第073話 子供だって

 今日の私達はまた星雲市から少し離れた警察病院に向かっています。

 今回はあのときとメンバーが違うけど。今日は私とまー君とゆー君の3人です。

 しろ君とすずちゃんはそれぞれ空手と部活。ちーちゃんは「パス」って言ってた。

 まぁ…まー君がそんな大所帯で行く必要もないって言ったし。


 私は呼ばれてないけど行くことにした。

 一方でゆー君は何やらまー君にほぼ強制で連れてこられてます。

 …何かあったのかな?


 本題に戻って私達は何故また警察病院に向かっているのか。

 それは数日前に丸岡刑事からまー君にこぎつね座の堕ち星と成っていた森住 晶君が目を覚ましたって連絡があったから。

 だから今回も私達は「何故堕ち星は生まれるのか」を解き明かすために向かう…ってまー君が言ってた。

 「話を聞きに行くのはわかってるけど具体的な目的を教えてよ」と言ってようやく教えてくれた。


 病院にたどり着いた私達は待合室で座って面会許可が下りるのを待つ。受付は前回と同じくまー君がやってくれた。


 数分後、看護師さんに呼ばれて私達は病室に向かって移動を始める。

 呼びに来た看護師さんが微妙そうな顔をしていたのは気のせい…かな…?

 そう思いながらエレベーターを使って上の階に行く。


 エレベーターを降りて廊下を歩いてると、看護師さんが微妙そうな顔をしていた理由がわかった。

 廊下にまで怒鳴り声が響いています。

 声的に…女の人と男の子…かな?


 看護師さんがまー君に「こんな様子ですけど…どうしますか?」と聞いている。

 まー君はどうやら気にせず行くらしく、「行きます」と言って病室に向かって歩いていく。

 ゆー君もその後ろについて行ってる。

 私も追いかける。


 そしてまー君は病室の扉を普通に開けた。

 中から喧嘩してる声が聞こえるのに…

 入ったら女の人と森住 晶君の凄い喧嘩が行われていた。


「心配してないなら来んじゃねぇよ!」

「お母さんだって働いてるの!職場に迷惑かかるからすぐに来れないのぐらいわからないの!?」

「知るかよ!だったら来るなよ!」


 とりあえず止めないと。

 と思ったときにはもうまー君が止めに入っていた。

 すずちゃんが喧嘩してたときとは大違い…


「誰ですかあなた」

「陰星 真聡と申します。あなたの息子さんを怪物から元に戻した者です。今日は警察の方から許可を得て、息子さんに話を聞きに来ました」

「…今、見ての通り取り込み中なので後にしてください」

「失礼を承知で言いますが、今このまま続けても喧嘩をするだけではないですか?息子さんには俺から話します。お母様も1度落ち着かれてはいかがでしょうか」

「警察から許可を得たって、あなたまだ子どもでしょ。それにこれは親子の問題です。口を挟まないでください」

「…俺は確かに学生で成人してない子どもです。それでも、これは俺がやらなければならないことなんです。それにすでに親子の問題では済まないところに来ています。ですので、1度俺に任せていただけますか」


 晶君のお母さんはしばらく考えたあと「わかりました」とだけ言って病室から出ていった。

 まー君って丁寧に話せるんだ…

 私はそんな口にしたら怒られそうな感想を抱いてしまった。


「ババアを追い出してくれたのは嬉しいけど、お前誰だよ」

「お前と戦ったやつだ」

「…じゃあお前があの鎧のやつかよ」

「そうだ」

「…帰れよ。お前にも話すことねぇよ。」


 そう言って晶君は反対側を向いてしまった。

 でもまー君は諦めずに言葉を続ける。


「…森住 晶。何であそこまで母親を嫌う」

「何だよ。お前まで説教かよ」

「違う。お前の話を聞きに来た。何故母親にあんな事を言う」


 まー君がそう聞くけれど、晶君から返事は返ってこない。

 でもしばらく経ってから晶君は口を開いた。


「…ババアは本当は俺のこと嫌いなんだよ。消えた父親の息子の俺なんか。」

「どうしてそう思う?」

「ずっと働いて、全然家に帰ってこないからだよ。俺が1人立ちしたらゆうゆうと暮らせるように金貯めてるんだよ。俺には小遣い全然くれないのに塾だけは行かせるしよ。」

「それは母親から聞いたのか?」

「ババアはほとんど家にいないからそんな話しねぇよ」

「母親も人間だ。考えてることを言わないと伝わらないぞ。」

「言った。小学生の頃、みんな持ってるゲーム持ってないし、家にも呼べないから周りのやつと遊ぶのが辛いって。そしたら「ごめんね」と「お母さん頑張るから」としか言われなかった。でも何も変わらなかった。逆にババアが家にいる時間が減っただけ。だからババアは俺のこと嫌いなんだよ。」

「…だから前に「自分を必要しないやつなんて皆いなくなれば良い」って言ってたのか。…あれは本心か?」

「…覚えてねぇよ」


 それに対してまー君は「今でもそう思うか?」と聞いた。

 晶君はしばらくしてから「思う」と返事をした。

 それを聞いたまー君は何か考えてるみたい。

 …何を考えてるんだろ?

 聞こうとしたとき、まー君は口を開いた。


「お前、実は寂しいんじゃないのか」

「…違う。」

「…だが、言わないと伝わらないぞ。伝えれる相手が手の届かないところに行く前に、伝えたいことは伝えておくべきだ。…1人しかいない親なら尚更な」

「だからババアは俺のこと嫌いなんだって言ってるだろ!」

「…嫌いだったら、もっと酷いように扱われているはずだ。ずっと働いて家にいない理由を自分で聞いていないのに、そう決めつけるのは良くないと思うぞ」


 そう言い切ったまー君の顔はどこか寂しそうな、悲しそうな顔な気がした。

 でもそれに触れる前にまー君は「行くぞ」と言って病室を出ていく。

 …え、いや晶君このまま置いていっていいの?

 それを言う前にまー君は病室から出ていってしまった。


☆☆☆


 病室を出てからまー君は誰かを探してるみたいで、院内を歩き回ってる。

 数分後、ようやくまー君は探していた人を見つけた。

 その人は晶君のお母さんだった。


 廊下とくっついてる休憩室みたいなところの椅子に座っていた。

 まー君は晶君のお母さんの正面に周り、話しかける。


「お母様、息子さんから話を聞いてきました」

「…お手数をおかけしました。晶には私からもキツく言っておきますので」


 そう言ってお母さんは立ち上がり、頭を下げてから病室に戻ろうとする。

 まー君はその背中に「今、叱っても逆効果だと思いますよ」と投げかける。

 すると晶君のお母さんは振り返って反論する。


「じゃあ、どうしろって言うんですか。晶は怪物になって物を盗んで、同級生を襲ったんですよ。それを叱るなと言うならどうしろというんですか」

「…確かに晶君は許されないことをしました。ですが、怪物になること自体がおかしいんです。だからまずは、責めるより話を聞いてあげてください」

「話を聞くって…確かに私は家にいる時間は少ないです。でも私は晶のために、私や離婚した父親のようになってほしくなくて、いい大学に行って人生を失敗しないで欲しい。だからその学費を出してあげるためにずっと働いているんです。

 そもそも成人すらしてないあなたには私の…親の気持ちはわからないでしょ。…これは私達親子の問題です。口を出さないで」


 そう言い切るとお母さんは今度こそ病室戻ろうとする。

 でもまー君はまた晶君のお母さんの背中に言葉を投げかける。


「…確かに子供である俺にはお母様の気持ちは完全に理解できないと思います。でも、子供だからこそ息子さんの気持ちがわかります。

 お母様のような子ども思いの親を持てて、息子さんは幸せ者だと思います。ですが言葉にしないと、親が何を考えているか、本当に自分のことを大事にしてくれているのかわかりません。子供は人生経験が少ないので尚更です。息子さんは不安なんです。家にいる時間が短く、ずっと働いている母親に自分は本当に愛されているのか。

 それに親が願う幸せと、子供が思う幸せは違うこともあります。子供だって1人の人間なので。

 だからきちんと息子さんの話を聞いてあげてください。お母様の想いを伝えてあげてください」


 まー君の言葉から数十秒後、晶君のお母さんは「わかりました」とだけ言って病室に向かっていった。


 その背中を見送るまー君の顔はやっぱり、寂しそうな顔の気がした。


☆☆☆


 自販機にお金を入れて、ボタンを押す。

 するとガコンって音と共に飲み物が落ちてくる。

 …私が買ってくるって言ったけど、取り出し口から3本取り出すのは大変。


 やっぱりゆー君にも手伝ってもらったほうが良かったかな。

 そんな事を思いながら頑張って取り出す。

 でもゆー君がそう言ってくれたとき、まー君が「話があるから残れ」って止められてたんだよね…

 そんな事を考えながら2人とところに戻る。


「そう思ってもらえたなら連れてきた甲斐があった」

「…そもそも俺の目的以外はお前の指示に従うって言っただろ」


 まー君とゆー君がそんな話をしているので、私は「何の話?」と聞いてみる。

 でもまー君に「こっちの話だ」って言われてしまった。

 これ聞いても答えてくれないやつ…

 …たまにまー君とゆー君の空気が重い気がする。2人共…なんか変な気がする。


 でも考えても仕方ないのでとりあえず飲み物を渡す。

 ゆー君には頼まれたコーヒーを。まー君は何でも良いって言われたのでいつものようにミルクティーを。

 ちなみに私も今日はミルクティーの気分。


 渡し終えたので私も座る。

 何か疲れちゃった。まぁ…私は何もしてないけど…

 でも、今のまー君が星座騎士のメンバー以外の事情に踏み込むのに驚いた。

 昔は良くクラスの子の悩み事とか良く聞いてたのを見てたけど、再会してからは初めて見た。


 そんな事を考えていると何か忘れている気がする。

 何を忘れているかは悩む間もなくすぐに思い出した。


「何で堕ち星になったか聞くの忘れてない!?」

「あ…真聡、どうする?」

「…もう一度病室に行くか」


 そう言ってまー君は立ち上がって歩き出す。

 私とゆー君もその後を追う。


 病室の前に着くと、まー君がそっとドアを開ける。

 …それだと後ろにいる私達中見えないんですけど。というか入らないの?

 そう思ってるとまー君は扉を閉めて「帰るぞ」と言った。


「え、帰るの!?」

「いやじゃあ何しに来たんだよ俺達」

「…親子の時間を邪魔したくない」


 そう言われてまー君は扉の前から移動する。

 私とゆー君もそーっとドアを開けてみる。


 すると確かに晶君とお母さんが話している。

 晶君はお母さんと反対方向を見てるけど、部屋の空気は私達が来たときより確実に優しい空気だった。

 これは…邪魔したくないよね。


 私達もドアをそっと閉めて、病室前から移動する。

 そしてエレベーターに乗って1階に降りて、受付に「帰ります」と言って病院から出る。

 そして駅に向けて歩いていく。

 途中でゆー君がまー君に質問した。


「でも本当に良かったのか?本来の目的を果たさずに帰って」

「良い。それに、どうせ覚えていないって言われるのがオチだ」

「今までがそうだったもんね……でも何であんなに親子関係に踏み込んだの?いつもは嫌がるのに…」

「…何でも首を突っ込むのをやめただけだ。今回は堕ち星に成った子供と親の問題だ。澱みは負の感情が原因かもしれないんだ。万が一変にこじれてまた堕ち星に成られたら困るからな」


 そう言ったまー君の横顔はやっぱり少し寂しそうな気がした。

 …本当に理由はそれだけなのかな。

 そこはわからないけど、私はずっと考えてたことを口にする。


「まー君には私が…私達がいるからね」

「…どういう意味だ」

「そのままの意味。辛かったり、寂しかったりしたら…いつでも言ってね?」


 まー君は立ち止まるけど、言葉が返ってこない。

 私も急に止まったまー君に驚いて立ち止まる。

 …私、変なこと言った?

 悩んでいると、ようやくまー君が口を開いた。


「…俺は、大丈夫だ。」


 そう言ってまー君は再び歩き出した。


「まぁ本人もそう言ってるし、由衣はいつも通りで良いんじゃないか?」


 ゆー君が私の方を軽く叩いてまー君を追いかけていく。

 私も置いていかれまいと2人を追いかける。


「ねぇ〜!せっかく3人でここまで来たんだしどっか寄って帰ろうよぉ〜!」

「前に寄り道しただろ。今日はまっすぐ帰る」

「まぁまぁ。そう言ってやるなよ」


 こうして私の2度目の警察病院へのお見舞いは終わった。

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