仲が良いみたいだ。そりゃ、一緒に演奏するくらいだから、きっとそうなのだろうけど。


 なんだか、胸の奥が少しざわざわする。

 わたしは何を考えているのだろう。


「葉瑠もすっかり喫煙者だねぇ」


 葉瑠さんの共演者のもう1人、深青さんも喫煙所にやってきた。


「だって、ねえ? ここ来るとみんな吸ってるんだもん」


 葉瑠さんはそんな言い訳をする。


「最近吸い始めたんですか?」

「うん。ちょっとね、いろいろあって」


 聞いてみれば、前に付き合っていた人がタバコが嫌いな人で。別れた途端、反動で吸い始めたっていう、なんとも可愛らしい話だった。


「愛里ちゃんは、ずっと吸ってるの?」

「……わたしも、吸い始めたの、最近ですよ」

 

 わたしがタバコを吸い始めたのは、葉瑠さんがネットに写真をあげているのを見たからだ。


「そうなんだ、そこも一緒なんだ!」


 葉瑠さんがシガーキス百合なんて書いているせいで、影響されてしまった、なんて。


 そんなことは、言えるはずもなく。


 葉瑠さんと同じタバコを吸ってみたかったなんて、そんなバカみたいな理由は、今は隠しておかないといけない。そう思う。


 しばらく4人で談笑していて、タバコを吸い終わると誰からともなくお店の中に戻った。


「私、そろそろ帰るね」


 惟さんがそう言ってカウンターでお会計をする。


「あ、じゃあ私も」


 そう言って、惟さんを追いかけるようにして、慌てて葉瑠さんも帰ってしまう。


 少し離れたところで、深青さんが小さくため息をつくのが見えた。


 すごく、わかりやすかった。

 葉瑠さんは、惟さんが好きなのだ。


 初対面のわたしですら、わかってしまうくらいに。


 その日はどうやって家に帰ってきたのか、いまいち覚えていない。


 ただひたすらに、胸のもやもやが、ざわざわが、止まらなかった。

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