親友は不滅だった。

天然無自覚難聴系主人公

第1話 事故そして変態の誕生

 タイヤが擦れる不快音が耳に響き、視界にはその不快な音を立てながらトラックが迫る。それ以外の音は全てかき消され、まるでこの音しか鳴っていないかのように全てを奪われる。思考も何もかもが奪われる。


 そして、ただ一身に衝撃を味わい、その嫌な音が消える。


 辺りは騒めく程度の事態ではない。目の前で人が死んだのだ。そのグロさは本物である。引きずられ、ねじ切れた体から大量の血と臓物が飛び出す。その凄惨とした光景を目の当たりにしてしまっては叫ぶのも無理はない。


 だが、そんな騒然とした空気も彼には伝わらない。意識という意識は消えている。ただ、自分が死んでいると理解するまでの刹那の時間を彼は生きている。


 ……こんな所で死んじまうのか。


 全身の感覚は無い。どのような体勢で空を仰いでいるかなど彼は分からない。ただ、直前の意識から自分が引かれたとだけ理解している。


 ……まだ、何もしてないのに……大人の階段も登ってねーよ。

 キスってなんの味がするんだろうな。

 転生とかしちゃうのかな。


 彼の人生でこの状況を打破できる走馬灯などありはしない。何も成さずに死んでいく彼は迎えることの出来ない未来、夢、欲望を一人語りするしかない。


 俺は神様になるはずだったのに……

 水星人だし、血は出ない予定だったのに……

 働きたくないから、将来は石油王になって食って食って太って見たかったな……やっぱり、太るのはやだな。


 まだまだやりたい事いっぱいあるのに、死んじまうのか……


 曖昧になっていく思考のせいか、死に際に考える事ではない事ばかりが次々と浮かぶ。そして、かろうじて残っていた意識も終わりを迎え、ボヤけていた視界も次第に見えなくなる。心の中に強い信念を残したまま視界は閉ざされる。


 死んでられるかよ……僕――私はまだドスケベな性行為もした事を無いんだから……! VTubeになって世界を掌握する夢を叶えてないんだから!!!



 ***



 その日は何気ないただの日常だった。無論今日親友が死ぬなど考えてもいないことだった。そんな事を考えて生きる人間などこの国には居ないだろう。そして僕も当然その一人であり、今日も呑気で自堕落な生活だった。


 そいつから今日一緒に買い物に出かけないかと聞かれたが、行く場所は決まってアニメや漫画のグッツが売ってるところなので、睡魔に負けて今回はパスした。


 もしここで僕が行くと言っていればこんな事にはならなかったかもしれない。そんな自責の念を抱えて苦しむ。


 親友が死んだのを知ったのは夕食の時だった。たまたま流れて来たニュースで、聞いた事のある名前だなと思っていたら親友だった。


 もちろん最初は疑った。確認のために電話を何度もかけるが応答は無い。何かの勘違いを願った。歩き疲れて寝てしまった、長めのお風呂に入ってる、お腹を壊してトイレに篭っている。あのニュースが嘘であるように、偶然同名の人だった事を願って。


 何回も、何十回もかけてようやく繋がった。けれど、聞きなれた声ではなく、震えたか細い声が返ってきた。そして震える声で『うちの子は死んでしまった』と。


 泣き崩れ電話越しに響く弱った声。これを現実と受け入れてしまった途端、涙が止まらなかった。


 負い目を追われる様に部屋に閉じこもり、学校を何日か休む。成績にも関わってくる欠席日数を抑えなければならない現実にその殻を壊され、何とか心を入れ替えて登校する決心が着いた。


 気を使ってくれる両親が朝ご飯を作ってくれるが半分ほど食べた所で箸が止まってしまう。朝食に時間を多く取られ、急いで家を出るも毎朝出会う場所に彼の姿は無い。


 思い出の場所から目を背け、静かな通学路を進む。まだ人気の少ない学校はアイツがいない分さらに冷たく、静まり返る。


 アイツの下駄箱には上履きが取り残され、ほんの数日の話という事を再度実感する。人の居ないこの時間帯の教室でデイリーをする時も昼ご飯の時もアイツはもう居ない。


 嘘だった、夢だった見たいなハッピーな世界望みながら教室の扉を開ける。当然親友の席に親友の姿は見えない。けれど、普段なら僕とアイツしかいない時間帯の教室に人の姿が見える。それもアイツの席に。


 もう、自由席になってしまったのか……


 けれどその後ろ姿は今までの学校生活で見たこともない後ろ姿。腰まで伸びた長い髪は一本一本が、光沢を帯びているのではないかと思う程手入れされており、美しいという言葉がよく似合う。きちんと伸びた背筋、一切の乱れの無い制服の着こなしから清楚な雰囲気が漂う。静かに凛とアイツの席に居座る彼女に対し怪しむような視線を送り、関係ないと自席に着こうとする。


「おっ? やっと来たね。今日は遅かったねー」


 馴れ馴れしく話しかけられ、振り返る。その顔を確認するもやはり知らない人物。大きな二重、整った輪郭。まるでモデルの様に綺麗な人。知らない人、見たこともない人でありこんなきれいな人と係わる機会も無い。だが、どこか親近感がある。


「……誰だよ」


「親友の名前を忘れちゃったの!? まことだよ!」


 ふざけた口調で濁す彼女に向ける視線は穏やかな視線ではない。眉間にシワを寄せ、刺すような眼差しで軽蔑する。


 だが、彼女は何をしているのか分かっていないのか『なんかまたやっちゃいました……?』とでも言うようにヘラヘラとした表情のままだ。首を傾げる彼女の仕草に段々と怒りが積もる。こいつは舐めている。親友の――允の死を舐めている。腹の底から何かが渦巻き、吹き出るような感覚。本当に気持ちが悪い。


 拳を固く握り、渦巻く憎悪を抑えつける。行き場を失った怒りは表情と口調で徐々に滲み出す。


「お前はまことじゃない」


「確かには合わないね……じゃあマコは? 可愛でしょ?」


 名前と表情と手の仕草と動くたびに揺れる綺麗な髪とこちらを覗くその目とそれに映る酷い顔をした自分と、視界に映る何もかもが憎く感じる


「黙れ。お前は誰だよ。まことを語るな」


「……小山こやま まこと。好きな部位は脚。足ではなく、『きゃく』と書いた『脚』の方が好き。」


 その言葉は允が脚フェチを語り始める上で最初に言い始める文言。一言一句全てが允と同じ。その気持ち悪さと喪失感に言葉を失う。


「太股が柔らかいとかでは無く。完全な黄金比を求めている。太股と脹脛の比率、脹脛の山の位置、立った時の膝、座った時の太股の肉、それら全てを見た脚が好き。健康的で、適度な運動をしていないと手に入らない。究極の脚を探し求めている」


 夢みたいな、全部嘘だったみたいなハッピーな世界。口調、言葉のチョイス、謎の間全てが允と同じ。ここまで来ると信じたくなってしまう。彼女が允であると。


「でも、允は死んだはずだろ……」


「フッフッフ……私は神になる人だぞ!? 宇宙からやってきた水星人だぞ!? 簡単に死ぬとは思わないでよね。想いは……不滅だぁぁぁぁあ!!」


 本当に懐かしい気がする。最後に会ってから数日しか立っていないのに、死んだと聞いてからとても遠くに感じた。その存在とまた、こうしてくだらない事を話せるとは思っていなかった。


「分かった。お前は転生したんだな? 自称神の自称水星人」


「その通り! 私は死んでも死なないよ」


 信じがたい話だが、そこには允がいるように思えた。今の自分にはこの存在がいるだけで許せてしまった。救われてしまった。認めてしまうしかなかった。悲しみを抱えたままだがクスリと笑いが出る。戻る事の無い日常が歪な形でまた現れた。


「じゃあ、私の解釈を放しておくね。まず、允は死んだ。確実にね」


 準本人が言うのだからそうなのだろう。あまり受け入れられる事では無いが、決心して学校にも来ている。それにこの状況の方が驚きだ。


「じゃあ、私は一体何なのか……私は允の思想の一つだ」


 てっきり転生したなど生命の生まれ変わり系だと判断していたが、彼女曰く魂の分裂に近いそうだ。そしてその分裂した魂が成りたい身体を構築した。現実味は無いが筋は通る。


「いや、私もあんまり理解してないからノリでね? そういうものなの」


 異次元過ぎる話を処理していると登校し始める生徒がいつの間にか増え、真剣な内容に全く聞こえない真剣な話に茶々を入れる。


「允の代わりに転入したって本当~? めっちゃ可愛いね」


「すげ~可愛いじゃん! 仲良くしようぜ~?」


 こいつら……允が死んで見た目が変わって嬉しがってやがる……マコも何か言ってやれ!


 自分含めこの二人のコンビは学校で中々に浮いていた。特に允は頭がおかしいのではないかと思う程にネジが外れている奴だった。僕以外のクラスの人は嬉しい所もあるのだろう。それも美少女だ。


「良いですよ~仲良くしましょう!」


 自分の想像とは違い、マコは笑顔で対応して手まで差し出した。第二の人生は人と仲良くするのが目標なのだろうかと不思議にその様子を見つめる。


「あんな奴らと関わって何になるんだ? 関わらなくていいだろ?」


「見ましたあの人達? 下心丸出しですよ?」


 だから関わらなくて良いと言っているのだが、様子がおかしい。段々と顔が赤く高揚し始めもぞもぞとしながら少し息が荒げる。


「……今、彼らは私でいやらしいことを考えている……! きっと彼らの頭の中では私はあられもない姿に……ッ!」


 ついに頭がおかしくなったようだ。元から『寝取られって良いよな。取られる人も取る人もいないけど』や、『行き過ぎた姉妹愛って、もはや美しいよな』『ロリを見ろ! あの澄み切った眼を見ろ! あの輝きを保ったまま暗い道に進ませい……!』などの変態要素があるとは思っていたが、ここまでではなかった。本当に允かどうか再度疑いが脳裏を過る。


「なんか変わったな……」


「私は愛欲、性欲、そっち路線の思想をありったけ集めた存在だからね」


 何を言っているか理解できなかったが、先程言われた魂の話を思い出す。つまりコイツは允の変態な思想を多く持った魂の分裂体という事――


「登校初日からいきなり三人プレイっ……!」


 もぞもぞと動きながら隣で静かに喘ぎ始めるマコに冷たい視線を送るが、気にせずに続く行為に段々とケダモノの性が目を覚まし始める。


「へ、変な声出すなよ! 僕が何かしたみたいになるだろ!?」


 まだ教室には数十人程度しか来ていないが、それでも周りから彼女へ向けられる視線は多い。それが更に加速させ妄想イキの悪循環を生み出す。


「ご、ごめんね……実はそのね、思想の一つに──」


 允は馬鹿だった。想像を絶する人間だった。相手の想像とどうやら同期するらしい。さっき漏れ出た声は大方さっきの奴らが『胸がすげー』など言いながら挿れたのだろう。何とも頭の悪いやつらだ。允が居なくなって喜んでいるような人たちという事も分かっているがあまりにも愚かすぎる彼らと隣の変態に唖然とする。


「触られたら発動するのか? 二度と人に触るなよ」


「ち、ちがぁぁ~うよ。触れられなくても発動ッ……! するよ」


 会話の途中で入ってくるためとても聞き取りづらい。まだ允の方が良かったと思う。変な能力を手に入れたせいで頭のおかしい具合が一気に跳ね上がっている。


 荒い息遣いが段々と収まっていき、多少ぐったりとした顔に思わず愚かな彼らが何をしたのかと想像してしまう。


「ん、っ……ぁあ……! あッ、」


 ビクッと身体を跳ね上がらせ、今までにない程脚を閉じ込み、静まってきた熱が再度マコを悶絶させる。口を手で押さえこれ以上教室内に自身の甘い声が漏れないようにするも十分に漏れ出ている。鮮やかな朱色に頬を赤らませ陶酔に陥る。


「す、すごいね……多分今の君でしょ……?」


「……ごめん」

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