第18話 第三章〜終〜 死神さんと待ちぼうけ


「本当にありがとう、大蔵さん、モルテさん」


 深山は紗良が旅立ちを見送ると、藍里達に向かって深々と頭を下げた。藍里はとんでもない、という風に両手を振った。


「いえいえ、こちらも紗良ちゃんを無事送り出すことが出来てよかったです!」


「いきなり『紗良ちゃんに会わせたい』と会いに来た時は驚いたけど、でも、あなた達のおかげで彼女にもう一度会うことができた。感謝してもしきれないよ……」


 深山の言葉にモルテはニヤッと笑みを浮かべて鎌を抱え直した。紗良を気絶させた後、藍里達二人は深山の元へ向かった。幸運にもモルテが魂を探知したことで彼の自宅が分かったのだ。二人は深山に会うと、呪いをかけて紗良の姿を見えるようにした。そして紗良の為にプリンアラモードのレシピを教えてくれと藍里は迫った。


 最初は目の前のこと全てに驚愕していた深山だったが、眠る紗良の姿を見て、積み重なった後悔が一気に押し寄せてきた。彼はついに根を折って、藍里に協力することにした。僅か短時間で藍里にモメント特製のプリンアラモードの全てを伝授したのだ。


 正直深山は藍里の技量に感激していた。


「それにしても、凄いね。写真とレシピを見せただけなのにそっくりそのまま作っちゃうなんて」


「当たり前よ。この子の腕前は神の力があってこそなんだから」


 モルテは藍里の肩を軽く叩くと、深山に向かって勝ち誇った表情を見せた。深山は二人の深い事情は知らないが、彼らは現世の理からズレた存在であることは分かった気がした。深山はクスッと笑うと、何かを思いついたように顔を上げた。


「そうだ、このお礼にモメントのホームページやSNSで黄泉比良坂の茶処を紹介させてくれないかい? 常連の人たちにも知らせてあげたい」


「勿論です! じゃんじゃん広めてください!……かくなる上はバズって情報番組での特集もーーーー」


「アンタはまずあのクソダサポスターをなんとかなさい」


 モルテは冷めたような目で、店内に飾られている藍里特製レインボーポスターを指差した。藍里は青筋を浮かべ、彼に一発喰らわせようと拳を軽く振り上げたが、避けられるばかりであった。


「ダサくないもん! ちゃんと学校のパソコンの授業で習ったように作ったもん!」


「じゃあ″小学生″の間だけはちゃんと授業中起きてたようね」


「言わせとけば……ええい、もういいです!その鎌、塩水につけて錆びさせてやりますよ」


 地味に痛手な報復だな……。しかしモルテも藍里のテンションに呑まれたのか二人は下らない口喧嘩をヒートアップさせていき、やがて苦笑いを浮かべるクラーニオや深山に諌められたのだった。



「紗良ちゃん、無事天国に行けるかな」


 もう夜も遅いからと、手を振って去り行く深山を眺めながら藍里が口を開いた。モルテは手元にある紗良の人魂に目を落とすと、それを胸にしまった。


「安心しな、この子の魂は穢れちゃいない。きっとパラダイスへのクルージングの一等席に乗れるさ」


「そう、じゃあ深山さんも安心ですね……」


 そう言うと藍里はふと俯いた。モルテはその瞬間を見逃さず、溜息をつくと人差し指を彼女の額に差し出して小突いた。


「なに? その萎れた態度。さっきまでの喧しさはどうしたのかしら?」


 モルテの問いに藍里は「それは……」とはぐらかそうとしたが、それではこの男は引き下がらないだろうと分かりきっていた。


「ずっと待ってた人とまた会えるのっていいなって」


「誰か待ってる人でもいたの? あっ、もしかしてボーイフレーーーー」


「違います!」


 モルテの悪意めいた笑みに、藍里は顔を真っ赤にしたがすぐにまたしゅんとした。そしてそっぽを向いたと思いきや、まるで独り言のように呟いた。


「家族、です」


「へぇ」


「聞き流してもらって大丈夫ですよ。でも、私、家族が恋しいんです。お母さんずっと前に死んじゃったし、お父さんクズだし家出てったし、おばあちゃんももういないし……。もう待つ人なんていない」


 心なしか藍里の声は震えているようだった。無理もない、彼女は天涯孤独となった子供なのだ。寧ろ今までの藍里こそ空元気の産物であったかもしれない。

 

 弱味を見せてしまった。藍里は濡れていた目柱をそっと拭うと「気にしないで」と答えようとした。そして呆然としたのだった。


「ちょ、ちょ、人が落ち込んでる時になに弁当食ってんですか!?」


 いつ取り出してきたのか、隣にいたモルテは藍里が作った弁当の重箱に舌鼓を打っていた。藍里は信じられないと言う風に首を振った。


「あらごめん、さっき冷蔵庫で見かけたからついつい。にしてもアンタが作ったのコレ? 日が経ってるけどうんまいわね」


「そりゃ良かったですね。状況考えろってんですよ……」


 こめかみを押さえる藍里に、モルテはそっと弁当を飲み込むと彼女にウィンクした。


「あら、アンタにもちゃんと帰ってきてくれる待ち人がいたじゃない? このアタシって言うね。こんなご馳走作ってさ、どんだけ寂しがってたのよ」


「ち、違いますよぉ! それは紗良ちゃんの為に作ったのであって」


「うっそダァ!? お嬢、モルテ様にも食べてもらいたいって言ってましたよね?」


 藍里が顔面を紅潮させてムキになっていると、タイミングよく彼女の胸元からクラーニオが飛び出してきた。クラーニオの一言にモルテは得意気な表情を浮かべると、藍里は無言でクラーニオを掴んで星が瞬く夜空に投球した。星の一つとなったクラーニオを藍里は残酷にも無視して気を取り直して、モルテに向かい合った。


「えっと、まぁ多めに作っちゃったし、もったいないんで。一緒に食べましょうよ、モルさん」


 藍里の誘いに、モルテは「ほんと素直じゃない子」と鼻で笑うと二人足を揃えて店内へ戻って行ったのだった。



※※※※



「じゃあ、次の子は……あ、大蔵さんね。大蔵さん、どうぞ入ってきて」


 放課後の教室、早めの下校が許されたその日は三者面談の実施日だった。藍里は廊下に置かれた椅子から立ち上がってスカートの裾を直した。教室からは母親と一緒に仲睦まじく成績表の話をするクラスメイトが出てきて、藍里はそっと会釈するとそそくさと教室に入った。


「今日は、よろしくお願いします先生」


「そんなに畏まらないでもいいよ。じゃあ面談始めるね。あ、大蔵さんは二者面談で合ってたよね?」


「ええ、そうでーーーー」


「いいえ、先生。その子は三者面談希望よ」


 その時、扉の方から何者かの声がかかった。担任と藍里は目を丸くしてその方向を見た。そこで藍里はあっと声を上げた。


「モ、モ、モ、モルさん!?」


 なんとそこには教室のドアに背を預け、こちらに手を振るモルテが立っていた。心なしか、今日の彼は黒ずくめと違ってサングラスに柄物のトップスという洒落込んだ服装をしており、何処か藍里の神経を逆撫でした。


 担任は八の字眉毛を作ると、藍里を見つめた。


「大蔵さん、お知り合い?」


「い、いえ赤のたに」


「そうなんですよ、先生。アタシ、この子の遠い親戚なんです」


 いつの間にか藍里の隣に座っていたモルテは華麗に彼女をスルーした。そして胸元から一枚の名刺を取り出す、担任に差し出した。


「アタシ、モルテって言うもんで、海外で色々ビジネスやってて中々日本に帰って来れないんです。今日はたまたま暇で、藍里から面談についてきて欲しい言われたもんですから」


「まぁ、道理で日本人っぽくない方なんですね。もう大蔵さん、外国人のご親戚がいらっしゃったならちゃんと言ってくれれば良かったのに」


 すっかりモルテの雰囲気に呑まれた担任は藍里に向かって眉を顰めた。当の彼女は白目を剥いており、「どうにでもなれ」とモルテの暴挙を受け入れることにした。その時、モルテはそっと肘で柔く藍里を突いた。


『待ち人はちゃんと来たでしょ?』


 口だけは動かしたモルテに、藍里はそっと微笑むと同じように『待ってみるもんですね』と返したのだった。





 そのまま和気藹々と始まった三者面談だが、教室近くに植えられた大木からそれを覗く者がいた。


「己、モルテよ。貴様にはいずれ目に物見せてやる……」


 男は自身を覆う真っ白なローブを翻すと、そっと立ち上がって校庭に連なる大木へ飛び移って行った。


 男の背中には雪のように白銀にコーティングされた大鎌が背負われていたのだった。

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