クロッカスの咲く頃に
雨宮大智
第1章 クロッカスの咲く頃に
1-1 私について
夜はいつも昏い。だから夜と云うのだ。私の苗字の「黒崎」という言葉は、昏い夜明け前の海のようで、気に入っている。下の名前は「
私は将来、どんな職業に就くのか、ずっと考えてきた。人と話すことは何よりも好きであり、販売の仕事なんか天職であると、自分では思っている。高校で進路のことを話す段になっても、「将来は販売や営業の仕事に就きたい」と言い続けている。父や母にそう話して長いこと経つのだが、具体的に何の販売をするのかについては、現在、調査中である。考え中である。
今日は、私の通う西峰高校の終業式だ。私は商業科に通う一年生で、来年から「簿記コース」のクラスに入る。学級が「コンピュータ・コース」と「簿記コース」に分かれるため、クラス替えがある。少し淋しいが、来年への大きな期待のためか、終業式前の教室は賑やかだった。
「あんずちゃん、写真に入りなよ」
井上和子さん、通称「かずちゃん」が声をかけてきた。
「ありがと。ちょっと髪直さないと」
「いいから!」
私は強引に、写真の中に入れられた。インスタントカメラ・チェキが向けられる。
「はい、撮るよー」
西峰高校は、県立の高校で、普通科と商業科がある。私は商業の方が好きで、この学校の商業科を選んだ。簿記会計や商業経済の授業は、実践的で面白く、資格の取得もできる科である。私のクラスは簿記コースの八組で、商業コースになっている。女子が七割位とやや多いのも特徴のひとつだ。
時は三月を迎え、春休みに入った。私は四月から高校二年生になる。今年から、オープンキャンパスなど大学・短大の受験に向けた動きも多くなっていく。私は将来、販売員か営業の仕事をしたいと考えていて、大学か短大を卒業して山形県内に就職することを目指していた。
今日は日曜日。春休みの朝食後は、どうしようもなく気だるい気分である。
「午後から、圭子叔母さんの家に行ってもいいかしら?」私の問いに母はほほ笑んだ。
「また? よっぽど圭子のことが好きなのね、杏子は」
長山圭子さん。私の母の妹で、今年四十五才になる。家族ぐるみのお付き合いで、我が家と仲良くさせてもらっている。圭子さんはまだ独り身で、浮いた話もあまりない。
「読書」という私との共通点があり、私は足しげく叔母の書庫へと通っているのだ。
「本を借りに行きたいのよ」
「相変わらず好きなのねぇ、本が」
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