第2話

 私は広い草原に一人ぽつんと立っていた。


 見渡す限りの草の海。

 所々に木が生えていて、その向こうに灰色の山脈。

 山脈の上には白い雲を浮かべた青い空。


 え、どこ、ここ?

 私たった今まで家のリビングでコーヒー飲んでたよね?

 タブレット見てたよね?


 自分の手を見ると、タブレットの代わりにほうきを持っていた。

 エプロンを締めて、スニーカーを履いて、「さあ、お掃除を始めますよ」って格好。

 待って待って、ちょっと待って。

 私はなんでこんな格好してるの?

 朝の掃除は終わったから、エプロンは脱いだし、ほうきも片付けたのに。

 っていうか、ここどこ!?

 私、寝落ちして夢を見てるの!??


 混乱しながら振り向くと、草原はそこで終わって森が広がっていた。

 大きくて深い森。

 太い木がねじ曲がるように生えていて、枝葉を茂らせているから、森の中は薄暗い。


 ここ、日本じゃない。


 そう直感した。

 じゃあ、やっぱりこれは夢?

 頬をつねるのはあんまりベタだから、手の甲をつねってみたら、痛かった。

 どうやら夢でもないらしい。


「え~っと」

 私は声に出して言った。

 これは昔からの癖。

 頭が混乱してきたときに声を出すと、ちょっと落ち着くのよね。

 実際、少し落ち着いてきたから、ほうきにもたれながら考え始めた。


「これっていわゆる異世界転生ってわけ?

 じゃあ、私は死んじゃった──ってことはないよね。

 家の中にいたから、自動車事故には遭わないだろうし、急死するような原因にも思い当たらないし。

 っていうか、いまさら異世界転生なの?

 チート中のチート展開じゃない。

 私だって、これは書かずにきたのに」


 そう。

 三十年専業主婦をしてきた私のもうひとつの顔は、ファンタジー作家。

 と言っても、全然知られていない、超マイナー作家。

 いろいろあって、外で働くことができなかったから、日々の楽しみに小説を書くようになって、ネットの創作サイトで細々と公開してきた。

 当然プロではなくてアマチュア。

 ただ、執筆歴は長いから、それなりにファンタジーの知識は持っている、というわけ。


「ファンタジー的にこの状況を分析すると……うん、やっぱりあれよね。

 あのタブレットの広告のせいだわ。

 ヘルパー募集、森のゴブリンの捜し物を手伝ってくれっていう」


 だとすると──ともう一度背後の森を振り向いてみた。

 ゴブリンはこの森にいるのかしら?

 そんなことを考えていたら、森の中からちょこちょこ人影が走り出てきた。

 三歳児くらいの大きさだけれど、やたら俊敏。

 全身に短い毛が生えていて、頭の上だけ毛が長い。

 尖った耳と鼻に、やぶにらみの顔。

 ちょっと猿にも似ているけれど、体の色は緑色。

 そう、ゴブリン。


 ゴブリンは私の前まで走ってくると、地面に体を投げ出してひれ伏した。


(つづく)

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