小さなカトリック幼稚園で
白神ブナ
第1話 犯人捜し
おそらく5歳くらいだったと思います、
私が初めて『罪悪感』を抱いたのは。
2歳からカトリック系の幼稚園に預けられていました。
幼稚園ですから、本当は3歳から入園を許可され、時間も9時から14時までくらいと短いのが通常ですよね。
しかし、私の育った所は田舎でその辺が適当だったし、母親の実家が幼稚園の裏という事情もあって、特別扱いで夕方暗くなるまでの長時間を幼稚園で過ごしていました。
幼い私にとっては、一日の大半を過ごす幼稚園はもうひとつの我が家でした。
園長先生と若い先生たちにお世話になり、とても可愛がられていたのです。
シスターも神父様も、私をわが子のように育ててくれました。
仲のいい友達の中に、よし子ちゃんという子がいました。
彼女はおかっぱ頭で、眉毛が濃いのが印象的な子です。
いつも私にくっついて来る子でした。
ある年の冬に事件は起きました。
私は園庭で、いつものようによし子ちゃんと遊んでいました。
その日のよし子ちゃんは新しい毛糸の帽子をかぶっていました。
オレンジ色の毛糸で編まれた帽子は、両耳のところから三つ編みにした毛糸の紐がふたつぶら下がっていて、それを結んで帽子が落ちないような仕様にしていて、とてもおしゃれな帽子です。
私は、からかってその帽子をよし子ちゃんから取り上げて振り回すという愚かな遊びに夢中になりました。
「やめて、やめて!」
よし子ちゃんは、私に懇願していたのに、それには全くおかまいなし。
帽子の三つ編みをつかんでぶんぶん振り回す遊びが楽しくてしょうがなかったのです。
おニューの帽子は、もしかしたらよし子ちゃんのお母さんの手作りだったかもしれません。
その時、振り回している三つ編みの紐は私の手からするっと抜けて、高く飛んでいってしまったのです。
帽子の落ちた先は、雪が積もった幼稚園の屋根と、それと同じくらいの高さまで積もった雪の間に落ちていきました。
その光景はいまでもはっきりと覚えています。
(しまった! あんなところに帽子を拾いにいけない)
これが、真っ先に私が思ったことです。
よし子ちゃんは泣きました。
そして、ビビりで卑怯な私は、先生に助けを求めることもなく、知らないふり決め込みます。
言わなければバレない。
そう思ったのです。
休み時間が終わって、幼稚園の中に戻ってしばらくしてからだと思います。
園の教室の中を四角く囲むように椅子が並べられて、みんな椅子に座るように先生が言ったのだと思います。
椅子に座ったところからしか記憶がありません。
園児全員が四角く並べられた椅子に座りました。
私は、園長先生が弾くピアノから2~3個離れた所の椅子に座りました。
そして、園長先生は言ったのです。
「この中に、よし子さんの帽子をふざけてどこかに飛ばして無くしてしまった悪い子がいます。心あたりがある子は名乗り出なさい!」
おっと! これは私の事ではないか。
よし子ちゃんは泣きながら先生に相談したのでしょう。
普通、そうしますよね。
ドキッとした私は名乗り出る勇気なんかあるはずもありません。
バレなければいいんだ。
この時もそう思っていました。
なかなか、犯人が自首してこないことに、園長先生は業を煮やし次の策に打って出たのです。
「わかりました。では、よし子さんに犯人はだれか教えてもらいます。
先生がピアノを弾きますから、その曲の間じゅう、よし子さんは時計と反対まわりにみんなの前を歩いてください。
そして、犯人の前にきたら、その人を指さしてください」
うっそ! 犯人捜しがはじまるのか!
「では、はじめます。よし子さん、歩いてください」
何の曲を園長先生が弾いたのかは全く覚えていません。
ただ、私が絶体絶命の大ピンチにいるのには似つかわしくない、軽快なテンポの明るい曲だったのは、なんとなく覚えています。
スタート地点は、私が座っている場所のすぐ近くからです。
よし子ちゃんは、私からどんどん遠い方へと歩いていきます。
ということは、つまり、私の座っている位置は犯人捜しルーレットの最後の方になるわけです。
よし子ちゃんが、近づいてくるまでの時間の長いこと、長いこと。
私は、脂汗をかき、握りしめた手にも汗をかいています。
心臓がバクバク鳴って、隣にいる男の子たちに聞かれるんじゃないかとさえ思いました。
ついに、よし子ちゃんは私の所まで歩いてきました。
私は恐くて顔をあげられず、うつむきながらよし子ちゃんの足ばかりを見つめていると、
よし子ちゃんの足は、私の前で止まりました。
ここでわたしは死刑宣告を受けるのだと、ぎゅっと目を閉じてその瞬間を覚悟しました。
よし子ちゃんは、私が座っている方向を指さしたようです。
「はい、犯人がわかりました。あなたですね」
園長先生がそう言ってツカツカと近づいてきて、引っ張ったのは、私の隣に座っていた男の子の手でした。
は?
その男の子はやんちゃな子で、普段からいたずらばかりして怒られているサトシ君です。
「俺でねぇ!俺でねぇー!」
男の子は無実を訴えます。
「嘘をついてはいけません。よし子さんは、あなたを指さしました」
「んでねー!おれでねーって!」
おそらく、よし子ちゃんは私とサトシ君の中間を迷いながら指さしたのでしょう。
それを見た園長先生は、犯人はサトシ君に違いないと早合点しつるし上げたのです。
私は園長先生に可愛がられていましたから、まさか私が犯人だとは考えもしなかったのです。
サトシ君は園長先生に連れられて、職員室へ消えていきました。
最後まであらがいながら・・・
私の目の前に立っていたよし子ちゃんは、はにかみながら私を見ていました。
この時は、助かったという安堵感よりも、よし子ちゃんが私を犯人だと指さすことに躊躇して、曖昧な方向を指したという事実に衝撃を受けていました。
このとき、私は生まれて初めて『罪悪感』というものを知ったのです。
その後、小学校にあがると、よし子ちゃんは特別学級に入りました。
当時の私は特別学級の意味が分からなかったのですが、中学年になるにつれてその意味がわかってきました。
特別学級とは、知的障害がある子が入るクラスであることを。
あんなに心の優しいよし子ちゃんに知的障害があることには違和感を覚えました。
普通クラスに通う卑怯者の私と、知的障害のあるよし子ちゃんの違いってなんだろう。
何が違って、このように分類分けされるのだろう。
よし子ちゃんの方が、ずっと神様の近いところにいるのに・・・と思っていました。
やがて、小学校で私はいじめの対象になりました。
そんなある日、一人で下校していると、道の途中で私の名前を呼ぶ声が聞こえます。
振り返ると、そこにはよし子ちゃんがにこにこしながら歩いてくる姿が映っていたのです。
「今、帰り? うちに寄って遊んで行かない?」
正直に言って、とても驚きました。
そんな言葉をよし子ちゃんからかけられたのは幼稚園以来です。
私は、よし子ちゃんとはもう同じクラスになることはないのに、よし子ちゃんはずっとわたしのことを友達だと思っていてくれたんだ。
今の私はクラスでいじめられているけど、よし子ちゃんにとってはまだ友達だったんだ。
嬉しくて、よし子ちゃんの家に寄って、折り紙で遊んだことを覚えています。
現在、よし子ちゃんがどこでどうしているかはわかりません。
友達に聞いたら、スーパーで見かけたことあると教えてくれました。
でも、よし子ちゃんの家がどこだったさえ覚えていません。
探そうと本気をだせば探せるかもしれませんが、
今さらどんな顔して会ったらいいのか分からず、そのままです。
私が育ったカトリック幼稚園は今もあります。
教会もそのまま残っています。
当時のままの小さなカトリック幼稚園に、今日も子どもたちの遊び声が響いています。
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