炎は蒼く散って
岸亜里沙
炎は蒼く散って
古びたバーのカウンター席に座る二人の男。
二人ともグレーの
硝煙のように立ち上るラッキーストライクの煙は、古くなりカタカタと音をたてる換気ダクトへと吸い込まれている。
「
自分が飲んでいるウイスキーのグラスを眺めながら、
中戸川も横松の方は向かず、手に持った煙草の煙が空中を
「心配すんな。今追ってる
横松は飲みかけのグラスをカウンターに置くと、視線を中戸川の方に向ける。
「手がかりですって?一体なんです?」
中戸川は考え込むように、暫く黙った。そして持っていた煙草を灰皿に置くと、テーブルの上に置かれていたお通しのピーナッツを二粒手に取って、口の中に放り込んだ。ガリガリと音を立て噛み砕くと、ウイスキーを一口含み、目を閉じた。
「あの
「そんな、まさか・・・」
横松は中戸川の顔を見ながら呟く。
「じゃあ当時から既に
中戸川はウイスキーを一気に飲み干し、グラスをカウンターに置いて、横松の方を向いた。そして先程よりも小さい声で、囁くように話す。
「ああ、おそらくな。昨日、調査資料などから消された真実を発見した。現場検証に立ち合った鑑識のオヤジと会って、話を聞いたよ。現場で発見された指紋の中に、
横松は口を真一文字に閉じ、中戸川の話を聞いていたが、ひとつ溜め息をつくと、頭を掻きながら困惑した表情を浮かべる。
「そうだったのか・・・。まさかそんな
「ああ。だから俺は引退するんだ。もう
「自分も最後まで協力させてください。この
横松が言うと、中戸川は微かに笑う。
「そう言うと思ったよ。だがこれは危険な懸けだ。下手すりゃ警察と、ヤクザの両方を敵に回すわけだからな」
「そういった覚悟がなけりゃ、刑事になんかなってませんよ」
そう言って横松も笑った。
中戸川も笑みを浮かべたまま無言で頷く。
「じゃあ、自分たちの退職祝いに乾杯でもしましょう、中戸川さん。自分たちは最後まで諦めないって意味でもね」
「ああ。いいな」
横松はバーテンダーに、ソルティドッグを注文する。中戸川と横松以外に客はいなかった為、すぐに二人の前にグラスが置かれた。
「ソルティドッグか。確かカクテル言葉は『寡黙』だったな。このカクテルを注文したのには、何か意味があるのか?」
中戸川がグラスを持ちながら、横松に訊ねる。
「ええ。寡黙な中戸川さんにピッタリだと思いまして。ただ、証拠は掴んだし、今度は自分たちの
「ああ、そうだな」
中戸川と横松は笑顔でグラスを上げ、カクテルを口にした。
だが次の瞬間、中戸川は突如酩酊したように、座っていた椅子から転げ落ちた。そして口からは泡を吐き、体は痙攣をし始める。
その様子を椅子に座ったまま見下ろしていた横松だったが、中戸川が動かなくなると椅子から立ち上がり、中戸川の近くに片膝をついてゆっくりと話しかける。
「申し訳ない、中戸川さん。自分は、あなたが追っていた
そう言って横松は立ち上がり、先程まで座っていた椅子にまた座り直す。
「死んだんですか?」
バーカウンターの奥から、バーテンダーが中戸川の様子を窺うように身を乗り出す。
「ええ。あなたにこんな事を頼んでしまって、すみません。後は
「畏まりました」
バーテンダーは軽く頭を下げ、カウンターに残されていた中戸川のグラスを下げる。
横松は新しい煙草に火をつけ、ひとつ息を吐く。
店内に流れるJazzの音色が、いつもより暗く感じる気がしてならなかった。
炎は蒼く散って 岸亜里沙 @kishiarisa
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