変わってしまったこの世界で、聖者は何を成す

晃斗

変わる世界、変わらない優しさ

第1話 始まりの声


「はぁ……今日も残業、明日も残業…か。 はぁ…」



今は日付が変わる直前。そんなド深夜に車をぶん回して…というよりはノロノロと運転しながら愚痴を吐く。


別にこの会社が特別ブラックという訳ではない。今は繁盛期だから残業が多いだけで、もう少ししたら仕事も落ち着くだろう。その分休みもあるし、残業代もしっかり出てるしで不満があるという訳ではない。


ないのだが、何とも言えない感情が胸を覆うのだ。


何か夢中になれるものが無いし、特にやりたい事もない。特に展望もないし、未来設計なんてもってのほか。結婚はしたいと言えばしたいが出会いはないし心当たりもないし、異性を引き付ける魅力が自分にあるとは思えない。


日々を過ごす中で、何となく将来について考える事がある。このままずっと働いて定年まで務めて退職。やることも特になく老後をダラダラ過ごして1人寂しく死ぬ。


そんな事を考えてそれとなく絶望する。だからといって何か行動するわけでもないし、命を断つこともしない。そんな漠然とした毎日を過ごして来たし、これからもきっとそうなのだろう。



「はぁ…」



そんな事を考えてまた溜め息が漏れ出る。……やめやめ。美味いもん食って早く寝よう。明日も仕事あるんだし。


そうやって運転していると、前方に小さい何かが居るのが分かった。それがなんとなく気になり、車を道路横につけて停車して他の車注意しながら、小さい何かに近づいてみる。



「ヒュー………ヒュー………」



猫だった。それも腹がぺしゃんこで、内蔵やら血やらが飛び出している瀕死の猫。生きているのが奇跡というより、まだ死んでいないだけと言ったほうが正しいか。


普段だったら「だからどうした」と思って通り過ぎただろう。だけど直前まであんな事を考えていたからだろうか。この猫にどことなく、未来の自分が重なった。こんな場所で1人寂しく死にゆくこの猫に同情したのだ。



「…………1人は寂しいよな」



飛び出た内蔵を出来るだけ押し込めて、そっと抱き上げる。 確か近くに公園があった筈だ。せめてそこに埋めてやろう。





公園を目指して、猫に負担をかけないようにゆっくりと歩く。 一歩一歩、歩を進める度に猫の呼吸が弱まっていく。命が遠のく気配がする。生命が絶える時が刻一刻と迫っている。


そして、公園に着いた。もう猫は虫の息だ。今この瞬間に息絶えてもおかしくはないだろう。


公園の中に入り、脇にある花壇の片隅に猫を丁寧に降ろした。



「ヒュー……………………ヒュー…………………」



身体が震えている。寒いのだろうか。いや、寒いんだろう。血が抜けきっていて、ひとりぼっちで死の間際にいるのだ。怖いだろう、寒いだろう、寂しいだろう。…………降ろした猫をもう一度抱き上げ、何となく頭を撫でてみる。



「お前はひとりぼっちじゃないさ。ここに俺が居る。なら少しは安心できるだろ…?」



そうすると猫の震えが止まった……ような気がした。



「………………逝った…か」



猫は息を引き取った。 この猫と出会ってまだ数分しか経っていないのだが、心に穴が空いたような虚しい気持ちが思考を埋め尽くした。


周りに穴を掘る道具が見当たらなかったため手で穴を掘り、猫を入れた後に土を被せる。



「…………」



悲しいし、辛い。やはり死に直面するのには慣れやしない。これから先で何度別れを経験しても、何度死に対面しても……慣れる事はないのだろう。


生ある限り死は免れられない。俺もいつかは必ず死ぬ。それは摂理せつりだ。それが命なのだ。


……仏教では輪廻転生があるとされている。それが人間の考えた夢想だとしても、実際にあるはずがないのだとしても。それでも気休めにはなる筈だ。だから、せめて祈ろう。 この猫の静かな眠りを。幸福な来世を。



「……せめて、安らかに」



願えば、想いは叶うはずなのだから。




『この世界で初めて死者の冥福を祈りました』



「…は?」



『基礎能力の大幅向上と固定報酬 称号 : 聖女 を付与します。 error。再試行。error。再試行。error。再試行。error。再試行。error。再試行。error。再試行。error。再試行。error。 原因を究明……完了。原典の筋書きにズレが生じています』



『対象 : 天津あまつ 誠哉せいや をイレギュラーに認定。排除を提案。…………賛成1。反対2。提案は否決されました。 代案として称号の変成を提示。…………賛成2。反対1。提案が可決されました』



『変成開始。…………………………完了。称号 : 聖女 は 称号 : 聖者 に変成されました。 改めて基礎能力の大幅向上と固定報酬 称号 : 聖者 を付与します』



『称号 : 聖者 の効果により、条件を満たすと種族の進化が可能です。……条件の達成を確認。進化の準備が完了した時点で進化を実行します』



「……なんだ、これ…?」



そもそも意味分かんねぇし、それに何が聖者だよ。聖者だってんなら瀕死の猫くらい救えるだろうが。 なんだってこんな時に幻聴なんか…。



『要求を確認。……承認しました。個人報酬 神聖魔法 を付与』



『この世界で初めて称号を獲得しました。基礎能力の向上と固定報酬 称号 : 称号の先駆者 を付与。……要求を確認できませんでした。これまでのデータから自動的に選択されます。個人報酬 光魔法 を付与』



『この世界で初めて魔法を習得しました。基礎能力の向上と固定報酬 称号 : 魔導の先駆者 を付与。……要求を確認できませんでした。これまでのデータから自動的に選択されます。個人報酬 スキル : 聖域 を付与』



『この世界で初めてスキルを習得しました。基礎能力の向上と固定報酬 称号 : 技術の先駆者 を付与。……要求を確認できませんでした。これまでのデータから自動的に選択されます。個人報酬 スキル : 威光 を付与』



『この世界の同種族の中で最強となりました。基礎能力の大幅向上と固定報酬 称号 : 列強 を付与。……要求を確認できませんでした。これまでのデータから自動的に選択されます。個人報酬 結界魔法 を付与』



『貴方の選択の結果を尊重します』



「…………………………はぁ?」



俺ってそんなに疲れてたのか…。……うん、早く帰って寝よう。もう飯はいいや。



「……じゃあな猫。また来るよ」



そう一言残して、車に戻るため踵を返し脚を進めた。







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『異世界との同調が開始してから1分24秒が経過しました』



『現時点での異世界との同調率は0.01%です』





『特殊称号 : 勇者 は獲得されていません』



『特殊称号 : 賢者 は獲得されていません』



『特殊称号 : 剣聖 は獲得されていません』



『特殊称号 : 聖者 は 天津 誠哉 が所有しています』



『特殊称号 : 騎士 は獲得されていません』



『特殊称号 : 魔王 は獲得されていません』



『特殊称号 : 竜王 は獲得されていません』



『特殊称号 : 獣王 は獲得されていません』



『特殊称号 : 死王 は獲得されていません』



『特殊称号 : 人王 は獲得されていません』





『ワールドクエスト ルートα 《星は廻り、人も廻る》 の進行度は0%です』



『ワールドクエスト ルートβ 《魔よ吠えろ、星を覆え》 の進行度は0%です』



『ワールドクエスト ルートγ 《星の終焉、時代の終わり》 の進行度は0%です』





『皆様の選択の結果を尊重します』

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