第16話


 家庭教師の日。


「まあ気を落とすなよ。二股先生」

「これでも食べて元気出しな。甲斐性無し先生」


 扉を開けた途端、コレットとドレシアが矢継ぎ早に言った。

 オレは食べ残されたケーキを押し付けられる。


「お気遣いなく。今日の授業を始めます」

「先生のくせに生意気ね」

「いいから腐る前に食べなって」


 噂は既に届いているようだった。

 ココとの婚約はまだ解消できていない。


「嫌いなの? ココのこと」

「そうじゃない。いい子だと思う」


 オレは頭を振る。


「じゃあいいじゃん別に、シガー家とのコネくらい作ってあげなよ」

「オレでは彼女を不幸にする」


 コレットとドレシアは大きなため息をつく。


「とーへんぼく」

「数式とにらめっこでもしてな」


 罵倒されながら参考書を開いた。




 国語の時間。オレはオデと交代する。


「では、作文の授業だど。将来なりたいものについて書いてみてほしいど」

「オデさんに質問でーす」


 ドレシアが手を上げた。


「何にもなりたくないんですがどう書いたらいいですかー?」

「マジで? 私多すぎるほうなんだけど」


 コレットが鉛筆を回しながら合いの手を入れる。


「私は私、他の誰にもなる必要はないのよ」

「達観してるわねドレシア」

「素直な気持ちを書けばいいんだど」


 オデは微笑んだ。


「オデさんは何になりたいんですか?」


 ドレシアがそう言ったので、オデの表情がすこしだけ曇った。


「オデ、だど?」

「人に聴くならまず自分から言うべき」

「オデは……」

「私は決めた! 全能の神になる!」

「夢がでかいわコレット」


 コレットがノートに向かう。鉛筆が走る音につられて、ドレシアも作文に取り掛かった。

 オデは質問に答えそびれていた。




「オデ、試験受けたいど」


 家庭教師が終わって帰り際、不意にオデが言った。


「司法試験のことだど」


 慌てて法律書の擦り切れた表紙を見せた。


「いいんじゃないか」

「でも受験料が」

「わけないさ。きっと合格するよ」


 オデは目元を拭いて、頷く。


「お帰りですか」


 ソレイユがいつもの無表情で玄関に立っていた。


「本日もご苦労様でした」

「ありがとうございます」

「オデさん。こちら、司法試験の過去問と判例集です」


 ソレイユは手に持っていたノートをオデに渡した。


「いいんですかど」

「きっと良き経験となるはずです」


 彼女には予知能力でもあるのだろうか。いや、オデの態度から察していたのだろう。オレは思った。


「がんばりますど」





 家に帰った後、オレは古い読書ランプをオデに与えた。

 日が登るまで二階の窓は明るかった。

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