不死身の悪役令嬢は愛に飢えている

翔鷹

第1話 稲妻の祝福

 瞬間、辺りを光が満たした。


 復讐の稲光が宮殿全体を覆った。


 それは一瞬の出来事だった。稲妻が走り、轟音が鳴り響くと、すぐに静寂が訪れた。


 館の広間、窓から差し込む光の中心には、凛と佇む一人の女があった。


 照らされたその顔は、悪鬼羅刹(あっきらせつ)を滅さんとするほどの、仰々しく、かつ厳かな表情であった。


 彼女の名はミザリー。


 今し方敵国に襲われたばかりのこの城内の、主たる一人娘。そして、唯一の生き残りでもあった。


 ミザリーの周囲には、幾つもの亡骸(なきがら)が転がっている。国に仕える兵士の兜、使用人の足袋(たび)。敵軍の腕章。母のブレスレット、父のペンダント、長兄の武具。どれも、もう人の姿形をしていない。


 落ち続ける稲妻の光が、ミザリーをもう一度照らした、真っ赤に染まったドレスが現れる。濡れ先が黒く変色して、固まり始めている。


 その手に握られているのは、三尺はあるであろう立派な打刀。ぬらっとした鮮血に染まった刀身は稲妻の光を反射しない。


 二度と頭(こうべ)を上げることのない者達の前で、ミザリーは声を挙げた。声は誰にも届くことなく、静寂の中へと吸い込まれていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おいレイヴ、ここほこりが残ってるぞ」


「レイヴ! ベッドのシーツは三つ折りだっていつも言ってるだろ!」


「あら、暇そうな召使一匹はっけーん。私のためにお紅茶を淹れてきなさい。一分以内にね」


 イーラお嬢様! 僕は、どこからどうみても、暇じゃ無いです!!


「かしこまりました......」


 喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込んで、作業を中断する。途中まで敷いたシーツを放り出して、僕はキッチンへと走った。


 先輩も、お嬢様に命令されたと言えば、きっと納得してくれるはずだ。いや、今度はお嬢様を言い訳に使うなって怒られるか......はぁ。


 僕はレイヴ。つい一週間前から、憧れの王室に仕えられたのは良いものの、あんまり上手く出来ている気がしない。覚えなきゃいけない仕事が多すぎて、それも一気に詰め込まれるものだから、もう頭がパンクしそう。


 田舎のお母さんのためにも、頑張らないといけないのは分かっているけど、実際、辛い。


 それにしても、城外ではお淑やかで知られているイーラお嬢様があんなに我儘な性格だったなんて......ひそかな憧れだったのに。


 仕えてみるともうびっくり。振り回されてばっかりだ。だからこそ、召使を雇う数も多いから、僕もその恩恵に預かることができた訳だけど。


 まずは見習いからの脱却を目指さないと。


 はぁ、とにかく頑張るしかないか......。


 そうこうしてる間に、紅茶を淹れ終わる。


 イーラお嬢様の元へ戻ろうとしたところで、また先輩に呼び止められた。


「レイヴ、ここにある食事を運べ」


「はいっ。でも今は紅茶を運ばないといけないんです。イーラお嬢様が待っておられるので」


「貸せ、それは俺が持って行っておいてやる。いいか、お前は、この食事を運ぶんだ」


 先輩に用意した紅茶を奪われる。乱暴な口調は嫌だけれど、口答えしてぶたれるのはもっと嫌だ。


「......はい。ではこの食事はどこへ持っていけば良いんですか?」


 先輩は妙に深刻そうな表情をしたかと思うと、急に僕に顔を近づけてきて、小声で言った。


「いいか、一回しか言わないからよく聞いておけよ。地下への階段を通って、廊下を突き当たりまで進め、それから右のドアを開けて部屋に入ったら、一番本が詰まっている棚をずらすんだ。そこが牢屋への入り口になってる」


「この城に牢屋が存在するなんて、初めて知りました」


 先輩の面持ちに、つられて僕も唾を飲み込む。


「しーっ! 牢屋って言っても何十人も閉じ込めてる訳じゃない。中にいるのはたった一人だ。ただ、唯の人間じゃないのが恐ろしいところでな。何でも、死なずの化け物だとか噂されてる。これは、そいつの食事なんだ」


「不死なら、なんで食事を運ぶ必要があるんです?」


「なぁレイヴ。お前は、何でも直球で質問し過ぎるところがあるな。それを生かして、もっと早く仕事を覚えてくれればいいんだが。とにかく! 良いことだ。ああ良いことさ。だから、早くにこの仕事も覚えるといい。これからは三日おきに運ぶこと。分かったな」


 僕はあっけに取られた口をなんとか動かそうとする。


「返事は!?」


「は、はいっ!」


「くれぐれも、俺が押し付けたなんて触れ回るんじゃねえぞ。これは、俺なりの愛のムチなんだからなぁ......」


 言葉が遠ざかっていく。先輩は紅茶を持って、既にキッチンを出て行ってしまっていた。

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