美しく切ない花火

オーストリッチマン

異世界転移編

第1話 異世界転移

 告白するわけでもないのに心臓がバクバクして破裂しそうだ。ただ、花火大会に誘うだけなのに……。


 なぜここまで緊張しているのかというと、今からデートに誘う彩乃がどストライクの女だからだ。


 携帯の電話帳から彩乃を選択し、震える指先で発信ボタンを押す。


「はい」

「いま大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「あのさぁ、さ、再来週の花火大会に一緒に行かない?」

「再来週の花火大会!? いま一緒にいる友達と行く約束してるんだけど……ちょっと待ってね!」

「うん」


 ちょっと待ってということは、もしかして友達と行くのをキャンセルして俺と行ってくれるのか?


「………………もしも〜し」

「はい」

「友達に確認したら『いいよ』って言ったから、二対二で行かない?」


 そう来たか!

 いや、何を期待してたんだ俺は……バカか。

 それに、彩乃が先約をキャンセルして後から来た約束を優先させるはずないじゃないか。


 二対二だが彩乃と花火大会に行けるんだ、返事はもちろんイエスだ!



   ◇◇◇



 ついに、待ちに待った花火大会の日がやってきた!

 俺は友達の智久と、車で待ち合わせ場所のコンビニに向かう。


 コンビニに着くと、すでに彩乃と友達が待っていた。

 茶髪でゆるふわパーマのロングヘア―の方が彩乃だから、黒髪のボブが友達だろう。


 彩乃たちを後部座席に乗せ、軽く自己紹介をする。

 自己紹介が終わると、花火が見える山に向かった。


 花火会場に行かず、山に向かったのは混むからだ。

 それに、山だと夜景も見れるから、まさに一石二鳥。


 駐車場に車を停め、花火が見える展望台に移動する。

 展望台に着くと、人混みまでとは言わないが、そこそこの人がいた。


 これを見た彩乃が呟く。


「思ったより人がいなくて良かったね」


 その直後、『ドン、ドン』と大きな音が鳴り響く。

 この音を聞いた俺たちは空を見上げる。

 するとそこには、キレイな大輪の花火が咲いていた!


 あまりの美しさに、俺たちはしばらく無言で見入っていた――そのとき、衝撃的な言葉を耳にする!!!

 その言葉とは『今日、彼氏は遅いの?』というこの世で一番聞きたくない言葉だった……。

 これは、友達の香苗が彩乃に発していたセリフだ。


 俺は彩乃に彼氏がいることは知らなかった……。

 ――いや、知りたくなかったと言ったほうが正しい。

 だから、彩乃に『彼氏いるの?』と質問したことが無い。


 このことにより、楽しかった花火大会が切ない花火大会に変わった。

 花火が全て打ち終わると、平然を装って彩乃たちを送り、自宅に帰った。



   ◇◇◇



 自宅に戻った俺は現実逃避を図るべく、『ミソロジーワールド』をプレイする。


 ミソロジーワールドとはMMORPGゲームで、俺はこのゲームの中毒者だ!

 正確には、だったと言ったほうが正しいか……。


 その『ミソロジーワールド』を半年ぶりにプレイすると、


『おめでとうございます! プレイ時間が3万時間に到達しました。これを祝して、ユニークスキル【サモンビーストテイマー】を贈呈します!』


 と、ゲーム画面に表示された!


 どうやら、このゲームの総プレイ時間が3万時間に達したみたいだ。そのご褒美で特典を貰ったらしい。


 ――次の瞬間、『ピカッ』とゲーム画面がまばゆく光る!

 あまりの眩しさに俺は目を開けていられず、反射的に目を閉じた。



   ◇◇◇



 光が収まり、俺は目を開く――!


 目を開いた俺は愕然がくぜんとする。なぜなら、目の前に広がる光景がさっきまで居たはずの俺の部屋ではなくなっていたからだ!!!


 見た感じ……森の中に居るみたいだが、どういうことだ?

 考えられる原因は……突然光り輝いたゲーム画面か? それ以外に思い当たる節が無いからな。


 状況を整理していた――そのとき、背後から声がした。


「ユリウス様。大丈夫ですか?」


 ……ユリウス様!?

 もしかして、俺に言っているのか……?


 ――待てよ……ユリウスって、俺がゲーム内で使用している名前だぞ!!!


 もしかして……と思い、おもむろに視線を下にやる。

 すると、俺はゲーム内で使用しているアバターと全く同じ格好をしていた!!!


 確認のために、髪を触る。間違いない、この感じは……コーンロウだ。

 肌の色も褐色だし、完全にゲーム内で使用しているアバターと一致している。


 よく見ると、この森も見覚えがあるぞ。

 さっきまでこの森を散策していたから間違いない。ゲーム内に登場するヤマの森だ!


 ――ということは……俺は『ミソロジーワールド』の世界に転移したってことなのか!?


「ユリウス様?」


 再び声をかけられたので、声がした方に振り向く。


 するとそこには、ベージュのシルクハットを被り、真っ白のスーツの上にベージュのコートを羽織った紳士風の色黒の鳥人が立っていた!

 見た感じ、年は四十前後くらいだろうか?


 周りに俺とこの鳥人の二人しか居ないから、ユリウスとは俺のことで間違いないだろうが、念のために確認してみる。


「あのぉ、すみません。さっきから呼んでいるユリウスって、俺のことですか?」

「――えっ! そうですが……」


 やはり、ユリウスとは俺のことで間違いないみたいだ。

 ――ならここは『ミソロジーワールド』の世界で確定だな!


 告白したわけじゃないが、失恋した俺には現代に未練はない。異世界で第二の人生を満喫するか!


「もしかしたら、さっきの光が原因でユリウス様に記憶障害が起こったのかもしれません」

「――さっきの光?」

「はい。先ほどユリウス様が突然光に包まれたのです」

「――光に包まれた?」


 近くに敵の気配は無いから、普通に考えると俺の異世界転移が原因だろうな。


「はいそうです。ちなみにですが、私の名前は分かりますか?」


 名前と言われても……初めて見るキャラだから分かるはずがない。

 ここは正直に答えるか。


「……すみません。分かりません」

「……これは記憶障害で間違いなさそうですね。私はジズ。私の名前を聞いても思い出しませんか?」


 ――ジズ!!!

 いまジズと言ったのか!?


 ジズとは、俺がゲーム内で使用できる怪鳥の召喚獣の名前だ!

 ということは……俺が使用できる召喚獣が鳥人化している……のか?



 ――ここで俺はある事を思い出す。


 それは、特典で獲得したユニークスキル【サモンビーストテイマー】だ!

 サモンビーストテイマーを直訳すると、召喚獣使い。どう考えても、このユニークスキルが関係しているに違いない。


 なぜ鳥人化しているのかは分からんが……召喚獣のジズで間違いなそうだ。

 思い出したことにして、話を合わせておくか。


「なんとなく思い出しました。ですが、関係性などが思い出せません……」

「そうですか……。では説明いたします。私はユリウス様の配下です。なので、ユリウス様は私の主君になります。ですから、今後は私に敬語は不要です」


 なるほど! 召喚獣使いだから、俺が主君ってことねっ!

 ということは、主君らしい言動をした方がいいのか……?


 でもなぁ、俺は気を遣うのも遣われるのもあまり好きじゃないんだよなぁ。

 俺は昭和生まれだが、昭和から平成初期のバリバリな縦社会がどうも性に合わんかったからなぁ。

 上下関係は大切だが、あの時代のは明らかに行き過ぎだったと思う。


 特に学生時代の上級生は神様、下級生は下僕みたいな関係が良く分からんかったなぁ。たった数日から数ヶ月早く生まれただけなのに……。


 俺が求める理想の人間関係は、アメリカの上司と部下みたいな関係性だ!

 住んだことがないから俺の認識が合っているか分からんが、アメリカは上下関係があまりないらしいからな。

 だから敬語ではなく、タメ語で話すらしい。というか、敬語が存在しないんだったっけ……?

 上下関係の区別は、目上の人に敬称を付けて呼ぶ。これが一番楽だ。


 この事をジズに伝えよう。


「俺がジズの主君だということは理解した。だが、今後は配下というより仲間として接したいと思う。だから、ジズも敬語じゃなくていいぞ」

「――えっ! もったいないお言葉。ですが、お気持ちだけで結構です」


 ジズは真面目で礼儀正しい性格みたいだ。本人が望むのなら無理強いは止めておこう。


 ジズが俺に問いかける。


「ちなみに、この場所は分かりますか?」

「たぶん、ヤマの森だよな?」

「はいそうです。では、この森に来た理由は覚えていますか?」


 ゲームと同じ理由なら、ゴブリン退治でいいはず……。


「確か、ポポル村の村長からゴブリン退治を依頼されたんじゃなかったっけ?」

「その通りです! 現時点でユリウス様の記憶が曖昧なのは私との関係性だけみたいですね」

「そうみたいだな」


 状況整理が終わった俺たちは、ヤマの森に来た目的であるゴブリン退治に向かう。

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