第5話

 月曜日と木曜日は家庭教師の仕事。

 日曜日はミサとして、それ以外の日は鍛錬に当てる。

 鍛錬とはいえ、やることはオデの掃除を手伝う程度になりそうだが。負荷は少しずつ増やしていけばいい。

 計画をカレンダーに書き込み、オレは完全防備で長年放置している納屋へと向かった。


 そうしてオレは、柄の腐った植木鋏やピッチフォークを纏めて抱えあげようとして盛大にすっ転んだのだった。


「ご主人様、無理はなさらない方がいいど」


 オデは荷物ごとオレを抱えあげた。

 気まずさを散らすためにオレは顔を覆った埃を拭い取り、打った背中をさする。


「簡単だと思ったんだがな」

「……納屋ごと潰してしまったほうが簡単だど」


 オデならそれも素手でできてしまいそうだ。オレは思った。

 埃を吸い込んでモフがくしゃみをした。


「危ないのでモフと遊んでいてくださいど」

「潰すのか、納屋。素手で」

「しないど」


 オレは棒を投げてモフと遊んだ。





 オレがどれだけ棒を遠くに投げられるか、モフがそれを取ってこれるかを試していると、門を越えて外へと出てしまった。


「いひゃいっ」


 気の抜けた悲鳴が上がった。

 モフが門の隙間に頭を押し付けて外に出ていく。オレも門を開けてモフに続く。


「っすみません、お怪我はありませんか?」


 頭を押さえていたのはシスターだった。だが、修道院の近くで見る修道服とは様式が違う。足元には質悪な紙でできたチラシが散らばっている。

 シスターは深い青色の目を瞬かせてオレを見上げた。


「あ、あなたは神を信じますか?」


 シスターはそう言った。

 ヒャワン、とモフが棒を銜えて戻ってくる。


「……間に合ってます」

「あ、いや、違います。そうなんですが、そうではなくて、ええっとですね」


 混乱しながら、シスターは足元のチラシを集める。


「わたしはルノボグ様に仕える神徒でして、この地に新しく拠点を築いたのです。ご興味があれば改宗、じゃなかった、一度足を運んでいただければ……と……」


 不器用な勧誘だった。

 オレは散らばったチラシを拾うのを手伝った。


「す、すみません! すぐに片付けますので、大丈夫なので!」

「いえいえ」


 ヒューッ、ヒューッ、と音がした。

 シスターは乱れた呼吸を押さえようと胸に手を当てている。

 オレは立ち上がる。


「いえ、ヒューッ、お構いな、ヒューッ、ヒューッ」

「立てますか?」

「ヒューッ、ヒューッ、あの、ヒューッ、これ以上は」

「失礼」


 オレはシスターを抱えあげた。

 庭仕事の道具よりは軽い。


 彼女をベンチに座らせて、飲み水をコップに注ぐ。


「どうぞ」


 シスターはしばらく茫然としていたが、水の入ったコップを両手で包み一気に飲み干した。


「実は居場所がなくて」


 彼女は呟いた。


「新たな土地なら頑張れると思ったんです。ですが反りの合わなかった司祭も付いてきて、今日も一人で勧誘の外回りを……でもこれしかないんです、わたしには、もう」


 頭を振ってシスターは俯く。


「ルノボグ様の素晴らしさを世界に知らしめるのはわたしの使命なのです。そうでなければ、わたしの人生に意味がなくなってしまう」


 肩を震わせ、思いつめた目でデッキの床を見つめている。

 そんな彼女の足元にモフが寄り添った。


「……すみません、こんな話をして」


 彼女の手はフワフワの毛並みを優しく撫でた。


「時々、お茶しに来てください」


 オレはそう言った。


「え」

「慣れない土地で知り合いもいないでしょう」 

「そうですが、な、なぜ、こんな怪しい、会ったばかりの人間に?」


 オレはモフを抱きかかえる。


「こいつが気に入るなら、悪い人ではなさそうなので」


 彼女は袖で自分の目をこする。


「名前、なんて言いましたっけ」

「ルノボグ様です!」

「いや、神様のじゃなくて」


 彼女は顔を隠して、それから囁くほどの声で続けた。


「アンナです」

「いつでも来てください。アンナさん」


 ヒャン、とモフが鳴いた。

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