第六話:李下太樹、丑三時に言霊師と出会う語[2040/4/8(日)]

 木々の合間から田園地域を見下ろすと、深夜にも関わらず明かりの漏れている住宅が目立つ。奥多摩町は令和十七年度から移住支援事業に力を入れていて、古民家郡は今やほとんど都市部から移住してきた人の住居になっている。


 さて、例のモノノケが現れたのはその住宅群の中の一つ、李下りのした家の庭先だった。


『ア……たー、ぁー……ッ‼︎』


より正確に言えば、そのモノノケは二階の窓とその周辺の壁をぶち抜いて庭に着陸していた。哀れ、小奇麗にリフォームされた文化住宅は今や半壊状態だ。


「違うんだ!本当に、あそこにバケモノが……!」


裸足にジャージ姿の少年が、いぶかしむ家族に向かって声を張り上げている。少年が指さすその先、彼らの背後には今まさにモノノケが迫っている。


「あれか!」

「見つけた……!」


全速力で山を下ってきた清森の声と、気配はすれども姿の見えないモノノケを探していた守ノ神の声が重なった。


 モノノケの眼前に言霊師たちが降り立つ。


「……え?」


芝生にへたり込んでいた少年が声を絞り出した。


「……、一樹かずき樹花じゅか、母さん。とにかく、家に戻ろう」

「う、うん」


恐らく父親であろう男性が家族を避難させている。唄羽の目線が、呆然と座り込む少年とかち合った。


(うちらが、見えてる……?)


言霊師の装束を纏った状態では、モノノケと同じように普通の人間に視認される事はないはずだ。

 しかし、少年はそれが見えているようだ。


「だ、誰だよアンタらは……!」


少年は眉をひそめて叫んだ。無理もない。モノノケに襲われかけて、目の前には顔を隠した和服の集団。不安に思わないほうがどうかしている。


「えっと。うちら、いえ、我々は……」

「それは後にして。まずモノノケ調伏ちょうふく!」


少年に向かって自己紹介をしようとする唄羽を桜子が遮る。


『たァ、いぃ、ジィー!』


モノノケはギョロギョロと目を動かし、唄羽たちに向かって突進とっしんしてきた。


「っ、ダメ!」


唄羽が叫ぶ。その瞬間、たけるが唄羽たちの前に躍り出た。


「唄羽!」


武がモノノケの顔面にパンチを入れる。


「あ……ありがとうございますっ」


唄羽が頭を下げる。


「『水よ、阻め』」


怯んだモノノケの眼前に水の壁がそり立つ。


『ギぃーッ!』

「そこまでだ」


武の隣に守ノ神もりのしんが降り立った。


「武と私で抑えられるか……。清森、念の為援護を頼む!」

「了解!」


武と守ノ神が前線に立ち清森がその後ろで呪符を構える。


「あいにく、拘束の呪符じゅふは一枚しかねえんだ!頼むぜ、二人とも!」


そう叫ぶ清森は雑面ぞうめんの下で冷や汗をかいているが、それを見るものは誰もいない。


「……『我が手に有るは弓一張ひとはりめい瑞穂ずいすいとす』」


守ノ神が口上を唱えると、その手元に黒い和弓が現れる。


「悪いが……、死んでもらうぞ」

『シ、ぃ……⁉︎』


守ノ神が弓をつがえ、モノノケの核――胸の中央を狙う。


「清森!」

「はいよ!」


清森が守ノ神の掛け声に応え、拘束の呪符をモノノケの頭上に投げる。呪符を中心に半透明のシールドがドーム状に展開され、モノノケを覆う。


 その時だった。


『アぁあーッ!!!!』


モノノケが頭上の呪符を睨みつけ、咆哮ほうこうを上げた。窓ガラスが揺れるほどの爆音だ。音圧で呪符が吹き飛ばされ、展開しかけていた結界も打ち破られる。


「ウソだろ⁉︎」


清森がスットンキョウな叫び声を上げた。


「あのモノノケ、『変生』か……?」

「……どうしてそう思った」


それを見た守ノ神がこぼしたつぶやきに、武が反応する。


「結界を破るほど強力なモノノケは稀にいる。しかし、あのモノノケは……」

「まあ、そこまで強くはないわな」


武も守ノ神も、それなりに場数は踏んでいる。モノノケの力量りきりょうは見ただけでわかる。


「加えて、結界が展開する前に呪符を弾き飛ばしていた。しかも呪符が何かを認識した上で、だ」

「頭がいい……って事か?」

「それだけで『変生』と判断するのは早計かもしれないが……」

「いや、


敵がどうであれ、被害を出す訳にはいかない。


 モノノケが脱兎の如く走り出す。その延長線上には少年がいた。


「……!『逃げて』!」


唄羽が少年に叫ぶ。しかし少年は座り込んだままだ。


「唄羽、その子を頼む!……『こっちに来い』!」


武がモノノケの背後を取って威嚇射撃を浴びせる。しかしモノノケは振り向きすらせず、少年のいる方を目掛けて猛突進を続ける。


「クソッ、外野はお呼びじゃないってか!」


このままでは犠牲が出る。そう判断した武が咄嗟に少年の前に躍り出た。


「来い!アルティメットッ、ハイパーァブレーーード!」

「あ、アル……、何??」


武の絶叫に、少年は困惑の表情を浮かべた。


 少年を跳ね飛ばす寸前でモノノケが止まる。人間の二、三倍はある大きさのモノノケを、武は刀一本で食い止めている。その刀も尋常なものではない。

 刀身は赤く、持ち手だけが山吹色。そして長さは武の背丈ほどもある蛮刀だ。それを逆手に持ち、切っ先を地面に刺して斜めに構えている。


「……『アルティメットハイパーブレード』。クソデカい剣も、悪くないだろ?」


武が決め台詞を放つ。……最も、当の少年はそれを聞く余裕はなさそうだったが。

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