第14話

ピンポーンと柔らかい音が廊下に響いた。



ためらうなと言われたものの、やっぱりちょっと緊張してしまって、ボタンが押せたのは何度か深呼吸をしてからのこと。


ドアを開けた先輩は、やっぱり苦笑いしていた。




部屋に入ると先程の黒いマグカップに冷たいカフェオレが注がれる。缶のカフェオレならそのままでも構わないと言ったら半分は俺の分、と残りを白いマグカップに注いで先輩は笑った。


それからホレ、とテーブルの上に小さなカップアイスが置かれる。ストロベリーに、抹茶。




「風呂上がりと言えばアイスだろ。適当に選んだから味については保証しないがな」

「わーいアイスだ~ありがとうございますっ! いただきまーす!」

「……喜んでもらえて何よりだ。お前、好き嫌いあんま無さそうだな……」




ところで ──── と、先輩は抹茶アイスの蓋を開けながら私を見た。



「パジャマ着て来なかったのか?」

「それが……ちょっと人前で着られないようなネグリジェしか入れてくれてなかったんですよねおばーちゃん……なので諦めました」

「ふーん……窮屈だろ、風呂の後パジャマ着られないと」



そういう先輩はTシャツにスウェットの下というリラックスした姿で。

それでも素敵と思うのは惚れた弱みかな……



「まぁ……今日は仕方ないですねぇ」



私が苦笑いでそう返すと先輩は立ち上がり、クローゼットに向かった。




「確かここらへんに ──── あぁ、あった」


衣装ケースに手を突っ込んだ先輩はワインレッドの何かを取り出しクローゼットを閉じる。


「ほらよ」


ぽいっと投げられたそれを受け取ると、男物のシンプルなパジャマだった。手触りのいい、少し厚めの生地。




「ちゃんと洗ってあるし、抵抗ないなら脱衣所で着替えて来いよ」

「い、いいんですか?」

「気にすんな。夜は冷えるしそんな薄着じゃ風邪引いちまうぞ。サイズは合わないと思うけどな。袖と足は折り返すとかしてくれ」

「はい!」



好きな人のパジャマを着る……! と内心ドキドキしながら脱衣所に飛び込む。

柔らかく手触りのいいそれをぎゅっと抱きしめると、柔軟剤の優しい香りがした。

それから、ほのかに甘い香り……










「お……やっぱりサイズがデカすぎるか」

「あはは……」



一回りくらいは大きいだろうと思ったけど、二回りくらいだったかも。袖も裾もかなり折り返してようやく手足が出る感じ。



「先輩、背が高いですもんね。どれくらいあるんですか?」

「185cmだったかな」

「20cm差……」



165cmで、女子としては高い部類に入るはずの私が見上げるくらいだから、180cmは超えてるだろうと思ったけど……どおりで。



「まぁそんなんでもスカートのままよりはマシだろ。アイス、溶ける前に食っちまえよ」

「ふあーい」



確かにこれだけゆったりしてるとリラックス出来るし、いいかな。


ただ、ちょっと胸元が開きすぎてる事が気になってた私に対して、先輩は全然気にもとめてないみたい。





「……全く意識されてないんだなぁ……」

「何モゴモゴ言ってんだ?」

「いえ何でも……美味しいですね!」

「そーだな。……ついてんぞ」





先輩は私の唇の端を親指でグイと拭って、それをそのままペロリと舐めた。




そ、それ間接キ……ッ




「ストロベリーは俺には甘すぎだな」


平然とそう言った先輩に、がっくりと肩を落としてしまう。

相手にされないだろうなとは思ったけど、ここまで意識されないのは正直ちょっと悲しい……




本当、大変な人に恋しちゃったなぁ……。











「ふぁぁー」


アイスを平らげ、カフェオレを飲み干す頃にはようやくゲームも最初のダンジョンをクリアし、目まぐるしく動く画面を凝視しすぎて疲れた私はコントローラーを置いた。



「画面が回るのまだ慣れないです……」

「俺も最初はそうだったな。ああ、そこじゃもたれるモンがないのか。ここに来な、ベッドにもたれて背伸びした方がいい」



そう言って先輩は立ち上がり、空になった2つのマグカップを手にキッチンへ。




私は言われた通り、さっきまで先輩が座っていたベッドサイドに腰を下ろし、背後のベッドに向かって大きく腕を伸ばしながら身を預けた。


キ、と軽くスプリングの軋む音がし、緩やかにベッドが沈む。

背中が伸びて気持ちいい。




暫くそうしていたら、キッチンでマグカップを洗っていたらしい先輩が今度はガラスのグラスを手に戻って来た。

片手でグラスを2つ持ち、もう片方の手にはパックのジュースを持っている。




「珈琲ばっか飲むのは体に良くねぇしな。オレンジジュースくらいしかねーけど」

「オレンジジュース大好きですよ。あ、すいません……ここ先輩の場所だった」

「いい、そのまま座ってろ」




私が立ち上がろうとしたのを制して、先輩は私の隣に腰を下ろした。

グラスにジュースを注いで差し出されたので、ぺこりと頭を下げて受け取る。




一口飲んでふと顔を上げると ──── テレビ台の端に置かれたデジタル時計に目が留まった。

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