:第31話 「遅れて来た補給」
B分隊の姿を目に焼き付け、いくらか言葉を交わした後、ヴァレンティ中尉は連邦軍を迎え撃つ作戦についての説明をして、去って行った。
アランは、嬉しかった。
これから自分たちは、中尉の命令で必死の戦いに臨む。
その事実はなにも変わらなかったが、その命令を下す人が、それを受け取る者が無機質な存在ではなく、意思を持った一人の人間である、ということをきちんと理解してくれていたからだ。
そしてなにより、まったく無策で、無謀な戦いを強いるわけでもない、ということを知ることができて、気持ちがずっと前向きになった。
どんなに絶望的で、勝算がなくとも、指揮官として最後まで頭を働かせてくれる。
そんな上官だからこそ、信じて戦うことができる。
たとえ生還できなくとも、それは決して、無駄にはならない、意味を持たせてくれるのだ。
自分の死は、きっと役に立つのだと、そう信じられる。
ヴァレンティィ中尉が自身の直接指揮しているA分隊に戻って行ってから、アランはパガーニ伍長と共に見張りに立った。
そこでも、嬉しい発見があった。
伍長が[新入り]ではなく、[アラン]と、名前で呼んでくれるようになっていたことに気づいたからだ。
それは、彼だけの変化ではなかった。
ベイル軍曹も、ルッカ伍長も、ミュンター上等兵も、もう、二人の一等兵のことを[新入り][新人]などとは呼ばない。
アラン。
G・J。
そう、名前や愛称で呼んでくれる。
今まで、二人は分隊にとって、半ばお客さんのような存在だった。
対等な仲間として同じ任務につき、同じものを食べ、同じ場所で寝泊まりをするが、あくまで兵役が終わればいなくなるものとして、あまり親密になり過ぎないように扱われていた気配がある。
しかしその関係は変わった。
もはや、アランもG・Jも、この仲間たちと、B分隊という
そのことが、どういうわけかやたらと嬉しい。
心から認め合った相手と共に戦えると思うからだ。
決して、惨めな終わり方にはしたくない。
納得のいく戦いをしたい。
自然と、見張りにも気合が入るというものだ。
第二大隊は陣地の構築中に敵の動向を把握するために見張りを放っており、攻撃は明日、夜が明けてからになりそうだと判断している。
しかし、万一ということもある。
夜襲を受けて容易に打撃を受けることのないよう、一時も気を抜けない。
ふと、ガソリンエンジンが回る音が聞こえてきたのは、見張りを交代してから二時間ほど経った、もうすぐ夜更けという時間帯だった。
(敵……っ!? )
アランは一気に緊張し、小銃のグリップを握りしめながら耳を澄ませたが、しかし、どうにも音は前方、西の方角にいる連邦軍からではなく、後方、まだ王国が保っている地域から聞こえてきている様子だった。
デジャビュがある。
昨日も、確か、夜中にこれと似たようなことがあった。
———もしかすると、後方から友軍が接近してきているのかもしれない。
直感的にそう思ったが、当たっていた。
たったの一台だけだったが、王立陸軍が使用している二トン半六輪輸送トラックが、ライトを消したまま第二大隊の陣地に到着したのだ。
今日の夕方には、補給がある。
朝にヴァレンティ中尉がそんなことを言っていたが、それが、遅れに遅れてようやく到着したらしい。
「いやぁ、えがっだ、えがっだ。もう敵さんにやられちまってるかと、心配だったでよ」
そのトラックを運転して来た髭もじゃの
前線となっている第二大隊も大変だったが、後方にいた彼ら
連邦軍に航空優勢を掌握されているため昼間は航空機を警戒してほとんど身動きが取れず、補給品を積載したトラックを発見されないようになんとか隠してやり過ごすしかなく、夜になってやっと身動きできるようになっても、ヘッドライトをつけて前線近くを走るわけにもいかず、無灯火でおっかなびっくり、向かって来たのだという。
最初は、第二大隊のための補給品を積載したトラックは五台いたらしい。
弾薬と食料など、必要なものを乗せて後方の基地を出発したものの、昼間の空襲で一台がやられ、その後、暗くなるまで身を潜めてから再出発したものの、さらに一台が暗さのために事故を起こしてしまい、残りも道を見失って散り散りとなった。
そうしてようやく到着したのが、この一台、というわけだ。
「んだぁ、このまま敵さんの中に突っ込んじまったら、どうすっぺって思っとっただよ」
トラックを運転して来た兵士はやたらと嬉しそうだったが、それは、重要な補給という任務を何とか果たせたことと、状況が明らかではない中で、無事に味方に合流できたからであるらしい。
———そしてこの出会いは、アランたちにとっても幸運なことだった。
運ばれて来た荷物の中には、タングステン合金を用いた特殊徹甲弾が含まれていたからだ。
王立陸軍で使用されている対戦車砲の徹甲弾は、残念ながら連邦軍の主力となっている中戦車に対して無力であった。
装甲を貫徹した後の破壊力を重視し、炸薬も充填されたそれは、強い傾斜がつけられ、十分な厚みを持った戦車を正面から撃破することができず、弾かれるか、当たっても砕けてしまったからだ。
しかしこの、少数だけ生産されている特殊徹甲弾であれば、あるいは、通用するかもしれない。
少なくとも開発段階の試験では貫通力が明らかに増大しており、期待が持てる。
これから圧倒的に不利な戦いをしなければならない第二大隊にとっては、これ以上に嬉しい贈り物はなかった。
相手には届かない。
そう突きつけられて、意気消沈していたのに、再び自らが持っている牙で貫き通すことができるかもしれないという希望を取り戻すことができたからだ。
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