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次の土曜日に現れたのは駅前の同じ専門学校でペット関連の学科に通う、百恵ちゃんと莉奈ちゃん、久美ちゃんの三人組だった。
まず目を惹いたのは久美ちゃんで、小柄でリスみたいな顔をした可愛らしい子だった。対照的に百恵ちゃんはちょっと言葉には表しがたいぐらいの体格で、男物でも合うサイズの制服が用意できず、自前の白いブラウスを持参していた。莉奈ちゃんは二人のちょうど真ん中ぐらい。丸顔でにこにこ笑顔の似合う子だった。
「お前はモモか、桃太郎か。じゃあ、そっちはワンワンだな。お前はケンケン」
入って早々に高杉シェフから変なあだ名を付けられるという洗礼を浴びたにも関わらず、三人はとっても真面目に一生懸命仕事に取り組んだ。桃太郎が百恵ちゃん、犬が莉奈ちゃん、キジが久美ちゃんを指しているんだろうけど、猿足りないなんてツッコミは無用だ。シェフは思いつくまま口に出してるだけで、深く考えてなんかいないんだから。
野放しにしておくといつの間にかシェフのつけたあだ名が浸透してしまいそうだったので、私達も三人が普段呼び合っている呼び方に倣って、モモちゃん、りーちゃん、くーちゃんと呼ぶ事にした。シェフだけは相変わらず、
「おい、桃太郎!」
なんて呼び続けていたけど。
「はい、太郎です!」
と笑顔で返せるモモちゃんを見て、安心した。新しく入った子達はキッチンと上手くやれずに辞めてしまう子も多かったけれど、この子達ならなんとかなるんじゃないかな、なんて思った。
最近の土日は彼と私、陽君の三人でひいひい言いながら回す事がほとんどだったのに、突然人数が倍になった。キッチンとホールの橋渡し役であるデシャップは私がやるとして、くーちゃんには彼が付きっきりでドリンクカウンターを教える事にした。必然的にりーちゃんとモモちゃんは残った陽君が面倒を見るようになった。
「モモちゃん、料理出した後は必ず何か一つ食べ終わった食器を下げてくるとか、他のテーブルの進み具合を見てくるようにしよう。効率良くする為には、出来るだけ手ぶらで行ったり来たりする回数を減らさなきゃ」
「最初は無理はしなくていいから、とにかく一つ一つを確実に覚えるようにしよう。出来なくて当たり前なんだから。りーちゃんはそれよりも笑顔。丁寧だけど無愛想な接客よりも、不器用でも笑顔の接客の方が客は喜ぶよ」
ほんの数ヵ月前には陽君自身が教わる立場だったはずなのに、今や見違えるような成長ぶりだ。陽君自身の習熟度もあるけれど、決して怒らない丁寧な教え方を見るにつけ、彼の影響を感じざるを得ない。まるで彼の生き写しのように、陽君は彼女達を優しく指導してくれていた。
一方では、
「そうそう……そうしてベリーを垂らした後で、竹串の先でこうすると……ほら、やってごらん」
「わぁ、ハートになった」
「そう。上手に出来たね。くーちゃんはセンスあるよ」
彼もまたドリンクカウンターでくーちゃんに手取り足取り教えている。褒めながら伸ばすのは彼の特徴だ。私も最初の頃はああして色んな事を教わって、自分がどんどん上達するのが楽しかった。彼が褒めてくれるのが嬉しくて楽しくて、気付けば彼と一緒に過ごす時間そのものがかけがえのないものになっていた。
――あんな風に教わったら、くーちゃんも彼の事が好きになってしまったりしないのだろうか?
ふと、視線に気づいた彼が私を見る。まるで私の心を見透かすかのように、目元だけで笑って見せた。精巧なスイッチを持つ彼にしては珍しい、私だけに届くシグナル。
大丈夫。彼は私だけを見てくれている。
「一八番のスクリペッレとマルファッティお願いします!」
気を取り直してオーダーを通す私に、キッチンから威勢の良い「バベーネ!」の声が返ってきた。
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