4
「まあそれより先に───そこに隠れている奴に詳しい話を聞かないとな」
パァンッ
ハーリスの言葉のあと、突然アルバートは倉庫に置かれた鉄材に向かって銃を発砲した。キィン、と銃弾が鉄材に当たった瞬間、「ひぃっ!」と言う声が聞こえた。
「カメレオンかよ」
アルバートが馬鹿にしたように笑う。
銃弾を撃ち込んだ鉄材の場所から、白い着物に黒い袴を着た中年の男が、尻もちをついた姿でスウッと現れた。
「なるほど、術で姿を消してたのか」
「ああ。操縦の術は術師が怪異の近くに居なくては、安定した状態では操れないからな」
「はっ、ご苦労なこった!」
「くそっ!何なんだ貴様らはっ!」
袴の男は悔しそうに顔を歪ませ、三人を睨み付けた。シャズはすぐさま昌巳を背中に隠し、光の弓矢を出す。
「さて、話して貰おうか。誰に雇われて昌巳を狙った?」
「っ、そんなことを、俺がペラペラ喋ると思ってるのか!?」
「じゃあ無理矢理喋らせるしかねえよなぁ〜」
アルバートは悪どい笑みを浮かべながら、銃をわざとらしく見せる。すると、男は右手で印を結びボソボソと何かを唱えた。
次の瞬間、ハーリスたちの周りに気配が現れる。
小さいもの、大きいもの………サイズは様々だが、数え切れないほどの怪異たちが倉庫の屋根や地面、すぐ近くにある海から顔を出し四人を囲んだ。
「改造怪異か。しかもかなり多いぞ」
「異界といい、用意周到だな」
「どんだけ殺意増し増しなんだよ………」
「はははは!たとえ変な力を持っていようとも、この数には敵わんだろう!」
「っ…………!」
男は不敵な笑みを浮かべる。
昌巳はジリジリと近付いてくる怪異に顔を青ざめた。それを見たシャズは昌巳を自分の腕の中に入れ、男を睨み付ける。
「貴様らには興味はない!そこの女を俺に渡せば命は助けてやろう!」
「断る。それに、どうせその条件は嘘だろうしな」
「口封じにオレたちもぶっ殺す気だろ?だって犯人の顔も今知ったし。そんな奴らを逃がすバカ居る?」
「昌巳は渡さん。どうしてもと言うのならば力ずくで奪ってみろ」
「ちっ………馬鹿な奴らだ。構わん!全員殺せッ!!」
男がそう命じた瞬間、怪異たちが一斉に襲い掛かってきた。
昌巳はシャズの腕の中で目をギュッと瞑り、花凜から貰ったキーホルダーを握り締めて身を固くした。
………しかし、目を閉じた昌巳の耳に、怪異たちの恐ろしい断末魔が響き渡ったのだった。
「久しぶりに外に出したからか………食い付きようが凄まじいな」
ハーリスの落ち着いた声に、昌巳は恐る恐る目を開けた。
そこには、信じられないような光景が広がっていた。
■■■■■!!
【オイシイ、オイシイ】
【ウマイ、ウマイ】
蛸のような黒い触手と、手のひらに口がついた何十本の真っ黒な手が怪異を咀嚼していた。触手は怪異をぐしゃりと握り潰し、口が生え丈が小さい触手に放り込んでいる。怪異たちは逃げようとするも伸びる触手と腕に逃れられず、悲鳴を上げながら喰い殺されていた。
彼らの出処は、ハーリスだった。
「遠慮はいらん。たくさん喰え」
【ウレシイ】
【オウサマアリガトウ】
ハーリスの右目にある黒い眼帯は外されていた。その顕になった右目から、触手と腕が生えていたのだ。ザワザワと右目から蠢く怪物に、昌巳は短い悲鳴を出した。
「ひっ!…何、アレ」
「アレはハーリスの右目に住み着く怪物たちだ」
「オレたちも詳しくは分からねえが、ハーリス曰く「闇深くに住む深淵の存在」らしいぜ」
「どういったやり方で手懐けたかは知らないが、アレはハーリスに忠実に動く。右目にはまだたくさんの怪物が潜んでいて、中には神ですら呪い、喰い殺す奴も存在している」
怪異たちを容赦なく喰らっていく二匹の怪物たち。それを見た昌巳は唖然としていた。
今まで見た怪異よりも、言葉に表せないほどの禍々しさがあったからだ。
「ひいいい!?ば、化け物ぉ!!」
【コイツ、クッテイイ?】
「ソイツはダメだ」
【ダメダッテ】
【ザンネン……】
男は怪物とハーリスを見てまた尻もちをつき声を荒らげる。男が操っていた怪異たちは、たった二匹の怪物に蹂躙され、あっという間に喰いつくされてしまったのだった。
怪物たちは腹が満たされて満足したのか、シュルシュルとハーリスの右目へ戻っていく。
完全に怪物たちが引っ込んだ右目は、真っ黒な闇が広がっており、そこからザワザワと何かの囁きが聞こえてきた。
「もうお終いか?」
「ひっ……!」
「喋ってもらうぞ。外道術師の貴様に拒否権はない。まだ
ギョロ、とハーリスの真っ黒な右目に小さな赤い目玉が幾つも浮かび上がり、男を睨み付けた。
「身体をジワジワと喰われ、魂すら蹂躙される………そんな最後を迎えたいか?」
「う、うわああああああああッ!!」
男は恐怖が頂点に達したのか、懐から小銃を取り出しハーリスに銃口を向ける。しかし、発砲音と共にその小銃は弾き飛ばされた。
「意地が悪いなあ……さっさと諦めた方が身のためだぜ?」
硝煙が立つ銃を男に向けるアルバート。シャズも光の弓矢を向け、いつでも攻撃出来るぞとアピールしていた。
男は地面に頭をつけ、土下座した。
「わ、わ、分かったっ!喋る!全部喋るから、頼むから助けてくれっ!」
「最初からそうすりゃよかったんだよ」
「では聞こう。なぜ昌巳を狙った?」
「い、依頼を受けたんだ!影百合昌巳っていう女を殺してくれって!」
「誰に?」
「そ、それは─────」
男は震えながら、全てを喋った。
その話の内容に、ハーリスたちは驚愕し、そして………昌巳は目を大きく見開き唖然としたのだった。
○
──影百合家・大広間
「ハーリスさん、なぜ私たちを広間に集めたんですか?」
「そうよ。私ヒマじゃないんだけど?」
大きな日本家屋の屋敷。その屋敷の中にある畳が敷かれた大広間に、ハーリスたちエンドロック三兄弟と昌巳、そして昌彦と花凜、義母の理恵が居た。
ハーリスは屋敷に入った途端、使用人に昌彦たちを大広間に集めさせるよう指示。昌彦たちは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、大広間にやって来たのだった。
「昌巳?どうしたんだ?」
昌彦はシャズの背後に立つ昌巳に声を掛ける。しかし昌巳は顔を俯かせ、何も言わなかった。
「お姉ちゃん?」
「昌巳ちゃん?」
「…………さっきよお、調査依頼で現場に行ったらさ、怪異に襲われたんだわ」
「え!?」
「まあ!!」
「まあ怪異は無事倒したから問題は無い。………その怪異を操っていた外道術師も捕まえたからな」
その言葉に、三人は驚いた。
「外道術師が!?どうして……!」
「ある人間から、昌巳を殺すよう依頼をされたらしい。昨日起こった空港も、その外道術師の仕業だ」
「で、では!あの空港も昌巳の命を狙ったものだったと!?」
「ああ。で、その外道術師から詳しく話を聞き出した……………ん?随分と顔色が悪そうだな?」
「───影百合理恵」
「っ──!」
理恵は顔をこれでもかと青ざめ、白い額に汗を浮かべていた。
「り、理恵、どうしたんだ?」
「依頼した外道術師が捕まったからだろう」
「は?」
「外道術師に依頼し昌巳をこの世から葬り去ろうとしたのは、この女だ」
ハーリスの言葉に、昌彦と花凜は驚愕する。
「な、何言ってるの!?ママがお姉ちゃんを何で殺そうとするのよ!?」
「本当だ。おい、連れて来い」
「はっ!」
財団の男二人は、縄で縛られた術師の男を広間に連れた。
「この女だな?貴様に殺しの依頼をしたのは」
「あ、ああ!そうだ!その女だっ!」
「で、デタラメですっ!その男のことなんて何もっ」
「そう言えば貴様、俺たちが現場に向かう前に、昌巳にこう言ったな?────「港の倉庫」と。なぜ俺たちが港の倉庫へ向かうことを知っていた?」
「そ、それは、」
「昌巳に支給された財団のタブレットには、自分が作ったパスワードを入力し誰にも言わないようにと指示されている。情報漏洩防止の為にな。昌巳のもそうだ。………昌彦、この資料は知っていたか?」
とハーリスはタブレットにある偽の現場資料を見せた。それを見た昌彦は首を横に振る。
「い、いえ?こんな調査依頼、私は知りません。調査依頼のほとんどは私がいつも確認していますが………」
「だろうな。なぜならこれは、俺たちを罠に嵌めるため作られた嘘の調査依頼だからだ」
「え!?なんですって!?」
「貴様は偽の調査依頼を作り、昌巳のタブレットに送った。だから現場の場所を知っていたんだ。タブレットには昌巳のパスワードがあるから、直接タブレットから見ることは出来ん」
「お前、夫の仕事の手伝いしてるんだよな?なら偽の調査依頼を作るのも容易いってわけだ」
「外道術師と作成を立て、調査依頼を作り私たち諸共昌巳を亡き者にしようとした………パソコンを調べればすぐに分かるぞ?削除していようとも、財団の技術にかかればすぐに復元出来るしな」
「外道術師もはなから口封じに殺すつもりだったんだろう。………影百合理恵、まだ何か言いたいことはあるか?」
ハーリスたちの冷たい目が、理恵を貫く。そして理恵はガクンと畳に膝をつき、項垂れた。
「………貴方たちが来なければ、上手く行ってたのに………」
「り、理恵……!」
「ママ………嘘、でしょ……」
昌彦は顔を青ざめ、花凜は唖然とする。と、
「───お母さん」
終始無言だった昌巳が、理恵に近付き声を掛けた。その目は真っ赤になっており、先程まで泣いていたのが分かる。
「ボク、何か悪いことをしましたか?」
「…………」
「怪印を持ってる子供だから、邪魔になったんですか?」
「…………」
「お母さん───」
「うるさいッ!!!」
理恵が顔を上げた瞬間、右手に持っている何かで昌巳に襲い掛かった。しかし、
「私の昌巳に何をする!!」
「がッ!!」
シャズが容赦なく理恵の腹を蹴り上げた。理恵は襖まで吹っ飛び、襖を壊しながら倒れた。
「………ナイフか」
ハーリスは蹴られた衝撃で手から離れ、畳に突き刺さったナイフを手に取った。
「理恵なぜだ!?なぜ昌巳を………!」
「お母さん……!」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!!アンタにお母さんって呼ばれるたび、私がどれだけ嫌悪感を抱いてたか分かる!?」
「っ」
「アンタみたいな呪われた子じゃなく、花凜が、私の娘がこの影百合家に相応しいのに……!!」
「………………は?」
鬼のような形相で起き上がる理恵。その姿から、さっきまであった美しさは微塵も感じられない。
すると、花凜は理恵の言葉に反応し、昌巳と理恵を見比べた。
「ママ、今の言葉何?どういうこと?」
「そのままの意味だろうなあ〜」
「貴様がなぜ昌巳の命を狙ったのか……その理由は───」
自分の娘である花凜ちゃんを、影百合家の当主にするためだ。
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