夢見の喫茶

瑠璃川 希哀

第1話 はじまりのコーヒー

 夢ってなんだろう。少なからず幼いころは私にもあったはずだ。

 それはテレビの中のヒーローかもしれないし、お花屋さんとかケーキ屋さんとか幼い子がいかにも憧れていそうな夢だったのかもしれない。

 だけど、大人になるにつれて、そういうのは失った。まるで空中に浮かんでいるシャボン玉がはじけるように、いつの日か私の中から消えていった。


 なんとなく勉強ができたから進学校に通って、なんとなく国語が得意だから大学は文学部を選んだ。

 そんな適当に日々を過ごしているから、いまだに将来の夢というのが見つけられないのだ。自分でもわかっている。

 大学を出たら社会に出ないといけない。仲の良い友人は、先生を目指して勉強をしたり、勤めたい職種の企業の資料を取り寄せたりと社会に出る準備をしている。

 私だけが夢もなく、かといって夢を探すわけでもなく、ただのらりくらりと日々を過ごしていた。


 「あなたの夢をお見せします」

大学からの帰り道、こう書かれた看板が目に入った私は思わず立ち止まった。

 夢を見せる?そもそも夢って見えるのだろうか?様々な疑問が頭の中を駆け巡る。   

 看板が置かれた建物を見ると、赤い屋根でクリーム色の壁をしたなんの変哲もないただの家だった。緑のドアにはOPENと書かれた札が釣り下がっている。

 私がぼーっと眺めているとドアがゆっくりと開いた。中から出てきたのは私より少し背の低い女の子。黒いワンピースをまとってローブをかぶっている彼女はどこか西洋の魔女を思い浮かばされた。

「なにか用ですか?」

 鈴のような、でもどこか凛とした声で彼女は私に問うた。

「いや、別に・・・。」

 思わずどもってしまう。もっと他に言いたいことがあるはずなのに、出た言葉は興味のなさそうな言葉だった。

「そうですか。」

 彼女はなにも気にすることなくそう言うと、店の中に戻ろうとした。その後ろ姿にはなぜか惹かれるものがあった。

「待って。」

 気づいたら私は彼女を呼び止めていた。

「夢を見せるってどういうことですか?」

 彼女はゆっくりと振り返る。

「そのままの意味です。その人が抱いている夢をお見せするんです。」

「私の夢も?」

「もちろんです。」

 会話が途切れる。彼女は私をちらりと見ると中へと招き入れた。


 うるさい心臓を抑え私は店内を見回す。

 夢を見せるなどというから、てっきり占いの店みたいなのを想像していたが、店内は明るく、木目調で揃えられたカウンターや椅子などが置かれており、カフェのような店だ。

 彼女はカウンターに備え付けている一番奥の椅子を引き、私をそこへと案内した。

「実はここ、カフェなんですよ。」

 彼女は私の考えを読んだように言う。

「そう、なんですか・・・。」

 いきなりのことでそう言葉を返すのが精一杯だった。

「でも、夢を見せるっていうのは本当です。」

 私は思わずカウンターに身を乗り出す。彼女は私のそんな行動にくすりと笑う。

「とりあえずコーヒーでいいですか?今日は初回限定で無料です。」

 私がうなずくと彼女は豆を挽き始めた。本格的だなと感じるとともに店員が彼女しかいないことも気にかかった。

 狭めの店舗とはいえここが満席になったらおそらく彼女ひとりじゃ回らないだろう。まぁ今は私以外に客はいないし、部外者の私がそのようなことを考えるのもお節介極まりない。

 そのようなことをぐだぐだと考えているとコーヒーのいい匂いが立ち込めてきて、コーヒーが私の目の前に置かれた。

 一口飲んでみる。美味しい。コーヒーに疎い私でも美味しいと感じる。ってこんなことを考えている場合じゃない夢について聞かないといけない。

「あの、看板のやつって」

 私が切り出すと彼女は作業をしていた手を止めた。

「夢を見せるってやつですね。あなたの夢、お見せします。」

 そう言って彼女は微笑んだ。

「でも私、夢とかないんですけど。」

「大丈夫です。人はみな大なり小なり夢を見るもの。夢のない人間なんていませんから。」

 そう言い切る彼女。

「それでは、まずお名前をどうぞ。」

「春川夕美です。」

「では、夕美さん。」

「はい。」

 いきなり下の名前で呼ばれたので驚いたが、一応返事はしてみる。

「あなたの夢はなんでしたか?」

 思わず黙ってしまう。なんでしたか。過去形だ。私も幼い頃、抱いていた夢。それはいったい何だったのだろうか。

 ぼんやりしか思い出せないけど、何かあったはずだ。頭をフル回転して思い出す。

「ヒーロー、になりたかった気がする。」

 そうだ、幼稚園で変身して悪役に見立てた遊具に向かって攻撃していた。

「じゃあそれを諦めたのは?」

 諦めたのはいつだったのだろうか。

 大きくなって、なれないと悟って、大人に近づくにつれて消えてしまった。

「いつか、分からないですよね。ヒーローになる夢とか曖昧なものって。例えばスポーツ選手だと、けがをしたり自分の才能を感じたりして無理だと思った時がそうだと思うし、お花屋さんとかならほかになりたい夢を見つけた時点でその夢はなくなります。」

 彼女はゆっくりと語るように話す。私は彼女の目を見てうなずく。

「ならそのヒーローになるっていう夢は消えてないのです。形が変わっているだけで。」

「形が変わっているだけ・・・。」

 わかるようでわからない。そのようなことを思っている私に気づいたのか、彼女はまた話し始めた。

「夕美さんはどうしてヒーローになりたかったのですか?」

 また考える。どうしてだろうか。

「きっとテレビアニメかなにかで憧れたのではないでしょうか。」

 そうだ。私は幼いころに観たアニメに影響されたのだ。悪い奴から守るヒーローに。

 ふとその頃を思い出す。朝起きるのが苦手な私が、朝からテレビに張り付いて、テレビの中のヒーローを応援していた。

 テレビの中のヒーローは優しくて、でも強くて、凛々しくて。いろんな人を笑顔にしていた。笑顔を守っていた。そんなかっこよく、人を助けるヒーローに私は憧れていた。

「誰かを助けたくて・・・。誰かを守りたくて、ヒーローになりたかったんです。」

「それは今の夕美さんにはありませんか?きっと心のどこかで思い続けていたと思いますよ。」

 言われて気が付いた。学校の先生になりたくて教職の授業を受けているのも、バイト先を遊園地の案内所にしたのも。

 全部適当にとかできそうなやつって感じで選んでいたものがそうではなかったことに気づかされた。

 学校の先生になりたいのは誰かの未来を守りたかったから。遊園地のバイトは誰かを笑顔にしたかったから。

 確かに私は無意識に誰かを助けたいって思い続けていたんだ。

「ヒーローとかっていう非現実的なものを幼いころに抱いていた人は、大きくなるにつれて夢が分からなくなる人が多いんです。でも、そんな人ほど、夢の根本は変わってない。知らないうちに夢を追っているんですよ。あなたの夢、ちゃんと見れましたか?」

 そう言って彼女は微笑んだ。夢を見せるってこういうことだったのか。

「私はそういう人が夢を見つけられるお手伝いがしたいのです。」

 彼女の瞳はきらきらと輝いてる。

「ありがとうございました。コーヒー、美味しかったです。」

 私はそういうと出口に向かう。彼女が礼を言ってドアを開けてくれる。

 店の外に出た私の背中をそっと夕陽を浴びた風が押してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢見の喫茶 瑠璃川 希哀 @rio0611

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ