浄魔の聖女

@momonasi

第1話


アリサは悩んでいた。


場所はコンビニのドリンク冷蔵庫の前である。ふたを「パッカン」と開くと大きく口が開く缶ビールを見つめていた。


鈴鹿アリサ、21歳。冷蔵庫のガラスに映るその姿は、身長165センチ、モデルやグラビアやってる?と良く聞かれるほど均整のとれたスタイルだった。輝くような真っ白い肌に長い黒髪は一つにまとめて背中の中ほどまで届いている。缶ビールを睨みつけている大きめの瞳は黒目がちでよく輝いていた。Cカップある胸は少し動くと可憐に揺れ、形良く張り出しており本人も気に入っている。細くくびれた腰に手を当てたポーズで考え込んでいて、それだけでかわいらしく色っぽく決まっているため他の男性客の目を引いた。中には、女優か芸能人じゃないかと凝視する者もいたが本人はまったく気が付いていなかった。服装はグレーのスウェットの上下にジャージの上着を重ねて羽織り、使い古したリュックを背負っていた。髪は無造作に一つにまとめ、化粧っけもほとんど無い。化粧無しでもまつ毛は濃く長く、唇も血色良く赤かった。

彼女はよくバイト先で、若手清楚系演技派女優の誰それによく似ている、いや誰それの方が似ている、とウワサされていた。しかしそれは、もう少しおしゃれをしたら、化粧をしたら、という条件付きでため息まじりにウワサされていたのだが、本人は知るよしもなかった。


バイト上がりの21時半。バイトの給料日までまだ五日ある。手持ちは763円。最後の頼みの綱、500円玉を使うべきかやめるべきか。缶ビールなのにあの「ふたパッカン」のやつは、まるで生ビールのような味わいが楽しめるのだ。あれが飲めればとても良い気分転換になるのだ。しかし、ビールと軽いスナック菓子を買うと大事に取っておいた500円玉が無くなってしまう。あと五日・・・・なんとかなるだろうか。もう、というかいつものようにカードは限度額いっぱいだし・・・。

自分の部屋には小麦粉ともやし一袋、醤油とウスタ-ソースとマヨネーズまである。卵無しのもやしお好み焼きができる。素晴らしい。自分の部屋に帰れば食べ物はあるということだ。しかし日中何も買えないのはつらい。水道水だけではもたないかもしれない。でも今日はバイトでむかついた。いや、自分のミスで年下の先輩にモラハラ全開で怒られたのだが、落ち込んだ。「普通さあ・・・」とか「社会人ならさあ・・・」とか、普通でもないしまともな社会人でも無い自分にはかなりダメージが大きいのだ。ああまだ落ち込んでいる。

今のバイト先は服装の規定も無く、勤怠届けも有給休暇申請も比較的ゆるい点が気に入っているのだが、どうも女性の同僚たちには嫌われているようで毎日しんどい思いをしている。それは、アリサ自身が周囲の視線を気にしないとか、空気読まないとか、職場の男性陣に受けが良すぎるとか、様々な理由があるのだが、やはり本人はまったくわかっていない。男性陣もアリサの可憐さと、どこか突拍子も無い雰囲気に近寄りがたい思いをしていたのだが。

改めてアリサは思った。今はただ、あのビールがあれば・・・・。


「ブーッブーッブーッ」


スマホの通知バイブが振動したことで、刺激に敏感なアリサはびくっとした。急いで確認する。


「『至急』退魔のお仕事です。手が空いているメンバーは至急折り返し連絡を。」


やった!「本業」の連絡だ。本業とはいえ月に一度ぐらいしかお呼びがかからないからバイトをしている訳だが。ともかく、これでビールが買える。


「ビールと唐揚げとチョコ菓子も買おう。」


「至急」とあるならかなりの非常事態だろう。何か大物の「魔」が大暴れしているかもしれない。おそらく派遣退魔士に登録している近郊在住の者みんなに通知は行っているだろうから、きっと現場では大勢で対応しないといけない。だが、退魔仕事ならとりあえず何人参加してもサポート役で参加するだけで3千円は固い。もし、一番乗りできて自分が一人で処理できれば7千円ぐらいもらえるかもしれない。それだけあればあと五日、なんと豪勢に過ごせることか!ここで『勝てないかもしれない』とはチラとも思わないのが彼女の長所であり短所でもあった。


「「アリサ」受けます!場所と事の詳細お願いします!」


急いで返信した。

さっきから温度が上がるほど見つめていたビールを手に取り、しみチョコを掴むと、レジ横のから揚げを頼むと支払いを済ませた。財布の中身は大人の財布とは思えない様相だったが、大丈夫、すぐお金は入る。


「よし!!行こう!」


買った物をリュックに入れ、元気良く駆け出した。まず最寄り駅へ向かわねば。




天藤はその日、休みで用もないのに電車に乗り、小学生か中学生を見かけたら男女問わず近寄り、わざと足を踏まれるよう差し出しておいたり、ぶつかりやすいように変に距離を近くとって立っていたりした。ぶつかったり、足を踏まれたりしたら、「気をつけろ!どこ見てんだ!バカが!」「学校名教えろ!」などと言ってどなりつける遊びをしていた。駅についてからも、次々と若い女性の後ろに近づき、髪の匂いを嗅いだりしていたが、一人、とても好みの女性を見つけて気づかれないように付きまとっていた。彼女のノースリーブから伸びる腕の、特に肩の美しさに見とれた。彼女が本屋で足を止め、本や雑貨を手に取って眺めたりしている時、そっと近づき肩の匂いを嗅いでいた。が、つい我慢ができず女性のつるつるに輝く肩をベローンと舐めてしまった。


「えっ?!なに?!なになになに?!ひっ!うそ!!うそ!!!いいいいやあああ!!!ギャア―――!!!」


肩を舐められた女性は、はじめ何が起こったのか理解できなかったが、天藤を見て、自分の臭い匂いを発しながらべっとりと濡れている肩を見て状況を把握した途端、全身に怖気が走り震えあがって悲鳴を上げた。その辺一帯大騒ぎになった。天藤は慌てて逃げ出した。


「肩舐められた!変態!捕まえて!そいつ捕まえて!」


女性は声を張り上げ、天藤を逃がすまいと腕を掴む者がいたが振り払い、必死に逃げた。幸い、みんながみんな機敏に反応した訳ではないため、人ごみから抜け出てしまえば自分の事を特定するのは難しそうだった。悲鳴の方へ向かう警察官達とすれ違い、怖くなって男子トイレに駆け込み、個室に籠った。蓋をしたままの便座に腰掛け、手で顔を覆った。


「俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない」

「どうして誰も俺を大事にしてくれないんだこんなに純粋なのにどうして誰も俺を愛してくれないんだこんなに正直なのにありのままの俺を誰も誰も愛してくれないいいいいいい」

「うーーーっうっうっうっ」

「うえっえっえっ」

「ぐすっぐすっ」


早口で独り言をまくしたて、すすり泣きを始めた。しばらくそのままの姿勢で動かなかった。30分ほどそのままじっとしていた。


「お前、俺たちに近いな。」


個室の外からささやくような、あざ笑うような声が聞こえた。天藤ははっとして顔を上げたが、トイレのドアは閉まったままだ。


「おい、天藤修二。」


「ひっ」


いきなり自分の名前を呼ばれて天藤はおびえた。


「『受ける』って言え。」


「へっ?」


「『受ける』って言え!」


ドン!とトイレの扉を蹴られ「ひいいいっ」と悲鳴を上げた。


「『受ける』って言うんだ!!!」


ドン!ドン!ドン!と扉を蹴られ、天藤はパニックになった。「ひいっひっひっひいいいっ!」怯えた天藤は悲鳴をあげ続けていたが、「『受ける』って言え!」という脅しに屈し、ついに


「う、う、うける」


と、口走った。



男性用トイレからドガン!と凄い音がして、振り返ってそっちを見ていた人々の目の前に怪物がゆっくりと歩いて現れた。顔も身体も醜く短い触手で覆われている。腰から3本の長く子供の腕ほどの太さの触手が周囲の人々をはじき飛ばした。


「キャーーー!!!」

「ぎゃあああーー!」

「逃げろ逃げろ!」


口々に叫びながら人々は怪物から離れようと動き始めた。が。怪物は目ざとく薄手のワンピースを身に着けた若い女性を見つけると、触手を飛ばした。


「ひっ!」


シュルン!と女性の両腕を2本の触手がからめ取った。シュシュシュっと両腕に巻き付いていく。


「おおおおお・・・これだけで気持ちいい・・・・」


女性の腕との摩擦だけで、触手に快感が走った。触手は怪物の前に彼女を運び、磔のように持ち上げた。


「いやああああ!たすけてえええ!いやっいやっいやああああ!!1」

「むぐっ」


3本目の触手がシュっと飛び、女性の口に突っ込まれた。そのまま口腔を犯すように前後に動き始めた。怪物・・・元は天藤という名だった怪物は、白目を剥いた。


「ぐぶっぐぼっおごっ」


喉奥まで触手に侵入され、彼女は涙を流し、よだれを垂らしながらえづいていたが、怪物は気に留めなかった。ゴポッゴポッと音がする。


「あああああ、なんて気持ちいいんだ。」


怪物は愉悦に浸った。



END

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