#3

「汝はいくらだ、いくらで売られた?」


 瞳に宿した隠し切れていない、いや、隠す気すらさらさら持ち合わせていない郷堂の薄気味悪い双眸が白娘を捉える。


「……値は100匁……売られた時は10匁です」


 目を合わせることなく細々と答えた白娘の言葉に、自らの顎撫でて「ほう」とだけ答えた郷堂は、狐のように目の吊り上がった店主を呼び付けた。


「この娘、10匁で買ってやる」

「な?!……だ、旦那ぁ、それは酷ですよ、これは100匁の商品……そんな安値じゃあ誰も売りません」


 郷堂に愛想を振り撒くようで、内心は小馬鹿にして薄ら笑みを浮かべる店主は、両手を擦り合わせて声を繕うも、糸目の奥に隠した陰湿な視線で白娘を睨む。


 その鋭い眼差しは、余計な口添えをしたであろう白娘に対する憎悪に他ならない。


「ほう」


 しかし、そんな事を微塵も気にする様子のない郷堂は静かに腰に携えた刀の鍔を指で弾くと、お粗末な店内に「キン……ッ」と鋭い金属音が響く。


「だ、旦那?!」

「はて店主よ……『郷堂』という字名を知っているか?」

「えっ……?あぁ、あの有名な極悪非道の冷徹野郎のことですか……って、あッ!」


 立板に水、その饒舌な口から滑り落ちた言葉を一瞬にしてつぐんだ店主は、面長の顔を青白くさせて震わせる。


「あぁ……そうだなぁ」


 一際優しく店主に笑いかけた郷堂は、その続きを言うことなく「10匁で間違いないな?」と店主に詰め寄った。


「あ、あぁ勿論ですとも……ッ!!」


 血の気の引いた額に脂汗を滲ませたまま、店主はそそくさと檻から白娘を引き摺り出して、まるで免罪符でも見せるように郷堂に引き渡す。


 目の前で起きた事に理解が及ばぬ白娘ではあったものの、この男のお陰で薄暗い牢獄から出られる事だけはちゃんと呑込んで、郷堂の服の血染みを見つめる。


「汝の名は、名は何という?」

「……親から貰った名前は無いです」


 長く垂れ下がった白娘の髪を丁寧に掬った郷堂は、ガラス細工を扱うようにそっと耳に髪を掛けて手を引く。


「ほほう……では、『白娘』──今からそれが、汝の名だ」


 無言で頷いた白娘は、ようやく初めて外の空気を吸う事ができたのだった。

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