第2話


 オデは庭の掃除をしている。


「モフの散歩に行ってくる」


 オレはリードでつないだモフと共に門を出た。


「お、お、お供しますど」

「いいって、いいって」


 慌てて駆けて来たオデを手で制する。すごい迫力だ。

 オデが目の前で止まる。


「ご、ご主人様をお護りするのも、オデの使命だど」


 つぶらな目を細めて、オデは決意に満ちた声で言う。

 同行を許した。

 先頭をモフが歩き、モフの後ろにオレが、オレの後ろにオデがついてくる。


「好きにしていいんだからな」

「そうしてますど」


 昨日もしたやり取りを繰り返す。

 ふと、通りの角から昔なじみのアレスが出て来た。少し背中がこわばる。


「おう、奇遇じゃねえか」


 いつもの調子で呼び止められる。

 あいもかわらず装飾品でゴテゴテの悪趣味な服で、そんな彼の背後にはみすぼらしい布を巻いた少女が立っていた。首枷と足枷が嵌められていて、首枷とアレスの手をつなぐ鎖には一枚のハンカチーフがかかっている。


「なんだい、人権派を気取っていたのに結局買ったのかい。奴隷をさ」


 嫌味な口調でアレスが詰めて来る。

 ヒャンヒャン、モフが吠えている。

 オデは無言で立っている。


「気取ったつもりは無いよ」

「そいつはどうも。でもどうだ、気分がいいだろう。こういうのを従えるってのは」


 アレスが乱暴に鎖を引いたので、少女がよろめいた。


「おっと」


 アレスが足を後ろに引いた。

 それは鎖でつながれた少女の足首を払い、彼女を転ばせた。

 石畳に小さな体が叩きつけられる。


「……っ」


 彼女は息を殺して叫ぶのを堪えた。


「どんくさくてすまないね。うちのが」


 アレスは笑っている。膝を折って少女の首根っこを捕まえ、持ち上げた。


「ほら、お前も謝りなさい。『お見苦しいところを見せました』だろ。謝るんだよ」


 オレはアレスの手を掴んだ。


「やめろ」

「何を?」

「それ以上、その子に乱暴を働くな。でなければ……」

「でなければ何? 面白っ、奴隷一人に誇りでも賭けるってのか? 俺に剣でも勝てた試しがないのに?」


 アレスは立ち上がってオレを見下ろした。思わず息を飲む。

 そのアレスをオデがさらに見下ろした。


「おっ、おい、なんだこいつ、いや近」


 オデはその巨体でアレスをぐいぐいと追い詰めて、悪趣味な服の背中をパン屋の壁に貼り付かせた。

 ヒャンヒャン、吠え続けるモフをオレは抱きかかえた。


「奴隷法第16条」

「あ?」


 オデの口から意外な言葉が紡がれた。


「主人は奴隷の健康を損なう運用をしてはならない、だど。なのにその服と鎖はなんだど。適切な暮らしをさせてるとは思えないど。このまま裁判所に突き出してもいいんだど」


 押しつぶされそうになりながら、アレスが両手を上げる。


「わ、わかった、わぁかったって、もうしない、しません、ゆるして」

「わかればいいど」


 筋肉とパン屋の壁の間から脱して、アレスは鎖を引き、思い直して奴隷の少女を抱えあげて、元来た道へと逃げ帰っていった。


「勉強してるんだな」

「ま、まだまだですど」


 昨日オデが読んでいた本は、まさかと思っていたが、やはり法律書だったらしい。

 彼が何も言わないから腰巻のままにしていたが、オデの服もあつらえたほうが良いかもしれない。オレは思った。





「ご主人様、二階のお部屋の掃除が終わったど」


 物置になっていた部屋を全部、オデが一人で片付けたらしい。


「ずっとリビングで寝ていただろ。使っていいよ」

「滅相もないど」

「何度も言うけど、好きにしていいんだ」


 そう言うとオデはもじもじと恥ずかしそうにして、頭を下げた。


「つ、使わせていただきますど」


 そういうとオデは、日当たりのいい角部屋にベッドマットを運んでいった。

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