第8話

 ゴブリンの家は、昨日綺麗に片付けたはずのブロックが、また足の踏み場もないほど散らかっていた。

 一瞬、外に捨てたゴミをまた戻してしまったんだろうか、と思ったけれど、そうではなかった。

 散らかっているゴミはまだ真新しい。

 折って間もない木の枝、まだ緑色の葉っぱ、食べかけの木の実やキノコ、と、おっと、これは虫、かな? 食べ尽くされて残骸になっている。

 ゴブリンって昆虫食なのかしら。


 昨日「いる」に分類したものも、箱から引っ張り出されてとっちらかっていた。

 これは食器かな。

 食事に使ったのかな。

 あとは布きれ、何かの道具、縁が欠けた壺、石ころなんかも何故かあった。

 昨日よりはずっと量が少ないけれど、床はまた見えなくなっている。

 ふむ、なるほどね。

 片付いた場所で食事したり遊んだり(?)して、あっという間にまた散らかっちゃったんだ。


 トンガリ君(髪が尖ったゴブリンをそう呼ぶことにした)は、私から手を放して後ずさっていた。

 上目遣いで私を見てる。

 あ~、この表情はよくわかる。

 また散らかしちゃったから、私に叱られると思ってるんだわ。

 うちの子たちも、小さかった頃によくこんな顔したっけ。


 他のゴブリンたちは、部屋にうずたかく積み重なったゴミ──物の上にいたけれど、やっぱり同じような、伺うような顔で私を見ていた。

 なるほど、さっき逃げていったゴブリンも、やっぱりこの家の子たちだったのね。

 叱られると思って逃げ出したんだわ。


 すると、機嫌悪そうな声がした。

 大きなリーダーが物の山に寝転んで、私を見下ろしていた。

 何か文句を言っているらしいのはわかったけれど、ことばは通じない。

 ただ、投げやりな口調だな、と思った。

 もううんざり、という顔をしている。

 きっと片付けしたところがまた元に戻っちゃって、嫌になっちゃったのね。


 こういうときは──うん。

「おやつにしましょう!」


 もちろん私のことばも向こうには通じない。

 でも、私はかまわずに持ってきた袋を下ろした。

 あれ、袋が変だ。

 私は紙の手提げ袋に入れてきたのに、いつの間にか目が粗い布製の袋に変わってる。

 麻袋……かな、これは。


 中身は、と心配しながら取り出してみると、ビニール袋は大きな植物の葉に変わっていた。

 昔、日本では朴葉ほうばという大きな木の葉で食品を包んでいたし、南方の国では今でもバナナの葉を食器や包装に使っている。

 ビニール袋が変化した植物の葉は、どちらかというと朴葉に似ていた。

 開いてみるとクッキーが出てきたけれど、その様子も少し変わっていた。

 もっと色が濃くてなって、きめが粗い。

 ただ、匂いを嗅いでみると、香ばしい、いい匂いがした。


 うん、大丈夫、食べられそうね。

 ひとつつまんで口に入れると、バターと木の実の香りと甘い味が口いっぱいに広がった。

 この甘さは蜂蜜かな……なるほどね。


 どうして袋やクッキーの様子が変わってしまったのか、なんとなく理由はわかったけれど、今はまずやることがあった。

 私の様子をきょとんと見ているトンガリ君に、クッキーをひとつ差し出す。

「はい、どうぞ」


 トンガリ君はますます目を丸くした。

 クッキーを見たことがないらしい。

 受け取っても、つまみ上げて眺めるだけで、食べようとしない。

 そこで、私はもうひとつクッキーを食べてみせた。

「おいしいよ。キミも食べてごらん」


 ……本当は、人間の私が食べるものがゴブリンにもおいしいかどうか、自信はなかった。

 昆虫食してるくらいだもの、味覚が違うのかもしれない。

 でも、トンガリ君はクッキーを食べ物と理解したようで、恐る恐るという感じで、端をかじった。

「キキーー!!」

 たちまち大声を上げる。

 あ、やば。

 やっぱり口に合わなかった……!?


 でも、それは歓声だった。

 トンガリ君は残りのクッキーを口に放り込むと、夢中でもぐもぐやり始めた。

 両手を頬に当てて、それはそれは幸せそうな顔。

 へぇ。ゴブリンもおいしいときは人間と同じ顔するのね。


 それを見て、他のゴブリンがぞろぞろ集まってきた。

 リーダーがゴミの上から降りてきて何か言う。

 ことばはわからなくても、これはわかる。

「俺にもくれ!」よね。


 はいどうぞ、と私はみんなに1つずつクッキーをあげた。

 みんな口に入れて歓声を上げる。

 それを聞きつけて、外にいたゴブリンが戻ってきたので、彼らにもあげた。

 よほど美味しかったようで、全員が幸せそうな顔になる。


 どうやら、私の世界のものは、持ち込むとこの世界の基準に合ったものに変わるらしい。

 この世界に紙袋はないし、ラップやビニール袋もない。

 だから、袋は麻袋になったし、ビニール袋は朴葉に変わってしまった。

 麻袋や朴葉はこの世界にもあるんだろう。

 ホットケーキミックスも存在しないから(そりゃそうだ)、この世界の木の実の粉に変わったし、砂糖も蜂蜜に変わってしまった。

 バターの味がしたということは、バターは存在してるのかな。


 異世界転生の小説だと、元の世界のものや技術を異世界に持ち込んで、その性能や品質の良さで主人公は大成功を収める──ってのがテンプレだけど、そうはいかないってことね。

 まあ、私はこの世界でもうけようなんて、全然思っていないんだけど。


 ただ、私の服や携帯は元のままだった。

 これがこの世界のものに変わらないのは何故かな。

 やっぱり何かしら法則があるのかもしれないな。


 ファンタジー小説書きのさがで、私はそんなことを考えていた──。


(つづく)

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